2026年3月
31火曜日
本当は今日は鎌倉に福田さんの個展を再訪するつもりだったのだけど、本当に疲れ切ってしまったのでまっすぐ帰ることにした。帰ってすぐに仕事をしようと思ったけれど、贅沢なことにぼーっとして、それからジムに行き、途中テレビで平野レミさんが披露していた「怠慢餃子」という簡単メニューをつくって晩御飯にした。
30月曜日
チェックアウトして大学へ。お客さんを迎える準備をして在廊する。城さんの後輩の学生さんが見にきてくれて、電子の世界についての知識が十分におありなので、話が早いのがありがたかった。ここにきて、美術の人に説明する方が難儀だという逆転現象が起きていて、私の仕事はいつも鑑賞者を選びすぎるのではないかとちょっと気になったりもした。
この年末から、飛行機にやっと乗り慣れた。飛行機の発着が遅れて小泉家に着いたのは12時。せっかく上京しても母と過ごす時間が短くて申し訳ない。
29日曜日
YCAM2日目。昨日の椛田姉妹が皆に質問していた、りんごのビジョンを実風景に重ねて見ることができるかという質問には、できるできないで答えが別れるという話がきっかけになって、それぞれの脳内イメージはお互い確認できないという話題が少し盛り上がっていた。私はイメージを思い浮かべられるし、黙読時に頭に音読の音が流れるし、メロディーを耳コピする時も頭にメロディーを再生させている。でもそれは不完全で、これを実現するためには描いたり、歌ってみたり、鍵盤に当たってみないとできない。この件は私のドローイングの話にも関わりがかなりあるもので、もう少しそのあたりのことを自作と絡めて話せれば良かったのだけど、テクスト読んでもらえたらだから、近々SNSにでも貼ろうと思う。
会場撤収し、これで解散かと思ったら、もう一泊組で飲むことに。坪井さんや渡辺さんと話ができてよかった。
28土曜日
YCAMでのファンダメンタルズ・フェス・ミニの日。駒場小劇場は黒かったけど、ここはオープンエアな印象だからか、リラックスして発表できるような空間だったと思う。それぞれのペアの様子が面白かった。私たちのユニットは手持ちの画像を角田さんがまとめて準備してくださって、発表もうまく回してくれた。人数が多くて自分がどのくらいの釈で話したらいいか私には難しくて、やったことは説明できたけど、起きたことについては出し惜しみしてしまって、その点についても触れれば良かったという反省はあった。
広島大学から高橋先生がもみじ饅頭を持っていらしてくださった。制作についての話も聞いてくださって、とても面白がってくださったから本当に良かった。私の絵は、科学者にとっては不要のもので場合によっては嫌がられることもあるのではないかと思っていたのに、その実像のイメージを持つことについて好意的に、またはご自身に照らして考えを巡らされているご様子に、ああ、一緒に交流していた堀川さん達だからこのことを面白がってくれたのではなくて、分子の電子状態について研究されている人が面白がってくれているということにとても大きな喜びを得た!!
表紙の絵の方は、普段はカラフルで強いデジタルイラストなので、私のは色彩も少ないし、とても繊細なイメージだし、新たに研究対象の分子について描くので、採用してもらえるものを本当に描けるだろうかと少し心配ではある。
今日のおしまいに皆さんがバスに乗って山口大学の方の会場に来てもらう機会があったのはありがたかった。私の作品について話ができた人数は限りがあったけれど、きちんと見てくれて、興味深く聞いてくださった方がいて良かった。
夜には懇親会があり、濃い人たちの集まりでとても疲れていたのに興奮してしまい、やはり夜は眠れなかった。人疲れしてしまう。
27金曜日
よく眠れなかった。4:30に起きて急いで布団を片付け、水分をとって身支度をして、5時に家を出る。羽田空港に向かう。浜松町の駅は混んでいて驚いた。羽田空港の南ウィング、正面の手荷物検査場がものすごく混んでいて不安になる。が、奥のスターフライヤーの手荷物検査所はまだ空いていた。機内持ち込みできないと、見つかったカッターナイフを没収された。飛行機に乗り慣れていないから緊張した。無事に乗れて山口に着いた。
