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幕間 脱出(めあぷ)
ダンジョンからモンスターがあふれ出した場合に備えて、二十四時間監視体制が敷かれているゲートホール。
物理的に強固な壁に囲まれて、死角がないよう監視カメラがそこらじゅうに仕掛けられている現代的な空間から、一歩踏み出した先。
現世に開かれた異界への|門《ゲート》の向こうには、明けない夜に沈んだ森が広がっている。
DEID-M5P1J8C4――通称、『常夜の森』。
自宅最寄りのゲートから入ることのできる、このダンジョンが、私にとってのホームグラウンドだ。
「せっかくの満月明けなのに、出遅れちゃった」
ぽつりと独りごちてから、憂鬱混じりの溜息とともに気持ちを切り替える。
ダンジョンの魔力が最大化して、各地の領域主が|再出現《リポップ》する満月の夜が明けて。次の新月までの間、半月ほどの活動期に入ったダンジョンには、新たな狩り場や採集ポイントの発生といった、ハンターにとっての旨味が色々とある。
それと同じくらい、危険もあって。ダンジョンの傾向によっては昨日まで使えていた地図がまったく役に立たなくなっていたり、出現するモンスターが領域主ごと強化されていたりすることもある。
満月開けだから、と喜び勇んでダンジョンに向かうようなハンターは、意外と少ない。
だから、これくらいの遅れならあってないようなものだと、私は自分を慰めた。
それでも、出鼻をくじかれた感は拭えないけれど。
こうなってしまったものは、今更どうしようもない。
「今日はお土産を持って帰るつもりだったのに」
はぁ、と何度目かもわからない溜息を吐いてから。私は使い慣れたスキルをコールした。
「――デプロイ」
スキルを使う、という意思を込めた『力ある言葉』を契機に、私の意思とは関係なく、スキルというシステムの支配下に置かれた魔力が、ダンジョンの空に浮かぶ月明かりに照らし出された、私自身の影へと流れ込む。
明けない夜の闇に紛れて、魔力の通った『影』が立ち上がるまでが、あっという間のことだった。
「行って」
私が使役士としてのスキルで写し取った、いつか、どこかのダンジョンで出くわしたモンスターの『影法師』。
『常夜の森』でもよく見かける狼型のモンスター――その姿形を模した魔力の固まり――は、一体、二体……と私の影から次々に飛び出してくると、三体ずつ、四組に分かれて四方へと走り去っていく。
その後ろ姿を見送ることもなく、私は私で、獣道もないような森の中を一人で歩き出した。
「はぁ……」
本当は、活動期のダンジョン探索がてら、前から目をつけていたモンスターを捕まえて、留守番をしているアブドリムへのお土産にするつもりだったけど。帰りにいつも使っているゲートの前で出待ちされていたときのことを考えて、ダンジョン内を別のゲートまで移動しようと思ったら、そこまで時間的な余裕はない。
それに、今日はもう、すっかり気疲れしてしまったから。余計な寄り道はしないで、さっさと帰って休みたかった。