2026年2月
28土曜日
イスラエルとアメリカがイランを先制攻撃して、本当に世も末だなという感じになって来ている。その指令に従わなくてはいけない現場の軍人がどんな状況なのかも私には全く想像できない。シェルターのような避難場所に入ったイスラエルのユダヤ人たちが、皆で歌いながら飛び跳ねている動画とか送られてきて、どうしても嫌悪感を抑えられなくなる。SNSは立場表明の投稿で溢れるし、色々な繊細さは地ならしされていく(そんな中、ワイルドの本読めてよかった)。それにしても物事の優先順位も、強度さえも更新されていってしまう嫌な感じがする。不服従を!
これまで描いたドローイングの額装をはじめる。勉強を再開する。
27金曜日
オスカー・ワイルドの『社会主義下の人間の魂』(町本亮大編訳 小鳥遊書房2026)を読み始めたら一気に読んだ。最近こんなに一気に本を読むこともほとんどない。大好きなワイルドだからもあっても、それ以上に痛快。古いものだし、社会主義はこのように帰結したことはかつてないけれど、今読んでも、今だからこそ瑞々しくて、私には処方箋のよう。しかも私も芸術家だし。ワイルドの芸術観に完全には賛同できなくとも、とても勇気づけられる内容だ。いくつか抜粋しておきたい。
「社会主義の成立によってもたらされるであろう最大の利点は、うたがいようもなく、他人のために生きるというあの低劣な義務から解放されることである。」とはじまる。「大多数のひとびとは、不健全でおおげさな利他主義によって自分の人生を台無しにしてしまっている。」「最悪の奴隷所有者とは、奴隷に親切な所有者であった。奴隷に親切にすることで、制度の犠牲者がその悲惨さに気がつくのを妨げ、制度を観察する者がその恐ろしさを理解するのを阻んだのである。」「社会主義そのものは、それが個人主義に通じる道を準備する限りで、価値あるものとなる。」「貧民のうち最良の人々は、決して感謝しない。感謝などせず、満足せず、人の言いなりにもならず、反抗的である。彼らがそうであるのはまったくもって正当なことだ。」「不服従とは、歴史を学んだ者の観点からすれば、人間に生まれつきそなわった美徳である。進歩は不服従によってもたらされてきた。」などなど。また、例えば奴隷解放が達成されたのは、当事者の奴隷が何らかの行動を起こしたり、自由を求める表明をしたのではなく、当事者ではない活動家が違法行為によって力で達成されたものだと明確に指摘しているところなども、胸の空くような心持ちだった。それよりも先には、人は痛みに共感して何かをするが、思想によってはなかなか動かないとも。つまり、痛みに反応して、自らがその立場になることを恐れるばかりに何かを叫ぶことには批判的であり、けれども、非当事者である活動家が違法行為によって制度を変えてきたことには好意的なのである。
こののち、個人主義や個性、芸術や芸術家についての話に移行していく。その中では例えば「利己的なのは、自分が望む生き方をすることでなく、自分が望む生き方を人に押し付けることである。」と。
これの書評をオーウェルが書いていて、好意的なものではあるけれど「いまこの楽観的な予測を読むとたいそう暗い気持ちになる。」とワイルドの詠う社会主義の社会が実現しなかったことを嘆く一文を見て、つい声を出して笑ってしまった。それは確かにそう。書評が書かれたのは1948年。ソビエトのそれはユートピアから程遠いものだったからだけれど、資本主義も行き詰まり、欧米の自由と平等のはずの民主主義が欺瞞と共に退廃し、それに及ぶことのないまま停滞している日本の現在において、ワイルドという大家の清々しいクリアな主張は、愛を感じられるような一冊となっている。
背景として、『ドリアン・グレイの肖像』が月刊誌『リッピンコッツ』に掲載されたのが1890年。英とウェイルズでは1967年まで同性愛は重罪。1885年には男性同士のいかなる性的接触も違法。『ドリアン〜』が猛烈な批判を浴びている中で、『社会主義下の人間の魂』は出された(1891年)。その後、『ドリアン・〜』は序文付きで単行本として出された(1891年)。