山口大まで、バスを2本乗り継いで到着。なんとか無事に設営できた。堀川さんと城さんに「クラウンエーテルを描く 感覚をつくるドローイング」を読んでメールでフィードバックをすでにいただいていたけれど、実際に会ってとてもよかったって言っていただけて本当に嬉しかった。堀川さんと山口大学、広島大学の研究が今度イギリスの科学雑誌の掲載されるにあたり、表紙のイメージを担当する順番が回ってきたとのことで、ぜひ私に描いて欲しいと依頼をいただいた。思いがけないことで、とても嬉しかった。
YCAMに移動して、設営を済ませた。事務的な日記になってしまっているけれど、超盛りだくさんでとても疲れた。とても疲れていたのに夜は興奮して眠れなかった。
りゅうせいさんが本屋で私の本を見つけてくれて、私のことを知っていた。画期的な本だと褒めてくださって、芸大の図書館にリクエストして入れてくれたと。何故か芸大の若い人達の中の局所的なところで私の名前が出ることがあるらしいのをここでも観測。どうぞよろしくお願いいたしますな気持ち。
26木曜日
鑑賞の授業を計画し、実行する。これまで描いてきた絵の中から、皆に見せたいものを1点以上選んで、教室の中央に机を集めて作った大きなテーブルに並べる。これを見やすいように並べ替えるように促す。鉛筆の絵とそれ以外のものに二分して配置することが決まった。机をぐるっと囲んで、少しづつ移動して皆の作品をしっかり見る時間を作る。鑑賞のヒントとして、この時間の前の合唱の時間で「世界に一つだけの花」を歌っていたので、他の人と比べるなと歌っていたけれど、比べていい、むしろ自分ではやらないことや、自分とは違うところを見つけてよく見ることが大切だと伝えた。それから各自自分の作品について発表し、質問する時間が欲しいとの要望を受けて、皆で質問する時間を作った。授業が時間内に終わらなそうになって少し慌てた。
家に帰り、少し休んで、東京に向けて出発した。母の家で夕飯を食べると伝えていたけれど、何も用意がなくて、近くのサミットで安い弁当を買ってきたら、美味しくなかった。美味しくない弁当があるんだなと学んだ。
25水曜日
今日は28日で、日記を書きそびれている日がこんなに長いのはこの日記を書き始めて初めてのことで、自分がどれだけテンパっているかがわかる。明日の夕方には上京するので、その準備をする。着ていく服と持っていく服の組み合わせを考えて混乱し、右往左往する。なんとかメモをとる。
24火曜日
26日必着で、山口の展示の作品を送らなくちゃで、調べてみると今日送らないと間に合わない。慌てる。けれども間に合う状態にギリギリなってる。集荷を頼むとわざわざうちまで取りに来てもらうことになる。ガソリンが高騰していて限りあると思うと、私の一つの荷物のために来てもらうのは悪いなと思う。それだからといって、配送所までそれなりの距離があるのに、私一人と荷物一個を運ぶために私が車を走らせて行くのもエコではない感じがする。結局、集荷を頼むと1日遅れてしまうとわかり、どっちがエコか?と貧乏くさいことをちまちま考えながら配送所へと車を走らせた。
荷物や手紙が今の日数で届くというのは凄いことだ。でも長岡から各所へは思うより時間がかかるようになった。郵便が土日配達をやめてしまったのは大きい。中1日かかるような時は、土日非配達だとなかなか届かない。そういえば、あの人にもこの人にも郵便は届いたのだろうか。今日はお一方からメッセージをもらった。肝心の手紙にはそれほど多くのことは書いていない。手紙が届いたのをきっかけとして、メッセージでやりとりをする。
23月曜日
カメラのキタムラで簡単に資料写真のプリントをしようとネットで依頼して、受け取りを今までもそうしていた近所の店(と言っても車で橋を渡るリバーサイド千秋アピタ内のキタムラ)を選ぼうと思ったら、店舗欄に出てこない。仕方がないので、行ったことのないさらに遠い店に行く。必要ないくらい広い敷地の駐車場に車をとめ、白白とした質の光源に照らされたがらんとした店に入る。パースが狂った絵みたいにカウンターが妙に大きい。店員が3、4人。私が入る時に一人の客が出て行った。他に誰もいない。「アピタのキタムラはもうないのですか?」と聞いたら、「ここと一緒になりました」と。ここもそんなに長くなさそうだなと思うと、色々不安になる。5月の青森でのグループ展のお題は「もし写真がなくなったら」なのだけど、この地では、過疎で人が居なくなることと写真がなくなることは、ほぼ同義というか、何かが無くなるより先に、人が居なくなる感じがする。
