2026年6月
30火曜日
若い頃の個展のステイトメントに度々、物事を未分化にしておくことが大切だという主旨のことを書いていた。どうしてそう考えるようになったのかはよくわからないけれど、自然とそう感じていた。好んで読むものに左右されていたと思う。概念的な整理に基づいた書物より、精神分析的なものや、宗教的なものを好んで読んでいた。自分にそういうものの方にリアリティがあったからのことだろうけれど。物事を分化して整理することは必要だというのを今日急に思い知った感じがした。それはだいぶ下らないというか基底的な部分での話であるけれど、今どういう思考作業をしているかについて、もちろん今までも必要に応じて自覚的だったつもりだったけれど、その辺りのことは軽んじていたかも。
『蜘蛛と箒』をはじめの方から聞いている、って以前も書いた気がするが、「ちゃんとするってどういうこと?」というようなテーマの回を聞いた。沢山さんが子供の頃に宿題を全くやらずにプリントも捨てていたと聞いて、急に親しみがわいたというんじゃないな、なぜなら私はそういう子供と真逆だったから。親しみがわいたわけではなく、とても羨ましく、友達になりたかったなと思った。
29月曜日
五十肩が良くならなくて、整骨の人に固まりすぎるから週一で通ったほうが良いと言われたので、今日も行ってきた。だいたい一月に1回しか行けないくらいのペースだったから。昨日は早く寝て睡眠も十分にとっていたから、肩は軽め。ところが肩や肩甲骨周りをマッサージしてもらうと、急所急所ごとにかなり痛いし硬いのが良くわかる。ここは施術師がたくさんいるので、その日に担当になった人によって施術の仕方がだいぶ違うように思う。それぞれに熟練度もあるけれど、それ以上に身体へのアプローチの仕方が違うというか、こんなに色々な手(入射角なり、ポイント)があるのかっていつも驚くしとても面白いし、こんなに良くしてもらって良いのだろうかとありがたい気持ち。
28日曜日
昨日の行事が終わって安堵したせいもあって、腑抜けだった。腑抜けて一日タスクもこなせずに休んだときに、何もできなかったとがっかりするのではなくて、ゆっくり休めてよかったと思えるようになりたい。
高校の成績つけを終える。知識、思考、主体性という項目で成績をつけるのはとても不自由だ。
27土曜日
昨日頼んだ寿司は本当に美味しかった。ネタの食感がそれぞれとても違って多様で、頼んで本当によかった(木乃間鮨さん)。息子は焼き魚も黙々と食べていた。
長女が同棲している彼氏を連れてきた。挨拶も後回しで寿司を食べ、夫と娘と息子はジャズセッションをはじめる。彼も少しマラカス的に参加する。その後ボードゲームを3時間。それから、えっと、今日は何しにきたんだっけ?って促して、結婚を決めたという報告を受ける。夫が、私たちが結婚する前後にどんなだったかについて話し始める。娘が涙ぐむ。私は、戸籍や姓のこと、子どもを持っても仕事を続け、経済的に自立することを手放さないほうがいいよと伝える。
自分が結婚を決めた頃のこと、夫の実家に挨拶に行った時のこと、両家が顔合わせた時のこと、小泉姓が失われる時に悔しかったことなど、昨日のことのようにではないにしろ、そんなに昔のことではないのに、まさかもう娘が結婚するなんて。
26金曜日
回転寿司屋さんや、回らないけど大きめのお店のお寿司屋さんにしか新潟に来てから行ったことなくて、明日めでたい大事な来客があるから奮発してきちんとしたお寿司屋さんにテイクアウトを頼もうと電話した。初めてのお店だし、初めてのことで少し緊張した。粋のいい感じの親父さんが出て注文する。握りセット極み10貫を4人前。追加で息子がお寿司をあまり好かないのだけど、焼き魚は好きだ、ノドグロは贅沢すぎると伝える。鯛があるから、湯掻いてか、今夜のうちにタレに漬け込んで、照り焼きにすると、いかにもとても美味しそうにその手捌きの様子が目に映るような電話口の話振りに、なんかぐっと来てしまった。端的なことしか話してないのに、その声の抑揚や間合いから、その情景が見えるようだった。絵でとても美味しそうと思うのは、ぐりとぐらの焼いたカステラ。なぜか美味しんぼに出てくる食べ物の絵は美味しそうに見えない。声で、寿司屋のおじさんの電話口の声があんなに美味しそうな表現できるんだと感心した。
