2025/09/30a>03-004|
幕間 (めあぷ)
四方に放った影法師とうっすら五感をリンクして、ダンジョンそのものの構造やモンスターの湧き位置、ダンジョン内を徘徊しているモンスターの傾向といった、満月を境に変化する可能性があって、私の探索活動にも影響してくる、諸々の要素を確認しつつ。私自身は最寄りのゲートへ一直線。
ダンジョンの構造が変わっても、領域主同士の力関係が変わらなければ現世とダンジョンのある異界を行き来するゲートの位置関係は変わらないから。大規模な構造変化があったとしても、いきなり壁ができて通り道を塞がれるような心配のない『常世の森』は、満月から新月にかけて活動期に入ったダンジョンの中でも比較的、探索しやすい方だと思う。
それが、今日の私にとっては不幸中の幸いだった。
まだ地図が作れるような状態ですらない、活動期に入ったばかりのダンジョンで迷わないよう、ゲート伝いに移動して。念の為、『常世の森』から数えて二つ先のゲートから現世に戻ろうと思っているので、単純に移動が面倒ではあるけれど。体力的な問題はない。
常日頃、自分だけの都合に合わせて動いている私だから、あらかじめ立ててあった予定を崩されたことが、憂鬱なだけ。
アブドリムを呼んで話相手にでもなってもらえば、気も紛れたのだろうけど。さすがに今このタイミングで、アブドリムといるところをうっかり誰かに見られでもしたら、きっと今以上に面倒なことになる。
それがわかっていて、あえてリスクを負えるほど、今の私に余裕はなかった。
「はぁ……」
常世の森から灰野へと出て、白夜の街へ
ここまで来れば現世でもそれなりの距離が稼げているから、ゲートハウスで出待ちされていたところで問題なくかわせるだろうと、たかを括った私がダンジョンのある異界から現世へ戻ると。そこは、想定していたより多くのハンターでごった返していた。
……うわ……。
人の多さに思わず顰めてしまった顔を、引っ張り下ろしたフードの下に隠すのが間に合っていたらいいんだけど。
ライセンス持ちのハンターもピンキリで、中にはどうやって試験をパスしたのか理解のできない、チンピラのような輩もいるから。特に、普段使わないゲートハウスでは気が抜けない。
私が普段、利用するゲートハウスを固定して、長距離の移動はダンジョン側を経由することが多いのも、そういう手合いと出会す可能性を極力抑えたいからだし。
そもそも、よく知りもしない相手と話すこと自体、私にとっては酷く億劫な、気の進まないことだった。
パッと見ただけでも、完全武装のパーティが三組。しかも全員がそれなりに高レベルーーそう感じさせる魔力をまとったハンターたちの視線が、ゲートから出てきた私に集中する。
「ーー誰だ?」
ゲートの一番近くにいたハンターの顔に、私は見覚えがあった。
「アーバン・ワークスのギルマスに名乗るほどのものではありませんよ」
……念には念を入れたつもりだったけど。まずったかも……。
アーバン・ワークスといえば、ほんの数時間前、私がホームにしているギルドホールでつきまとい行為に及んできた伊佐美ハンターの所属先だ。
アーバン・ワークスがメインで潜っているダンジョンは、別の場所なのに。満月明けという、領域主がリポップして間もないこのタイミングで、うっすら殺気だったパーティが複数、ゲート前のホールを占領している理由なんて、ギルドでの組織立った仕事に疎い、私のような社不にだって容易に想像がつく。
ーー領域主狩りだ。
私がたった今、出てきたゲートの向こうに広がるダンジョンーー廃都の領域主は吸血姫
とっくに昼を過ぎていて、日没までのカウントダウンがはじまっている、こんな時間から挑戦するような相手ではないと思うけど。数と質で押し込める自信があるというのなら、たいしたものだと思う。
パーティメンバーと足並み揃えて仲良くハンティングなんて、一人の気ままなハンター生活を謳歌してきた私には、ぞっとしない話だけど。
「このゲートからは、朝から誰ももぐってないはずなんだがな。あんた、どこから廃都に入った?」
「あなたに言う必要あります? それ」
私の、こういうところが社不なのだろうけど。今の時代、私のような社会不適合者でもそれなりにやっていけるのだから、ありがたいことだと思う。
「ゲート前の占領行為はマナー違反ですよ」
要するに、さっさと道を開けろと言い放った私に、最初からピリついていた空気がにわかに殺気立つ。
ちょっとした敵意や悪感情も、高レベルのハンターが他人に向ければ、軽めの呪詛と同じような効果がある。
だから、高レベルのハンターにはレベルに見合った自制心が求められるし。私が護身のために体の周囲へ巡らせていた魔力がパチパチと静電気のような音を立てたのは、どちらかというと向こう側の過失によるものだ。