22日曜日
山口の展示に添えるテクストの方、こちらも一旦書けたことにしていたのだけど、修正をはじめて少し沼にハマりかかり、なんとか抜け出して、山口大学の堀川先生と、学生の城さんに送った。ほっとした。まだ細々したことが残っていて、でも少し風邪っぽい、というか花粉症であちこち炎症気味。
21土曜日
妹に読んでもらった原稿、やはりまだ気になって、細々直しはじめて少し手こずった。それで編集さんに送ったからとりあえずほっとした。修正などは山口の展示設営が終わってからにお願いした。
20金曜日
ChatGPTとNYのとあるアーティスト(音楽)について聞いていて、そこからの会話以下(チャッピーの返答は要約した)
ポストポリティカルと聞くと、とても現代的な感じがします。ただ反面、NYでは左派の台頭が最もラディカルな若者の行動に見えるのですが、日本からだと。そう考えた時に、ポストポリティカルは少し古臭い感じがしたりするものなのでしょうか?NYの時代の空気について教えてください。
NYの現在の空気では「ポストポリティカルは古い」というより、“一度古くなりかけて、また別の形で生き残っている”という状態に近いです。 2010年代:ポストポリティカルが「クール」だった時代。NYのカルチャーは「どの立場にも乗らないのが知的でクール」。2020年代:明確に「再政治化」している。 若者カルチャーは明確に政治化・Black Lives Matter protests・ガザ関連のデモ(大学・アート界含む)。ジェンダー/移民問題。 これらを通して「態度を示さないこと=問題」と見られる空気が強まっています。日本から見た印象はかなり正確で、今のNYでは進歩的・左派的な立場、反資本主義/反植民地主義、パレスチナ連帯などが 若者文化の“最前線”として機能している。ではポストポリティカルは古いのか?表面的には「古く見える」、でも完全には消えていない。一方で、過剰な政治化への疲れ、SNS的な正しさ競争への違和感。 ここで復活するのが「一歩引く視点(ポストポリティカル的態度)」。 今のNYのリアルな構図(重要)A. アクティブ左派(可視的・勢いあり)。B. アイロニカル/距離を取る層(静かに存在)。C. 両方を行き来する層(実は多い) 実際のNYはこのCがかなり多い。 感覚的に言うと今のNYはこういう二重構造です:表層 → 強く政治的・道徳的・ラディカル、深層 → 疲労・皮肉・距離感も同時に存在。ポストポリティカルは“終わった思想”ではなく、むしろ今は“批評的なサブレイヤー”として残っている。「再政治化の表層」と「ポストポリティカルの残響」が同時に存在する時代。
↑まあ相対的にまとめるとそんなでしょう。俯瞰して相対的に見ることが何らかの熱力学第二法則を加速する感じがする(再読するとつまらないなと感じる)。
19木曜日
労働の方の仕事を済ませ(綺麗にデザインがおさまったので気分がいい)、手紙の続きを書き、郵便局へ行く。近所の郵便局は小さくて、私がDMを送る以外に大量の郵便物を持ち込んでいる人にあったことが今まではなかったけれど、郵便窓口の机の上に、大きな分厚い封筒、レターパック、長3封筒がそれぞれ山積みに所狭しと乗っていて、局長が少しあわあわしていた。けれど和かに私の封書を受け取ってくれた。ムーミンの110円切手を切らしてしまって、足りない分は絵本の世界シリーズ「パンどろぼう」の切手を選んだ。書簡の内容と不釣り合いなのだけど、他に気持ちを惹かれるものがなくて。
原稿について妹に校正してもらった内容をLINE電話で聞く。とても助かる。
18水曜日
髪が伸びてしまったのどうしても我慢できなくてヘアサロンへ。山形と青森で展示があることを告げて、北への交通手段について色々教えてもらう。制作の内容について話したら、すごく難しいですね、と言いつつちゃんと聞いてもらえた。何故かいつもよりすんなり話ができた。
原稿が書けた。いつも通りまずは妹に読んでもらう。とりあえず良い手応え。
チラシ送付の続き。手紙を添える。
17火曜日
肩が痛くて整骨院へ。最初の中村さんと再会。やっぱり彼女は超絶技巧のマッサージャー!
