04:SCENE-007.5<>日本ダンジョン協会逢坂支部嘱託職員、折原翠
(本物の|魔法使い《ウィザード》と、こんなところで出会すことになるなんて……)
ダンジョンの深層へ潜ることを生業としているような探索者――現代の冒険者とも称される、ほんの一握りの実力者たち――の中にはスキルに頼らず〝本当の魔法〟を紡げるものがいると、まことしやかに囁かれる噂話程度のものは耳にしていたが。その真贋を疑う余地もない、正真正銘の〝魔法使い〟が実戦レベルで繰り出す魔法を目の当たりにして。フロアボス戦の見届け役として偶然、その場に居合わせたに過ぎないダンジョン協会の嘱託職員――|折原《おりはら》|翠《みどり》――は感動と畏れを禁じえなかった。
月森姫子。
協会のデータベースには|使役士《テイマー》として登録されている、年若い探索者。
この春に探索者としての|免許《ライセンス》を取得したばかりの、まだ十層かそこらで足踏みをしていてもおかしくはない新人探索者《ルーキー》がその杖から繰り出す〔火魔法〕は、明らかに〝魔法スキル〟の常識から逸脱した動きを見せていた。
協会の嘱託《やとわれ》職員として、数えるのもバカらしくなるほどの戦いを見届けてきた折原には、それがわかる。
わかってしまうから。折原がこの新進気鋭のパーティを見る目も、危なげないワンサイドゲームが終わる頃にはすっかり変わり果てていた。
そもそも獣士を連れた使役士がリーダーという時点で注目度の高かったパーティだが。学業の傍ら、四月から逢坂ダンジョンに潜りはじめて二ヶ月足らずで二十層を攻略してのけたという確かな実績も、その評価に加わって。
この調子でいけば卒業までに逢坂ダンジョンの最深層まで到達するのも夢ではなかった。
立地の関係上、出入りする探索者に学生が多い逢坂ダンジョンはごく浅い階層こそアトラクション感覚でダンジョンを訪れる若者で賑わっているが。四十層を超えて深い階層に安定して潜れる熟練の探索者は数えるほどしかいない。
そう遠くない場所に深深度の――今の時点で誰にも踏破されていない、探索者にとっては踏破済みの逢坂ダンジョンよりもより魅力的な――ダンジョンが存在していることも手伝って。スタンピード対策に、余所のダンジョンをホームグラウンドとしている高レベルの探索者に頭を下げてでも訪れてもらわなければならないのが、逢坂ダンジョンの実情だった。
そんな頭の痛い問題が、ほんの数年の間だけでも解消されるかもしれない。
そう考えるだけで、いやがおうにも折原の胸は高鳴った。
そんな期待を抱かざるをえないほどのものを、その目で確かに目撃してしまったから。