25木曜日
少年院の夏前の最後の美術クラブの日。このあと2ヶ月間、このクラブの時間はプールの時間になる。今日出席していた子には、一人一人声を掛けれた。終了後も普段は院生たちと部屋を後にする。つまり、授業前に教室で準備も、授業後に片付けをする時間もない、たった1時間のクラス。それも隔週。それで、この数ヶ月分溜まった作品、描きかけのものやエスキースを整理して、廃棄していいもの(主に破れ紙や混色してみたものなど)と、制作物として、例えエスキス用紙でもとっておくものとを分けて、きちんと並べた。加えて、今回仕上がらなかった作品や、今日内省でこれなかった子に続きの作業をさせるかどうか3人についての制作道具の準備をしてから帰ってきた。このあともう会わないかもしれない人もいるし、まだハラハラすることになりそうな子もいるし、極端な(不自由な)環境の、ある意味での居心地の良さ、生活がマネージメントされていて、何かをすることに意義があると強く意識させられ安全であることが担保されている。ここから外に出ることの落差について思うと、だいぶ怖いのだ。私だって生活を律することに苦労するから。
24水曜日
書類と書籍の片付けにとても時間を食う。読みたい書類や書籍がたくさんあるのに全く読めてない、ということに焦りを感じないようにすることが大事だと思う、とぐるぐる考えてしまってから行き着く。とても効率が悪い。考える前に開けばいい。昔、田中英樹さんが都築潤さんの家へ遊びに行った時、ついた途端に彼が机に座って絵の続きを描き始めててびっくりしたって言ってたのを時々思い出す。それから、画家の猪爪さんはノート魔で、家のあちらこちらに、トイレにも、畳職人だから井草を包んであった紙を用いて、縫って自作したノートが置いてあり、スケッチやエスキスや言葉を書き留めたりされているという。そのノート群の展示は圧巻だった。今書いていてそのことを思い出した。私はスタートするまで、エンジンがかかるまでに時間がかかりすぎる。
多肉植物を増やす方法を試していて、小さな芽がたくさん出ていたのをやっと小さな鉢に植えた。植えたと言っても、多肉植物ようの土というほぼ砂利の上に、そっと載せただけのような状態。このなんでもないところから根が出て芽が出てる状況は、結構感動的である。
制作してあった小品をビニール袋に入れて壁に貼ってあったのだけど、アクリル額が届いて額装したら、見違えるようだった。確かにビニール袋が酷すぎた。
23火曜日
今日は残念な知らせが届く。残念な知らせを受け取ってから、それを消化して気持ちを切り替えるという能力が低い。例えばそのことについてどう考えるか、済んだことは仕方がないとか、自分にできることはないとか、縁だとか運だとか、クヨクヨしても仕方がないとか、そうやって当たり前のことを考えるのもバカみたいだと思うと、無防備にクヨクヨするに戻る。大人になって、クヨクヨ耐性がついたせいでクヨクヨしてるはある気がする。
やったーって喜んで調子に乗ってる笑顔が見たかった。
22月曜日
女性や奥さんは舐められがちである。それはその立場にならないと本当にわからないと思う。誰が何を言うかで人は判断をする。その年配の男性は私のことをよく知らないので、私の正確な技術的な助言を聞かない。けれど私はそれ以上は言わない。それによる不利益はその人のものだから。
21日曜日
長女が教えてくれた長谷川あかりさんの「薬味たっぷり出汁カレー」をつくるも、うちでは少し不評というか、何かが違う?何かが足りない?という反応だった。見た目で想像するものと食べた感じに少しのズレがあるせいで、なんかしっくりこない感じがした。絶対欠かせないという柴漬けは、確かに色が綺麗だけど、味の主張が強すぎる。最近よく使うレモンの方が合うのでは_と思いつつもやってみなかったからなんとも言えない。国産レモンを3個も買ってしまったので、何にでもレモンを入れている。浅漬けにレモン、うどんにレモン。でも一番は、スパイス系のカレーに合うのである。これは鉄板。
20土曜日