部材で額縁を繋げる作業。あれ、思ったより華奢な感じがして心配。金属で補強した方がいいかもしれない。頭で思ったようには行かない。
チラシを送付する。遠方ゆえ20部しか用意していない。最近チケットを送ってくださったり、久しぶりに連絡が取れた人へ返信のつもりで手紙を添える。
16月曜日
私が受け取るメッセージから感じる温度感は、私の偏ったフィルターがかかっているのではないかといつも疑っている。でも今日のグループLINEのそれは、私だけでなく他の人の目にもそう写ったようで、自身のコモン・センスが確認されてホッとするなど。共通の感覚なんて、流動的でぼんやりしたものだ。私のようなアーティストにとって、長年会社勤めをされている人の感覚を、時にとても信頼することがある。それは私のご都合主義だとは思うけれど。普通ではないことが時に褒め言葉になり、普通ではないことは時に恐怖だ。私には若い頃から恐怖の方が大きい。今はもう逆に、高齢になってアルツハイマーのように悪い性質の痴呆になることが現実的な脅威として未来にあるので、それに比べると認識のズレはそれほど気になりはしないかもしれない。そういえばユングの研究で「老い」についてのものもあったような気がするが、それはそれが近づいてこなければ全く興味の持たれることのない類のものだなと思うとやはり、どこかのタイミングで世代や年齢を引き受けて、そこに引きこもるようなタイミングが来るのだろう。
15日曜日
久しぶりにスライド丸鋸を稼働する。ボール盤、テーブルソーも。工作機器で板を切ると粉塵がすごい。集塵機を使っていてもかなり舞うから、機械を使うのは嫌いで、刃物で加工できるのが一番いい、けれどその技術がない。工作機械を使うと自分がマッチョになった気がして気分が良かった頃もあった。今はそうでもないけれど、この感じは久しぶりで悪くはない。切断面を刃物で整え、木工用ボンドをきれいに塗って重たいL字の直角を出す補助具で正確さを担保してから圧着するために押しをする。この単純な作業を繰り返す。設計図はイラレで書いた。実際にこれがうまく機能するかは、額と合わせてみないとわからない。そこから微調整も必要かもしれない。何より、これが主張せず、全体が美しく見えるかもやってみないとわからない。
メディア環境が変わってきて、本を読まずに動画などで知識を入れるようになってきている傾向について話している動画を見て家族と話したこと。本を読まなくても文は書けるだろうけれど、文体のようなものによる多様さは、ある程度の読書経験が積み上がらないとわからないと思う。最初は伝えるべきことを伝えようとすることだけだった。何か書く種があって、それをどう書くかの見通しを立てるとき、あそびというか緩みがないとそれは拡がらない。全く違う道だってあるはずだ。どこを通るかで結局書かれるものの行き着く先は異なるだろう。それらを読む人がいなければまたその幅はやせ細る。そこに書かれいている意味内容を容易に取り出せること、変換が可能で簡易なことの方に価値があるという勘違いが起きている。翻訳不可能なものを見たり読む人が減るとは、書かれるもの全体が痩せることだと思う。
14土曜日
ついPCを見たりスマホを手にした時にSNSを見てしまう。イランの件、首相が訪米する件が不穏過ぎて心配になる。
妹がT-shirts展に出品するのに、数日前にNO WARか、I STAND WITH PALESTINE か相談を受けた時、NO WARだと文字面が強すぎるし、彼女はずっとパレスチナに寄り添う活動をしてきたから、パレスチナを応援するシャツをつくるのでいいのでは?って感じでデザインの相談に乗っていたのだけれど、急にやっぱり今はNO WARが欲しいと思って連絡したら、彼女もやはりそれを作りたいと。イラストは呑気なポーズの猫にして、NO WARと入れることになった。
アラブ諸国との会合を風邪と言ってキャンセルし、その病状をやむを得ないものと公式に説明するわけでもなく、キャンセルを丁重に詫びるコメントも無しに、危うい訪米を楽しみにしていそうなそのXデーが近づいてくることに、怯えている小動物だよ、私。
額装を済ませて、アトリエを片付けた。明日は、設営のために設計した部材を制作する。
13金曜日