26木曜日
少年院の美術クラブの時間が春から半減することは多分まだ皆は知らないんだと思うから言わない。月に2回各1時間だと思うと、内容や進め方について組み立てなおした方がいいなと考えていて、そのおかげでできるようになることと、失われることについてモヤモヤ考えながらクラブ前の合唱の時間(というのがあって、今日は「旅立ちの日に」)の歌を歌っていた。制作の前に授業らしい何かを言うことは苦手で、先生らしく普通に話しはじめられない。美大受験したいレベルの子や、絵を描くのが苦手だという自認のケーキももしかしたら分けられない子もいて、それぞれにとって貴重な時間(というのは、私が行うことが価値ある内容ということではなくて、集団を離れて何かに割けるこの時間自体が貴重という意味において)だと思うから、どうしたらという気持ちになる。
ワイズベッカーの椅子の絵ばかりの作品集を持っていって見せた。三次元立体や空間を二次元の絵に描くのは、それがたとえ写真のようにそっくりに見える絵だとしても、この作品集のようなものだとしても、どのように描くかを発明することだと言ってみた。その発明は頭の中で閃くだけでできることではなくて、紙の上で試行錯誤しながら見つけていくことだと話した。伝わるのだろうか?それから集中することが一点の局所的に行う時もあれば、もっとぼんやりと拡散して広い視野を持ち、全く関係ないことを思い出したりすることもある意味別の集中の仕方だという話とか。それから個別に、絵は苦手だから描きたくないという子とは、文字を書きたいというから、書きたい文字や言葉を紙にいくつか上げさせて、そこに比較的形がつくりやすい「蝶」という文字を見つけ、二つ折りにした紙をハサミで切って蝶のような型紙をつくってみることを促し、パステルでネガティブハンドのようにしてみたり、使用したその蝶の紙自体が重なる色で美しくなったりする様子を楽しんだ(もちろん文字自体を書くのでもいいのだけれど、彼は以前文字を描いてみた時に、いわゆる図形的な認識がとても苦手なので、普通にタイポグラフィーのようなことをやっても行き詰まる)。こうやって別の作業を挟むと、間接的だから、絵を描くという直接的な行為より描いた絵や線が自分で嫌になることを避けられる、私自身も絵を描くのが苦手で何か作る方が好きだと話した。その子は一通りやってみたのちに、来週は絵を描いてみたいと言った。
25水曜日
確定申告書のオンライン提出に手こずってる人がいるとも聞き齧っていたので少し心配だったのだけど、マイナンバーカードと会計ソフトであっけなくできてほっとした。それにしても例えば会計ソフトは申告書の制作の仕方について、順を追って画面で丁寧に説明してくれて、それに乗っかっていればできてしまう。会計ソフトを使ってなかった時も、国税庁のホームページで申告書作成のコーナーに行けば、いわゆる会計ソフトに比べて相当設計もインターフェースも社会主義国家のように酷い見てくれだけれども、いう通りにやればそれなりにスムースにできる。ただなんていうか、インターネットのそれは、この先に進んでも戻って来れるのか?戻ったらどこまでのデータ入力が消えてしまうのか、そういうことの不安といつも隣り合わせでいる。そういうサイトが他にあるせいであって、今回もそういう目には合わなかったけれど。来月末の航空券とホテルの予約をオンラインで済ませてあって、前回もそのことが現地でもとても楽であったけれど、手元にブツがないことの不安、電話で誰かと会話を交わした出来事のないことの不安、参照するものが画面上にあったり、入力したデータも画面上にあったりすることの不安は慣れでしか解消されないのだろう。私とそれらの間に仕組みが見えない分、習慣化されるところまで頻度が上がらないと因果関係が結ばれない。手触りがあり形の見える物理的、道具的な機械とは異なり、姿形が見えないままに、圧縮された関係ばかりが増えていく。こうしたいと思ったときに画面の指示に従っていると目的が叶う。こういう組み合わせが生活の中での制作の部分を小さくし、人間を無力化していくように思える。