それを、私が臨戦態勢をとった、と勘違いするような輩がいたのは、アーバン・ワークス側の教育不足。
「剣城さん!!」
ゲート前にたむろしていた集団の中から、火種をもらった花火のような勢いで一人のハンターが飛び出してくる。
私とアーバン・ワークスのギルマスの間に体を滑り込ませてきた、そのハンターが、腰に下げた得物の柄に手をかけるのを、私は冷めた目で眺めていた。
……よりにもよって、居合かぁ……。
ここまで近付かれると、さすがに近接武器の間合いだ。
一発くらいは食らうかもしれない、と嫌な予感はしたものの。
「馬鹿野郎! 死にてぇのか!!!」
間一髪、護身用に巡らせた魔力越しでも全身にビリビリと来るような、特大の雷が落とされて。アーバン・ワークスのギルマスに背中を向け、私と対峙していた刀持ちのハンターが、他のハンターたちによって取り押さえられる。
「なんで止めるんですか! こいつ、スキルを使おうとして……!」
「お前、スキルと魔法の区別もついてないのかよ」
呆れ返ったような声を上げたのは、最初に飛び出してきて、今は他のハンターたちに押さえ込まれているハンターの、背中に乗り上げている一人だ。
「魔法……?」
「今のは魔法使いと非魔法使いの魔力が居合わせたときによくあるやつだ。ーーテメェの魔力も制御できねぇような素人がいた、こっちの不手際なんだよ」
いちいち説明するのも面倒な常識を、きちんと理解してくれる相手が向こう側にいてくれたことへの安堵と、痛い思いをしないで
///
「ゲートハウスでちょっとね」
「ゲートハウスっていうと、石碑の向こうにある施設?」
「そう。ダンジョンからモンスターが溢れたら最終防衛ラインになる建物。普段はダンジョンに入るハンターのライセンスの確認とか、懸賞任務の仲介とかやってる」
「何か厄介ごと?」
「んー……どうだろう。その可能性もあるから、話を聞くのも面倒で置いてきちゃった。ゲートさえくぐっちゃえばエリア内でランダムスポーンだから、そう簡単に追い付いては来れないと思って」
「それなら、もう少し移動しておく? ここからさらに別のエリアまで移動したら、さすがに追いかけては来れないだろうし」
「……そうね。それがいいかも」
* 石碑の近くで待ち伏せされる
「ーー見つけました」
「いえ二人です。もう一人男がいます。……はい。位置情報はーー」
「ダンジョン内でのつきまといは協会への報告対象よ? わかってやってる?」
「上からの指示ですので」
「呆れた……私が誰だか知らないの?」
///
はじめから、伊佐美が私に振り切られることは折り込み済みだった、というわけだ。
「あなたたち、まさかボディカメラをつけてこんなことやってるわけじゃないわよね」
推奨装備ではあるものの、義務ではない
過去には情報漏洩があったりもして、協会を完全に信用しない、というハンターも中にはいるし、国ごとの事情もあってそれは強制しない、ということになっている
私ははじめから身につけていなかった
三人組は答えなかった
それが答えのようなものだけど
「あの男、ちょくちょく私のことを頼ってくるくせに、大概私のことを舐めてるわね」
「待ってください。私たちはーー」
「あの男から聞いてないの?」
「はい……?」
「私、すっごく人見知りなの…初めましての人となんて、緊張してお話なんてできないわ」
キィンッと甲高い、澄んだ音がする
「ーー〔ドミネーション〕」
「使役士のスキルを人に!? 国際法違反ですよ!!」
「心配しなくても、ここの領域主はそんな法律批准してないから。ーー遠慮なく、なぁんにもわからなくなって?」
練り上げた魔力はいともたやすく、三人のスキルホルダーたちの精神を支配した
かいくぐるべき魔法防御も存在しない
スキルホルダーの中でもほんの一握りしかいない、私のような、アデプトと呼ばれる存在にとって、スキルをただ使えるというだけの同業者は、正直ダンジョンに一度も潜ったことがないような一般人と変わらなかった
魔力を練り上げることもしない、スキルの力を引き出すような研鑽を積んでもいないのだから、力負けする道理がない
「アブドリム」
「はぁい」
そして私は、こんな、どこの誰が見ているかわからないような場所で国際法違反の魔法を対人で使うほど、心臓が強くはない
実際に使ったのはスリープクラウドーーその名の通り、相手を眠らせる魔法効果の付与された雲を発生される魔法で。今回は、それをさらに薄く広く、目に見えない霧くらいに薄めてあたりにばら撒いた。
風を起こされるとあっさり散ってしまうくらいの弱いーーけれどその分、眠らせる、という効果については強く出る魔法だから。〔支配〕すると見せかけて眠りへ誘ったというわけだ。
そして、意識を落としてしまえば、ここにはアブドリムがいる
【死睡の王】
ダンジョンで意識を失ったもこのを無作為に取り込み、かえさない。そういう「死に至る眠り」の根源が
「