色々一通り片付いて、やっとまとまった時間が取れた。読書会やりすぎていて、時にダブルヘッダーだったりだったのだけど、今日は何も読まなかったぞ、笑。でも読書会の他にも読みたいものがたくさんあり、グループ展前で慌てているのにそれでも、本を読む時間を取るようにしているのは結構幸せだ。最近はドローイングをしているから、制作がとても身軽だ。本と紙と鉛筆があれば生きていける感じがする。
作品としてのドローイングだけでなく、一昨日過去のスケッチを探してみたのもあって、プランとしてのドローイングについても併せて、もう少し考えてみようと思う、感覚をつくるドローイング。
12木曜日
何とかやったけど、今日はぐでんぐでんだった。疲れている。
11水曜日
過去の作品を収蔵者から送ってもらう。久しぶりに見たら、思っていたよりずっと良い作品、笑。元々かなり気に入っていた作品だけれど、このシリーズはもう作っていないので、当時の考え方が蘇ってきてとても新鮮だった。当時のスケッチも探してみる。思いのほか、あっという間に考えている。頭の中である程度空間の相貫的な構造を決めている。ああ、こういう思考と嗜好も久しぶりで、もう少しやってもいいなと思った。あと私のかたちには甘さ(sweetの方)があるのどうしてだろう?玩具性かな。
10火曜日
高校授業の最終日。特別編成で40分授業2時間はとても短かった。色々悔いが残るし、自分の役回りについてちょっと考え込む。帰りにガストに寄って原稿仕事。ここで本を書いたので、なんかこの感じは懐かしく、集中して進んだ。けれど使えるかどうかは微妙。主旨からずれ過ぎてしまった。前半はこの方法で、後半は別の構成で進めたい。
9月曜日
上京から帰宅した翌日はいつもそうだけれど、溜まった家事と労働の方の仕事を。気づくと庭の雪がだいぶ減っていて、雪の下から現れる庭の地面は汚いのが常。茶色い枯葉が濡れている。雪は痩せて表面に皺(しぼ)が寄っている。雪が溶けたら庭仕事をしないとだけれど、この春は忙しくて手が回るだろうか? 畑はGW明けに風が治ってから苗を植えればいいのだけれど、もっと早くから葉物を育てるなどはできる。もう新年度は目の前だけれど、まだ不確定なことが多過ぎて、ずっと春が来なくてもいいのにと思う。
戦争が起きていて、いよいよ憲法から世界情勢から地政学まで、今まで気にしなくて良かったことを、気にしなくて良かった人たちも気にしはじめている。不安から、それが動機となって学び始めることはあって、今までぼんやりしていても良かった社会のことをきちんと知りたくてざわついている。やはり皮肉にも、この情勢の不安定さ(そう感じさせられていること)によって意味が変化したり読み替えられたり、印象が変わったり優先順位が変動するものがいくつもあるだろう。そして不動のものも(古典の遠さに救われたりする)。その中で不服従と抵抗について覚えておくようにする。
8日曜日
地下鉄で向かいに手話で会話する中年のカップルが座っていた。互いにイラついているようで、手話のわからない私にも言い争っているのがわかる。お互い目も顔も合わさずに自分のスマホを見ているが、攻撃的な手の動きを繰り出しあっている。視野の端で言い争いが成り立つんだなと失礼ながら感心。
千葉大工学部の卒業制作展を見にいく
ワタリウムの地下で打ち合わせ。
ドナルド・ジャッドの展覧会。伊勢丹の方は家具の展示だから行かなくていいやと思ってのこちらに来たのだけれど、こちらの展示を通して、彼の家具の仕事が光った感じがした。建築、恒久設置、NYとテキサス、ということは過去に知っていたけれど、コンパクトながらすっと重要な文脈を彼の初期の絵画から見ることができてとてもよかった。しかも彼のリノベした部屋や空間に彼の最初期の油絵が飾ってあることを確認できたのも良かった。ON SUNDAYSにあったジャッドの本に、家具のきっと全てではないだろうかというくらい分厚い図面集が売っていて、思わず買ってしまった。ソル・ルイットと違って手仕事のノイズを拒否する彼がその図面を公開していることも、レシピ本を書いた私にとっては勝手にお仲間な気分で光栄なのだ。
7土曜日