中心的な友人が他界して集まる機会が減ってしまい、とても久しぶりの女子会。ふと店を移動する際に鞄から本がのぞいて、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』読んだとか、『世界99』が鞄に入っていたり、他にも現役の小説家の本を皆読んでいることを知る。読書の話題が出た事があまりなかったから、あ、皆かなり本を読むんだなと思って、それに私はそのあたり(現役のベストセラーな小説家)の本に手が伸びた事がないというか意識したことがなくて、読んでみようかな?と思った。
19金曜日
成人した息子と夫と3人で初めて飲みに行く。私は帰りの運転のためにノンアルで。
18木曜日
久々に感情的な腹立たしさが治らない状態になって、しばらく仕事が手につかなかった。
17水曜日
息子が週末に試験終わって部屋の片付けをするように促したら、一気に大量の服が出てきて、衣替えも兼ねて大洗濯大会に。何回洗濯機を回したっけ? この季節、タオルケットもあっという間に乾いたので調子に乗って次々と。部屋の片付けを同時にしつつ、どうやったらもっと物を減らせるだろうかと思案しながら。家事はマルチタスク的に進めるもので、ひたすら一日中家事をやるとなると、目が回るくらい小さな事象で動き回ることになり、運動しなくてもフィジカルに、デジタルデトックスで過ごせるではないかと。
16火曜日
なぜ彼らは今日はおとなしかったのかな? 授業の初めにこの課題をやる動機を遅ればせながらシンプルに話したからなのか、先週返却したプリントが皆よくできていたとほめたからなのか? 次回の導入話しの内容として、この演習をしていたバウハウスに触れるのに、そもそもの最初からの「絵」の歴史についてをざっくり流れとして示して、その中のバウハウスの位置付けを伝える様にしようかな?と授業中にざっくり地図の様なものを描いてみていたら、美術の歴史の中に位置付けるというのは、洞窟絵画から脈々と人々が絵を描く営みをしてきたことの同志たちとの縁を感じて喜ぶことなのだなと思ったのと、自分を美術史の中に位置付けることは、ある意味美術の権威自体を支えることのよう(明治期に「日本画」というジャンルを作って自分たちの業界を存続させたような)であり、昔の人はそういう動機で自分の制作をしていたわけではないから、人類の叡智として絵を描くことで積み上げてきたものと、ジャンルとしての美術史とは似て非なるものだなと思ったりした。
15月曜日
ポモドーロメソッドのアプリを入れて仕事をしたら、スマホの画面全面がタイマーになるタイプのもので、スマホデトックスに効果的だった。集中する時間が続いてとても良かったけれど、いつもより働いた分疲れたのと、これだけやってもタスクがこなせないことがわかって青ざめるなど。
14日曜日
息子が私が高校で学習してない微分積分について教えたいというので、聞いてみることにした。習っていないとはいえ、ざっくりとした大枠、グラフの曲線部分を細かく分けていくことや、その逆(再現)くらいのイメージは持っていた。段階を追って教えてもらっても、パパッとわかってしまうのだけど、その勘の良さは全部パターン認識によるもので、合点が早い割に、例えば今もこの教わった内容についてきちんと言葉で表現できない。つまり、理解できていないと思う。ああ、私の長所であり短所の部分だなと思い知った。次は普通に数学教育の中でこれを習う時の練習問題を解いてみようかなと思う。
「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」というウィトゲンシュタインの言葉がよく一般に誤解されることを古田徹也さんが書いていて、語彙の少なさの話にされてしまう顛末なんてイメージしたこともなかったので素朴に驚いた。確かにそれは十分にあり得る。だからといって私の主体のありようのイメージはとても曖昧であって、そこを突き詰めて考えようとしないところが私の職能の容態なのか、甘えなのか、タイミングなのか。論考について読むのいい機会かもしれない。
13土曜日