24火曜日
心配していたこともほぼ全て手をつけたので、何かすっと片付いた気がする。余裕ぶっこいてやらなくてもいいことにも手を伸ばしてしまった、また悪い癖。けれどそちらは目処がつかず一旦手放すことに、といったぼんやりした概要ともいえないくらいの道筋をつらつら書いてもしようもない。肉付けの部分、これに触れるにはもう一つジャンプがいる。それができるかどうかの不安を抱えたまま一つ転がり込んできた案件について想定問答をする。実の部分に触れなくても文字は書けてしまう。実の部分があるけれどそれに触れずに書いているような体裁になる。でも実はこれは実がないわけである。
23月曜日
祝日。夜には、人間が週休3日をデフォルトにするような感覚の生き物で最適化されていたら、もっとずっと良い世界だったんじゃないかと夢想した。前回『暇と退屈の倫理学』を音読会していて、消費に埋没しない生活を送れるようになるには、現代はあまりに時間が足りないように感じた。昨今の加速度的な状況も気に入らないし、基礎学問にリソースを割けなくなっている社会も嫌だ。里山の管理にしても、金銭労働に結びつかないような時間を存分に過ごせるような状況がなくては無理だと思うし、科学技術の発展が環境負荷をなくす技術の発展と両輪の方がいい。とは思っても、こういう競争的な人類がこの地球に生き残ってきたわけなので、明日から週休三日になってもダメなのはわかっている。そういう穏やかな知的生命体が生きている星がどこかにあるのかもなって思った。地球上にもそういう人たちはいたし、今もいるけれど、加速度的に環境負荷や破壊行為によって力をつけていく方向の勢力によって、地球は滅びるのだろう。
この週休三日間で良かったのは、最終日にここまででやろうと思っていたことに目処がついて、コンプリートできた!って感覚になったのがとても久しぶりで、現在やってることと何の関係もない本を読めるぞ!って心持ちになったのが久しぶりだったから(つまり毎週週休3日だったらと思った)。でもうっかりそれを開く前に寝落ちしてしまった。なので読めてない。
22日曜日
Twitter上で見かけた投稿で、詳細を失念してしまったのだけど、いわゆる恩送りというか、誕生は頼んでもいないのに一方的に過剰に贈与を受けた状態で、これは親に返しきれない。ゆえに親殺しが必要であり、その贈与=負債は親に返済ではなくて別のところに贈与として与えるしかない、という内容だったと思う。誰かの本について精神科医か誰かが書いているような投稿だった。うろ覚えだけれど、私はそのように読んで深く頷いた。更生施設に出入りしている身として、例えば二十歳を祝う会などで少年たちから発せられる言葉はどうしても家族に対してが多い。勝手にこちらで想像している不遇な家庭というのはここでは思いの外少なくて、両親や祖父母への恋しさを言う子が多い。記憶に残っているのは、明確に親に対して否定し、線を引く宣言のようなことを言った子や、自分が憧れや目指すべきものと思えるような大人との出会いはここでも果たせなかったと言い切った子だったりする。親殺しや親離れ、家族と健全な距離を取れるようになることは意外に難しいし、むしろそれを阻害するような、親や家族に感謝することが人としての基本というような同調圧力は、良きこととして蔓延しているよなと思った。
21土曜日
夜、ドローイングが進んで、翌日日曜日だしと朝の5時半まで。夜更かしというより徹夜で、この時間までは何十年ぶりかも。若い頃はしたけれど、子が生まれてからはそれをやったら体力が続かず、生活が詰むので決して出来なかった。短い時間、細切れの時間でもできる制作にシフトしてきたのは、意識してではなかったけれどこの理由が結構大きいと思う。作業の時間が多くても、短い時間で中断しなくてはいけなくてもストレスがないもの。ここにきて、ある程度長い時間を持続させてゆっくり考えながら手を動かすような制作をするようになってきた。ドローイングも、システマチックに描くところからはじめて、もう少し印象や感覚の表象みたいなベタなことだけど、これまでやってなかった部位に働きかけるみたいなことをやってる。ちょっと毛色が違いすぎて見る人は?かもしれないけれど、obiにきてくれた絵描きの人たちがドローイングを好んでくれたことが励みになっている。