ICCで三上晴子、都現美前で高橋裕行さんと良太郎さんとササジさんと合流して美味しいビリヤニ、でも食べきれず。都現美に戻ってソル・ルイット、ミッションインフィニティ、常設展の特に池内晶子さんと中西夏之を見る。Art Since1900の読書会を続けている面々で鑑賞を共にするのはとても有意義だった。
私のレシピ本を読んだ裕行さんが、ソル・ルウィットはぜひ私と一緒に見た方がいいのではと提案してくださって実現した御一行。そうです、執筆時にソル・ルウィットのことは意識していて、アイデアを共有する、しかも手仕事を良きこととして共有するというコンセプチュアルアートの原初の考えを、私なりに実現した面はあって、人が作品と言葉の関係に悩むとき、端的にスキャンするように自分の制作の有り体を記述する、作りかたを記述することをやろうと考えたのだけど、どうだろう。ソル・ルウィットはグラフィックデザインや出版もしていたという資料をたくさん見てたのも幸せだった。
今日印象的だったのは、ICCで三上のインタラクティブアートをアーカイブするというのと、ミッションインフィニティで量子計算での色空間を平面構成に変換するというような展示していた久保田晃弘さんの仕事。彼の仕事をきちんと理解して評価できる人が今どのくらいいるのだろう?って。私はもっとわかりたいのに、知識も頭脳も追いつかなくてとても悔しい気持ちになる。知的なものへの憧れ全般はあるけれど、そうではなくて、かなり局所的に好きな部類なのに、全くリソースが私には足りない。「量子コンピューター内部の量子ビットの状態は、人間が直接知覚する事はできず、量子ビットを複製することもできない。私たちが知り得るのは、その不可知な状態を幾度となく測定することから得られる、断片的かつ統計的な、0と1の二値からなる古典情報のみである。そこで、多数の測定から現れる古典的な「像」を、失われた全体の影と捉え、量子計算に固有の偶然性・ノイズエラーも美的要素とする。」こういうことを考えて本気でやっている人はあまりいないと思う。私がドローイングにより感覚をつくり、モデル起点の本物を増やすというような、本当の実在を否定するように考えるのは、実は自分の限界を誤魔化しているというか、不可知性に圧倒されているからあって、久保田さんの仕事を見ると、全く不可知だということはわかっていても、その実感は如何様なものなのか、どのくらいの感覚でおられるのかな?ととても気になる。
小泉家で母と妹家族と長女と息子とお寿司を食べた。夫は長岡で寂しがっている。
6金曜日
息子と一緒に上京する。神奈川方面へ。初パープルームギャラリー。尾関さんの版画を息子はとても面白がっていた。カワラボの人の版画、凄い拘りで、版画の刷りに取り組んでいる人の凄みをあらためて。職工としてのプライドみたいなものは、この頃美術展ではあまり見ないものな。郊外型のショッピングモールの中にギャラリーは、やはり驚く。海老名駅を出た時の風景がアミューズメントパークに来たみたいな奇妙な風景だし。でも人が多くて、長岡や新潟の寂れた感じとはまだ全く違う。地方の冷えた感じを見たらどう思うのだろう。
神奈川県立近代美術館鎌倉館へ。予定より遅れて着いたので心配だったけれど、きちんと見れた。この件については他で書く機会があるから、内容には触れない。福田尚代展「あわいのほとり」。書く機会があると思うと見方も変わるところがあって、普段よりもう一層加わって見る。私自身の思い入れも引き出されて、フォーマルとプライベートの振れ幅が大きくなる。井川淳子さん、小林聡子さん、言水ヘリオさん、藤井一乃さんと会場でご一緒して、福田さん、藤本なほ子さんとも一緒にご飯。
福田さんは本のサインにとても時間をかけるというのを知った。気軽に頼んでしまって申し訳なかった。こだわること(こだわらないこと)について再考(整理)を促された感じがした。
5木曜日
絵を描く熱い気持ちが冷めてしまった様子の子と話すのが2週間振りだったので、その間何があったか(何がなかったか)わからない、そもそもそういうことはほとんど知る機会がないのだけれど、でも普通他者との関わりは見えない背景の方が大きくて、しかも若い気持ちは小刻みにも大きくも揺れやすいという様子の彼のものを、数ヶ月経ってやっと垣間見た気がした。私の話を夫が聞いて笑ったことでほっとした。
香月泰男の画集を見せたい子がいて、持っていってとても良かった。殆ど話さない彼が、自分の絵について明確な問題を口にした。それにこたえるのにとても良いタイミングだった。選書するのは楽しい。