スレッズで、天皇の会見を見た人が、愛子天皇はありえなくて男系での継承を天皇が望んでいる、という主旨の投稿を見かけて驚いた。明確な言明以外の表象として指摘できる箇所も印象としてもそうは受け取れないだろうという内容を、あれはわざとやっているのか、それとも本当にそう思い込んでいるのか、私がここで明確に言明されていないことを代弁するのはよくないけれど、それでも、あまりにコモンセンスが通じないものがゴロゴロ転がっている様子に驚いた。
息子は今日午前中試験を受けて、夕方から合流し、新潟市の砂丘館に向かう。David Chesworth & Bill McDonald デイヴィッド・チェスワース & ビル・マクドナルドの初来日と、山下康とASUNAさんのデュオの二本立ての公演。私はASUNAさんの演奏を見にいったことがあり、その後行き来があったので、彼の演奏を目的に他のことはよく知らずに。とても良い夜となった。山下さんが時に短く入れるメロディに強く惹きつけられつつ、全体の音やノイズの重なりとうねりにあっという間に持っていかれる。タンバリンの上のゼンマイ仕掛けのアヒルのばたつきがあの様に重なり合うとは。宙返りするカエルのリズムが完璧にハマったね、と息子が興奮してた。David Chesworth & Bill McDonaldのそれは、熟練度のせいもあるのかいい感じで力が抜けていて、え、こんなにポップでいいのか?って始まると、そんな簡単にはいかないと思い知るような、シンプルでいて複雑。ベースのメロディラインの美しさと、歌が入る時の乗っかり方も、詩の朗読を聴いているよう。幸せな夜。
12金曜日
昨日すごく雑なことを書いてしまったなと考えていた。AとBが同じパターンだと考える時に、それによって見えることと見えないことがあるうちの、見えないことの方はそれがあることさえわからない、ということ自体が話の主旨だったけれど、それ自体をやっちゃってるような入れ子になっている。と、また構造というか外枠的なことばかり書いてしまう。印象や感覚によって何かを判断するとき、その判断は時として間違いを犯す。印象や感覚による判断は早い。その間の部分に経験的な知古と歴史的な知見があるかどうか、解凍してその理路について整理できるかどうか。
話を戻すと、随分昔、朝日新聞に小さな子を3人抱えて帰省するのに、最寄駅についたら切符売り場に人が並んでいて、そのままでは電車に乗り遅れ新幹線に間に合わなそうなので、改札横の窓口になんとかならないか相談しに行ったら、並んでくださいと無碍に断られた。パニックになっていると、列を作っている人が譲ってくれたのでなんとかなった。それにしてもそういう時に融通が効かないものか、という母親の投書で、実は私の第一子はもう生まれていたけれど、そんなわがままなぜ投書欄に載ったのだろう?と不思議に思って友人と話していたのだった。子がいると予定通りに進まないから、もっと早め早めに動くべきなのにと。その後私の第二子は7年後だから、小さい子を複数抱えての外出の経験はないけれど、一人の子を育てているだけでもその投書に最初に抱いた心情はだいぶ変化していった。そこに並んでその時順番を守らなくてはいけない理由がもはやなくなった。そういう変化は、育児を経験しないと起きなかったと思う。育児は、思ったようにも、計画通りにも、理想通りにもいかないし、判断は日常と生死に関わる非常事態が隣り合わせで、価値は容易に転覆する。複雑なコンテクストと単純な印象や欲望が並走していて、瞬時にベターな方を選ばなくてはいけない、と書くと切迫しているけれどもっと牧歌的でもある。野生と自然状態と社会が密接に混ざり合っている中をサバイブすることになる。
漆器の模様に関しての仕事があるから、器の模様について昨日図書館で少し本を借りてきた。やはり分野が違うので自分の無知がよくわかる上、目的があるとものの見方は激変する。
外がとても騒がしいと思って窓から覗くと、向かいの家の屋根の上で鴉が捕まえた雀が暴れるのに苦心しながら、何度か咥えなおしている。周囲からはけたたましく鳥がギャーギャーなく声が聞こえる。鴉が雀を咥えて飛び立つと、それまで私には見つけられなかった周囲から、十数羽の雀が鳴きながら勢いよく鴉を追い立てていった。初めて見る光景で、その勢いは鴉も雀も躊躇がなく猛烈で鮮やかで、いわゆる宮崎アニメの動きっぽい。調べると、モビングという習性で、仲間を助けようとしているわけではなく、危険な敵がいるよと周囲に知らせる目的と、縄張り意識と、敵に対する嫌がらせ行為だという。野生を目の当たりにした短い時間だった。
