コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》(1910-1911年頃)
「ブランクーシ 本質を象る」展(アーティゾン美術館)で観たコンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》(1910-1911年頃)について。
同作は卵型のフォルムが印象的な面長の女性頭部像。素材は石膏。ピカピカに磨き上げられたブロンズ彫刻のシリーズとは対比的に、光を表面に留めるような落ち着いた質感をもつ。アクリルケースにおさめられた頭部は360度すべての角度から眺めることができるが、もっともフォルムの充実が感じられたのは背面から頭部を観たときだった。
ポイントはうなじ越しにのぞく頬の膨らみ。うなじから耳たぶ、そして耳たぶから頬へと視線を導く優しいカーブ。そのなだらかな曲線は丘の稜線にも似て、眠る人の呼吸特有のゆったりとした拍数を伝えるかのよう。ブランクーシは眠る人間の頭部を数多く制作したが、抽象化されたそのフォルムは「人間の頭部」という表象以上に「眠りの状態」を表現することに成功しているように見えた。
眠る人は眠る人を見る人の目を見返すことなく、ただ眠りの世界に没頭する。石膏による《眠れるミューズ》はのっぺらぼうに近い顔立ちで、瞼の箇所のわずかな隆起が目の位置を暗示する程度だが、このことは眠る人が瞼を開く必要がなく、現世的な意味での視覚を放棄した存在であることをほのめかしているのではないか。
眠る人は眠る人を見る人が存する世界の外部に意識を預けている。眠りは眠る人を内面に深く沈潜させるのではなく、閉じた身体の外へ外へと意識を飛ばす。ブランクーシはそうした眠りの機構をよく理解していたのかもしれないし、眠りが頭部の内部ではなく外部に通じる回路を持っていると知っていたからこそ、ブロンズのシリーズで表面をピカピカに磨き上げて周囲の景色を映り込ませるような処置をほどこしたのかもしれない。
(2024/05/05)