4水曜日
「モデル依存の実在論」というのが気になって、『ホーキング、宇宙と人間を語る』スティーヴン ホーキング (著), レナード ムロディナウ (著), 佐藤 勝彦 (翻訳)(エクスナレッジ)を図書館で借りてくる。その後「操作実在論」というのが気になって、イアン・ハッキングの『表現と介入』(ちくま学芸文庫)を注文する。読めるだろうか? 基本的に主観主義的なところから自分では飛んでいるつもりでも飛べない。飛んでいるつもりなだけでもいいかもだけど、飛び方について知れるのかもと思って。そういうことを考えるのは楽しい。でも本当はもっと実制作の時間に割いたほうがいい気もする。
予定が立てられない。
3火曜日
国会で首相が答弁を避けまくっていて、イランの自衛権行使に批判的なことを言う外国首相も多くて、小学校はイランの誤爆だというデマも吹き上がっていて、デストピア感が日に日に増していくSNS。それに対比的に通常運転な感じの日本のテレビ番組もどうかと思っていたけれど、そんな空気もだんだん戦争についての話が報道されるようになってきて、十数年前には想像もしなかった世の中になっている感じがする。数年前にオマルハイヤームの『ルバイヤート』に出会って、イラン(ペルシャ)のことに初めてほんの少し触れたような感じの異国の文化を知る機会を持ってなかった自分は驚くくらいの無知で。パレスチナのことを少し知ったのも、イスラエルの目に余る蛮行がそのきっかけだし、それについての西欧諸国の差別的な対応を見て、憧れが吹っ飛んだことによって、中東や第三世界について少しは目を向けようと思ったけれど、具体的には何も。Twitterにイランの『ちいさな黒いさかな』という絵本について投稿している人がいて、その世界観が私には未知のもので小さくふるえる。スケールや結節点や転回点や倫理の感覚が、これもまた私のこの頃の興味の問題なのだけれど、私とはスケールがズレた状態でそれらの点が打たれていることに依る、味わったことのない味。
2月曜日
ChatGPTと以前やりとりしていて、考えがまとまったように思い、このやりとりをまとめてみてと指示を出してあったのを読んでみたら、めちゃくちゃつまらなくて、ああ、これが家人が言ってたチャッピーに書かせたらしいレポートがめちゃくちゃつまらないって言ってたやつなんだなと驚いた(添えられた制作ノートのような生原稿はもっと面白いという)。それで、そのチャッピーとのやりとりで自分が書いたものだけを取り出して並べてみた。こちらの方がマシなのだけど、やはり論理の飛躍がいい意味でのそれではなくて、全く的を射ていないものが含まれている。チャッピーが突っかからずにスムーズに会話をこなしてしまうので、その会話の場でそのことが気づかれていない。たとえば勉強した内容とか科学的にこの表現で正しいかと問いかけた時はまともな答えが得られるのだけれど、そうでない場面だと、飛躍があってもいちいち普通に対応してしまうから、そこの繋がりがどういう文脈で起きているのかについて検討されない。これまで少しは生産的かもと思っていた対話が時間の無駄だったっぽい感じがすごい。使い方の問題ではあるのだろうけれど。この自己に閉じた連想を壁打ちしているつもりでも、自分で紙に書いて読んでみるほどには外部出力できていない状態だということを肝に銘じる。
1日曜日
2月はやっぱり短かった。イスラエルとアメリカがイランを攻撃して、不穏な世界情勢になって、Twitterのタイムラインがその関係の投稿で埋まっている。テレビではそれについて特別番組をやっているような状況はなくて、通常運転をしている。この時点で何か既に、本来必須のインフラが失われてしまっていることを思い知る感じがする。
朝ごはんはトーストにブルーベリージャムを塗って食べた。昼は肉うどん。油揚げとほうれん草を足して、刻み葱と七味。白だしで。夜は千切りキャベツと豚ひき肉の蒸し焼き。カットトマト添え。
イランは自衛権を発動して近隣諸国のアメリカ軍基地を攻撃してるリソースを全部イスラエルに向けて、イスラエルをガザみたいに破壊してしまえばいい、くらいの邪悪な気持ちが自分の中に巣食っているのを独りで見てる。