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幕間
ダンジョンからモンスターがあふれ出した場合に備えて、二十四時間監視体制が敷かれているゲートホール。
物理的に強固な壁に囲まれて、死角がないよう監視カメラがそこらじゅうに仕掛けられている現代的な空間から、一歩踏み出した先。
現世に開かれた、異界への|門《ゲート》の向こうには、明けない夜に沈んだ森が広がっている。
DEID-M5P1J8C4――通称、『常夜の森』。
自宅最寄りのゲートから入ることのできる、このダンジョンが、私にとってのホームグラウンドだ。
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ダンジョンから与えられるジョブは、同系統のスキルに対してバフがかかるとか、そういう類の、ゲーム的な言い方をすると称号に近いものがある
全ての根底にあるのはスキルで。それは、個人の資質や行動によって発現する。
ダンジョンにまつわる、ダンジョンカードに表示される内容には一律で自動翻訳がかかっているから、同じスキルでも人によって認識や効果が違っている、なんてこともあるわけだけど。ーーそんなことはまぁ、いいとして。
何が言いたいかというと。個人が持つジョブはあくまで得意なスキル傾向を示すものでしかなく、必ずしも「その系統のスキルしか使えない」というわけではない、ということだ
「――デプロイ」
あのスキルを使っていたからジョブは……なんて、予想を立てることに意味はない。
ジョブを持つことによる恩恵ーー得られるバフ効果に全く意味がない、とは思わないけど。それだって、スキルの習熟と魔力運用で補ってしまえる範囲だと思う。
スキルをスキルとして使いこなしているうちは、領域主とまともにやり合うことなんて、できないわけだし。
魔力を通した『影』が立ち上がる。
召喚士の〔召喚〕のような、使役士を代表するスキルーー〔使役〕。
これは召喚士のように契約したモンスターそのものを呼び出すのではなく、任意の対象から『影ぼうし』を写しとって手駒に加えることができるというスキルだ。
〔召喚〕との違いは、色々とある。
モンスターそのものを使役するわけではないから、一度影を写しとってしまえば大元の魔物が死んでしまっても関係ないだとか。その代わり、影法師が発揮できる能力は使役士の魔力に依存するだとか。
ざっくり分けると、召喚士が使役しているのはモンスターという生き物で、使役士が使役するのは影法師という「もの」
一番の違いはそこだと思う
影法師は使い捨ての駒にしたっていい
だけど、生身の使い魔となると、そうはいかない
だから。ファーストジョブに使役士が生えた私は、なるべく強い影法師を、できるだけたくさん、無理なく維持できるようにーースキルの燃料《コスト》となる魔力量を増やし、運用効率を高める方向で、自分を鍛えた。
ダンジョン生まれのモンスターに対して、後天的にスキルを得た人間の力がどれほど通用するものかと、斜に構えていた部分もある。
私にとっては、一生懸命能力を鍛えた自分自身よりも、最初から強いモンスターの方が信用に足る『強さ』だったと、言ってしまえばそれだけの話
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私というスキルホルダーの影法師は、もちろん私が持つスキルを使うことができる
影法師に自我はないから、考える頭が増えるわけではないけど。
ある程度、単純な指示に従うくらいの能はあるから。人手に数えることはできる。
他から写しとった影法師と違って、私自身の影法師なら、他の影法師の魔力を供給する中継器として使うことができる。
だから。私自身は認識阻害系のスキルを重ねがけした状態で、自分の影法師にダンジョン内を探索させるという手段もとれる。
これが、私のような社不でもハンター稼業が続けられているからくり。
使役士としてのスキルがソロであることを問題にしないから、どこかのギルドに所属する必要も感じなくて、人付き合いが億劫な私は助かっている。
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「ゲートハウスでちょっとね」
「ゲートハウスっていうと、石碑の向こうにある施設?」
「そう。ダンジョンからモンスターが溢れたら最終防衛ラインになる建物。普段はダンジョンに入るハンターのライセンスの確認とか、懸賞任務の仲介とかやってる」
「何か厄介ごと?」
「んー……どうだろう。その可能性もあるから、話を聞くのも面倒で置いてきちゃった。ゲートさえくぐっちゃえばエリア内でランダムスポーンだから、そう簡単に追い付いては来れないと思って」
「それなら、もう少し移動しておく? ここからさらに別のエリアまで移動したら、さすがに追いかけては来れないだろうし」
「……そうね。それがいいかも」
* 石碑の近くで待ち伏せされる
「ーー見つけました」
「いえ二人です。もう一人男がいます。……はい。位置情報はーー」
「ダンジョン内でのつきまといは協会への報告対象よ? わかってやってる?」
「上からの指示ですので」
「呆れた……私が誰だか知らないの?」
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はじめから、伊佐美が私に振り切られることは折り込み済みだった、というわけだ。
「あなたたち、まさかボディカメラをつけてこんなことやってるわけじゃないわよね」
推奨装備ではあるものの、義務ではない
過去には情報漏洩があったりもして、協会を完全に信用しない、というハンターも中にはいるし、国ごとの事情もあってそれは強制しない、ということになっている
私ははじめから身につけていなかった
三人組は答えなかった
それが答えのようなものだけど
「あの男、ちょくちょく私のことを頼ってくるくせに、大概私のことを舐めてるわね」
「待ってください。私たちはーー」
「あの男から聞いてないの?」
「はい……?」
「私、すっごく人見知りなの…初めましての人となんて、緊張してお話なんてできないわ」
キィンッと甲高い、澄んだ音がする
「ーー〔ドミネーション〕」
「使役士のスキルを人に!? 国際法違反ですよ!!」
「心配しなくても、ここの領域主はそんな法律批准してないから。ーー遠慮なく、なぁんにもわからなくなって?」
練り上げた魔力はいともたやすく、三人のスキルホルダーたちの精神を支配した
かいくぐるべき魔法防御も存在しない
スキルホルダーの中でもほんの一握りしかいない、私のような、アデプトと呼ばれる存在にとって、スキルをただ使えるというだけの同業者は、正直ダンジョンに一度も潜ったことがないような一般人と変わらなかった
魔力を練り上げることもしない、スキルの力を引き出すような研鑽を積んでもいないのだから、力負けする道理がない
「アブドリム」
「はぁい」
そして私は、こんな、どこの誰が見ているかわからないような場所で国際法違反の魔法を対人で使うほど、心臓が強くはない
実際に使ったのはスリープクラウドーーその名の通り、相手を眠らせる魔法効果の付与された雲を発生される魔法で。今回は、それをさらに薄く広く、目に見えない霧くらいに薄めてあたりにばら撒いた。
風を起こされるとあっさり散ってしまうくらいの弱いーーけれどその分、眠らせる、という効果については強く出る魔法だから。〔支配〕すると見せかけて眠りへ誘ったというわけだ。
そして、意識を落としてしまえば、ここにはアブドリムがいる
【死睡の王】
ダンジョンで意識を失ったもこのを無作為に取り込み、かえさない。そういう「死に至る眠り」の根源が
「