11木曜日
この前新幹線の車窓から遠くを見ていて、ものすごく遠くが見えていることに驚いたのは、車で移動した時にわかる遠くより、新幹線の方が速度が速いので「遠い」ことがわかる。手前が早く移動して、遠くの方がゆっくり移動する。書割みたいに。これが速度が速いと階層が増える。静止しているように見える遠景のほんの少し手前も動くので、見える深度は速度に比例している。遠景を詳細に描くのは、理解に伴う絵の構築であり、遠景をあまりよく見えないものとして描くのは、そこに画題がないという意味と、人間が見ている状態についての認識としての変化があるのだろうけれど、「写真のように見ている」があると思う。人間が見るとは、必ずしも瞬間的な経験ではないから。断絶のような心の移ろいがあるとしても、見る行為はある程度連続している。静止していない。
物質の扱いの経験が少なすぎて、紙を切る、折る、貼る、線を引くなどにおいて、適切な道具選びと行為が行われない、及び、結果を現実のものとして受け取らない(本当はこうしたかったという仮想の方を現実として評価する)ことについて、そのわからなさについて夫と話した。図書館で『群像』の最新号を見つけて、東浩紀と福尾匠の対談を読んだ。東さんが仕事と仕事でないものの二項をそんなに切り分けられるのかという福尾さんの質問に対し、育児の話を持ち出していて、そういえばそのことに子がいないからどう応答しようもないと福尾さんがぽっそキャストで言っていたのを先に聞いていたので、このことかと。私の世代では子供のいない美術家が多いのであまりいう機会がなかったけれど、子が生まれて一緒に生活するは、本当に人生が一変することであり、子がいなかった人生は送れないからといって、どちらもお互いに理解できない、というレベルを超えていると思う。圧倒的に非対称だと思う。それがどうしてかと言うと、東さんがショッピングモールが必要だということは、言いようがないというようなことを言っていて、つまり、それは普通は簡単に、それがないと不便で生活が成り立たない程度の話に回収されてしまうけれど、そういうことではないのです。でもその感覚は訴状には載らない。なぜならばこれまでずっと積み上げられてきた学問でも批評でもなんでもいいけど、もちろん美術も、女子供は透明な存在としてないものにされていたから。これらがはみ出して来ようものなら、それをきちんと管理できていない男の威厳に関わる。女も同じ男として振る舞う。女子供の問題は、大きな訴状のうちの一つの問題として取り上げられるようには発展してきた。でも本当は、それは部分的な問題ではないのではないか、それがショッピングモールをどのように受容するかという問題とパラレルだと思う。そして、その感覚は経験がないと難しいとは、最初の物質の扱いの経験のない人に、それの良し悪しもその必要もその影響も何も見えないことと同じであり、その必要を感じない高校生にはなかなか一朝一夕には伝わらないけれど、美大では教員がそれは必要な能力だと言えば、わからないなりにも間に受けて、そこのことについて真剣に感じ考えるようになるということ。つまり、大きな文化のシーンにおいて、そのことを間に受けてもらえるような力が必要であって、東さん頑張れとか思った。
10水曜日
デザイン仕事をする。印刷データの入稿作業を2件、新規の原稿が入る。
進路指導した案件、話してもう少し必要と思われる情報を友人に問い合わせてあったのでまとめて文書にしたら、少し長くなってしまった。過剰かもと思って、渡すかどうか躊躇する。でも、例えば絵の世界に進むとしたら、それまでそういう関係者(学校の先生の不在も含めて)に全くツテがなかったら、それからネットの世界から疎外されていたら、圧倒的な無知というよりも、どこにどうアクセスしたらいいかがわからないに尽きる。美大受験予備校は結構重要な場所だなと改めて思う。そこにいる先生が知見が広いといいな。それから、やはり金銭の問題がどうしても引っ掛かる。大学の学費が無料だったらどんなにいい社会だろう。