20金曜日
山口大学理学部の実験室での「混ざりあう実験」展のチラシが刷り上がって見本が届いた。自異企画を皆で相談しながらのチラシ制作のデザインを担当させてもらえてとても光栄。
堀川先生の研究室の学生さんに、クラウンエーテルが金属イオンを捕捉する様子のMDシミュレーションの動画を送っていただく。分子の動く様子が見れてとても楽しい。実物を自然状態で見ることができない中で、その実態はどんななのかを皆が様々な方法で工夫して知ろうとしているという研究現場の平熱の高さが感じられる動画だった。何より可愛い。
確定申告を早く終わらせたいのになぜか昨年より手こずっている。
19木曜日
3月末に山口に行くのに飛行機も宿もまだとってなくて、夫に促され慌てて予約サイトに行くも、前回よかったホテルがもうなくて、そのホテルグループのサイトから直接探したらかろうじて部屋があったし、しかも安かった。喫煙部屋だけれど。何かを予約するというのが心理的に負荷で嫌なのだ。行き当たりばったりに生きたい。
確定申告の作業を始める。私が使っている会計ソフトと連携があるから入ったガソリンスタンドのカードの連携が一昨年から切れていて、一昨年分はそれでも明細をデータで受け取ることができたから、手動でもデータを流し込むことができたのに、今年はなんとPDFのみ。ちょっとこれは困る。
送っていただいた言水ヘリオさんの『文集1』を読む。クオリティ高いのに肩の力が抜けてる、いや、「クオリティ高い」という評は拒まれているように思う。ちょっと嫉妬する。
18水曜日
山口大学の理学部教室で展示するファンダメンタルズプログラムの可視化ユニットのグループ展のチラシのデータ入稿作業を、山口大の堀川裕加先生と一緒にzoomで繋いで。科学者一人とアーティスト6人の展示でやりとりを重ねてきてできたものなので、とりあえずほっとした。そのまま堀川先生にはドローイングを見てもらう。分子の結合の仕組み、特に経緯的なもの(この分子がどうやってできるか、どのように合成するか、エーテル分子の媒介作用など)には因果の展開が直接的、隣接的で、この様子を光学的にはつまり自然状態で見ることは叶わない。なので、反応や性質で確認する、または記号的な模型をシミュレーションで動かすことでしか見ることができない。この時の表示は記号的、図形的なものとなる。自然状態の様子をイメージするか、感覚的な内容を何かしら持つかどうか、その様子は化学に門外漢のアーティストである私と化学者の間で齟齬があるかないかを超えて、科学者間でもイメージすることがあるかないか、そのイメージがどんなかは共有されているものではないということがやりとりの中で確認された。それは確かにそうだ。でもアーティストと科学者ということで線を引いて考えていたけれど、脳内イメージの共有という意味では、普遍的な共有のできなさなんだなということを堀川さんに気づかせてもらう対話となった。カリウムイオンがクラウンエーテルの酸素を引っ張るように緊張している図像となるか、媒介として受け渡しの機能を持つため、強い結合ではなく柔らかい表現でもいいかについても、その状態をどう評価するかによって、つまり見る局面によって変わってくると。見ることも性質を評価することも、何を見ようとしているのかの主体側の立場によって描像が変わるという基本的なところに戻ってくる。ただ、普通の自然状態の時はそれは程度問題で、統合的な像(自然状態で見えるものとその内容についての概念)が一様に決まると思い込んでいると思う。自然状態では見えないということが色々教えてくれる。
17火曜日