9火曜日
高校の授業を終えてから、こんこん堂の井上さんが長岡に来るというのでランチを。リソグラフや本やZINEの話をする。
日記を書くモチベーションが落ちてきていて、福尾匠さんの日記の運動から始めたことで、例えばイベントレスネスについて意識したりしてきて、書くことの練習にとてもなったし、本の執筆期間も日記を書くことが支えてくれていた面がかなりある。ただここしばらく忙しくしていて、一週間くらいまとめて後で書いた日もあったし、日記を書くことについていつも心にぶら下げて過ごすこともなくなり、つまり、日記を書くことによって書く必要のなかったことを掘り当てたり、偶然パッと明滅したり、みたいな要素との出会い方、時間への差し込み方、の模索のようなことはもう置いておいて、つまり「書くこと」自体に向き合うのは一旦おしまいにして、単に制作について素直に書いていくでもいいのかもとも思い始めた。アウトラインがない感じ、宇宙みたいに広がっている、というよりはむしろ、原子みたいに広がっている(原子が粒子ではなくて広がっている、ということを科学者の口から聞いた時、はじめは意味がわからず、それがリテラルに広がっていると納得できるまで時間がかかった)のと同じように、自分なりの制作から把握されるこの世界の体系も広がっていて、過剰に繋がりすぎるとしても、その加算されていく、または節操なく繋ぎ直され続けるネットワークについて、記しておくとかでもいいのかもと思った。書ける日に、その時考えていたことを書けばいいのかも。
8月曜日
午前中は住宅ローンの10年固定金利期間が終わって、残りの期間をどうするかの相談に銀行へ。
月曜版画部では塩ビ板の小さなドライポイントがうまく行った。
7日曜日
数年前から天皇家のゴシップに詳しい友人が居たのだけど、あまり真に受けなかった(ごめん)。『日本国憲法の誕生』を読んでいて、天皇が生身の所在の不安定な人間だったことがじわじわくる。私が物心ついた頃には天皇は平和の象徴であって、今のお家争いなんて想像もつかないものだった。天皇の戦争責任は「平和国家」の礎になることと交換条件のようなものだったのではないかなと思える。すると、神社本町=日本会議の式典に出席するような人は平和の象徴とはなり得ないので、天皇制の存続の可否も終戦直後の不安定な状況に戻る感じがする。そういえば武家の強い時代など、公家が弱々しく日和見に、または政治の具として利用されて来た、あれに万世一系と縋りついて、日本人の誇りとしているということか。今憲法を改正するなら、天皇制の廃止(極論だけど)と、結婚の自由や、女性の地位についての足りないところ、人権の保護を「国民」と限定しないこと。と考えると、今の天皇の継承の正当性の問題(一般人になった人を皇族に戻すという門地による差別など)は、現代の問題と強くシンクロしていて、それらの後退の危機に思える。当時の改憲(新憲法草案)のために奔走した人たちのことを思う。
6土曜日
浮世離れした友人と言っても年上の友人がいて、彼が個展を開いていると言うので行ってみた。とても親しい友人たちにも知らせずにひっそりと開いている。私はたまたま画廊の方から聞いていて知っていた。何年も前に見た作風とも違うし、そもそもそれよりも前には作品を見たことがない。でも、常にクロッキー帳を持ち歩き、好きがあらば何かを描いていたらしい。ずっと前に、画廊の人が、これはコイズミさんにあげた方がいいのでは?と突いてくださったそうで、一枚、小さなクロッキー帳をその連なるリングから引きちぎった山でのスケッチがアトリエの壁に飾ってある。山に登る時も一人で獣道を行くらしい。今日は在廊されてなくて、作品だけを見た。何を思って何を思い立って個展を開いたのかもよくわからない、唐突さがあって。急に起こった旋風のよう。
5金曜日
先日届いていた北爪満喜さんが参加している詩誌『ハルハトラム』を庭で読む。詩の中に出てくるシロツメクサが丁度うちの庭にまだ咲いているので、遠くの鳥の声と、風で揺れる大きくなったアオダモの木の葉の擦れる音を川の流れに重ねて味わった。風が吹いた時、流れが葉の音で具体的になった。
『現代詩手帖』6月号の新鋭詩集特集。ローレル・テイラーさんの「つき方(さし)」にとても惹かれた。レース編みをしたことも、したことのない種類のレース編みの仕方についても本で見たことがあって、あの編み図と文字の景色が幾重にも重なって、写生的にもイメージの飛躍としてもとても美しく面白かった。「さし」というルビで読まれる異なる漢字たちや、「漸近線」という文字列にもハッとした。「端(さし)の輪郭をそっと描くことはできる」は、言葉や文字が実在に触れ得ないけれど、輪郭を弱く持つことが(文字なら線で)できるについての表現としてとても美しいと思う。糸と文字の関係のことや、文字のマス目と網目のこと、刺していくという行為など、イメージが単純でいて緩やかで、白さと痛みが差し込まれることと、まあ、イメージとして私好みなのだ。後半女性性の扱いについては少しよくわからない。
古関彰一『日本国憲法の誕生』を手にしたのは実は、スレッズで「自分はいわゆるネトウヨと呼ばれるWillやHanadaを読んでいる人間だけど、では左派の人は何を読んだらいいと勧めるか?」という問いかけを見て、自認が左派ではない(社会主義や共産主義を信奉していない)けど、リベラルだとして何を読むべきかなど考えたこともなく、それで今右も左も関係なく読むべき本として憲法制定時の詳細な史実を知りたくて、チャッピーに相談しつつ決めた本がこれだった。まだ最初の方。でも終戦日(敗戦日8/15)より2ヶ月も前には、天皇は終戦の準備をするように命を出していたわけで、終戦後すぐに「平和国家」を目指すと(天皇家の存続のため)言ったのには、それなりの準備期間があったからだ、という冒頭の話からしてとても面白く、というか不謹慎だなと思うくらい、面白く読みはじめた。それらは積み重なっているもので還元しきれない事実をきちんと尊重しなくてはいけない、つまり経緯を。今足りないのはそう言うことのように思う。諦めて上澄だけについてあれこれしていていいのだろうか?今頃これを読んでいる私も相当に遅いわけだけれども。
4木曜日
庭の木漏れ日の中で涼んでいると、この瞬間がもしかしたら最も豊かで幸せな時間なのかもと思ったりした。これを奪われたくなくて戦争したりするのかなとまでふと思うのは現状重症だと思う。50代半ばなのに、とても年寄りじみたことを考えるようになった。というか、明らかに価値観や感覚が変容しているのが新鮮で面白いのだ。ワサビリーフとルッコラと、スプリングほうれん草の種を、これまた適当にスジまきした。とにかく食べれるものを作っていこうと思って。日曜日に大船で寄ったポルべニールブックスで買った『食べられる庭図鑑』(良原リエ著・アノニマスタジオ)を読んでいて楽しくなって。赤詰草とドクダミを積んで、ダイニングテーブルの小さなコップにさした。暫くすると、みるみるうちに花の頭を立てた。水を吸って生き返った。その様子をまじまじと見るのは少し不気味だった。
3水曜日
仕事も少し残っているけれど、家のことや庭のことを少しづつ。トマトもミニトマトも青い実をつけていて、雑に蒔いたパクチーは芽を出していた。播磨さんが長岡造形大に来て、その授業として海のロッジでキャンプをするという。それで夫も今日は不在。適当に夏野菜でカレーを作った。コリアンダーシード、クミンシード、カルダモンホール、カレー粉と一緒に炒め煮にしただけで、ガラスープの素とナンプラーと、刻んだ国産レモンを足せば、めちゃくちゃ美味しいカレーに。超適当に作って最高に美味かった。
2火曜日
高校では「9つの正方形の構成」の授業。参考作品(当時の記録で残っている作品)の読み解きをしてもらい、こちらでもそのまとめを説明したのと、黒い色紙を切るのと、ケント紙に枠線を引くくらいまで。
一週間分くらい日記溜めてた(今過去一週間分書いた)。
1月曜日
母が白内障の手術をするのに、短時間の手術だけれど一人では心配と一泊入院を決め、入院手続きに付き添い。タクシーが病院を間違えたり、病院内でいく場所がわからず迷ったりしつつも無事に部屋まで見届けて、そのままお昼の新幹線に乗って帰ってきた。夜は月曜版画部に。今日は参加者が2人。新潟県知事選挙の結果についての話題など。私は安瑆・俊子展の図録を持って行ったのに、事務仕事を先行させて制作には至らず。