昨夜は東京で芝田日菜さんの映画の試写会があって、ご招待いただいていたのだけど都合がつかず、オンライン試聴を週末にして、せっかくのご縁だから感想をお送りしたら返信をくださった。映画は短編2本と中編1本。映像、特に映画を撮る人を私が尊敬するのはやはり、この領域が総合的で統合的なメディアであって、何に神経が入っているかが如実に現れるからだと思う。彼女がまだ学生でもあるということも私が昔を思い出したことの呼水にはなっているけれど、作品に映像や映画に対する畏怖や感動、研ぎ澄まされた神経が息づいている感じが、自分自身が学生時代にエンタメではなくて芸術と言える領域の映画に出会った時の驚きや、カメラを初めて手にした時の驚きが真摯に残っているから。憧れをそのままには作者になれない、何か乗り越える必要がある。そういう人は他にも知っている。いい仕事をしている。感想をわざわざ送ったのは、例えば詩人の阿部日奈子さんは私が送る『点点』や、献本した本、見てくださった個展にていて必ずメールをくださる。それは本当に嬉しいこと。(山本雄基さんもリアクションくれる、これ読んでたりして?)批評云々もあるけれど、作り手の機微をお互いに交換し合うような個人的なメッセージはこの仕事の幸せの部分であり、表ではあまり語られないそういう出来事で回っている局面もあるだろう。
16月曜日
撮影仕事があるのでアトリエを片付ける。
知人の訃報を教えてもらう。その教えてくれた人に、一昨年共通の知人(私には友人)が亡くなったことが伝わってなかったことになかなか気が付かなかった。彼女の狼狽する様子で、その訃報が強く蘇る。
撮影は無事に済んだ。
甘夏を長く湯につけ過ぎたせいで、熱による成分の破壊が進み過ぎて、剥きやすくなるはずだった外皮と房を超えて、その中のつぶつぶまでバラバラになってしまった。
15日曜日
ある研究者がどうやってその道に入ったのかの話をしている動画をたまたま見ていて、ああ、そうだよな、寝ても覚めてもそのことに明け暮れている状態というそれに比べて、私はあまりにあちこちに手を出しすぎているかも知れないと流石に思った。数ヶ月前から割と気持ちが悲鳴をあげていたりする。自分のリソースが追いついてないのは、日々過ぎていく時間に対してというより、私自身の気持ちに対してなのかも。少し仕事を整理したいと思う。
14土曜日
新潟市へ。砂丘館で吉川歩さんの個展。水の中で墨が移動していく様子の複雑さに驚く。丁度化学の勉強をしているところだから、勿論水中の顔料の移動は化学反応ではないけれど、小さな世界の複雑さには惹かれてしまう。
新潟市美術館の路傍小芸術展。これが予想以上に凄かった。子どもたちが版画集作るのに丁度新潟地震に見舞われたタイミングで、それを題材に各々がモノクロの版画をつくっている。版画だと絵のような直接的なものではないからか、痛みを再生産するようなPTSDの心配がない感じがする。版画って面白いなと思った。また、平和教育の合同制作みたいなのではなくて、ひとりひとりの制作は同じ題材での連帯感と、全く個別の視点や温度が担保されていてとても良かった。越後川口サービスエリアの手書きポスターは、ペイントマーカーが発売された当時の興奮を思い出させられた。あれは革命的だった。「車掌」の表紙しか見れないけれど、ただならぬ冊子とわかる。『点点』を真面目に作りすぎていることを反省する。松田ペットの荒々しい筆致には、ピーター・ドイグの描いた映画のポスターのこととか思い出してた。あれと並べてしまいたいくらいの破壊力に掻き混ぜられる鑑賞だった。藤井さん凄いなぁ。手書きのキャプション最高だった。
13金曜日
すっかり時間に追いつけてない。またいつもより遅れて日記を書いている。
写真について考えていて、付いているキャプションのことを考える、というかピックアップしようとしてみる。化学の弁図をつくる。化学の教育を受けてないので、ざっくりした地図がないとこれは不味いという段階になり、さらっている。同じように写真のキャプションの種類もさらう。化学の勉強を只しているだけで楽しい。相間移動触媒の仕組みを調べてたら、シンプルな因果の目眩く連なりで、今夜も寝言で「なるほど!」って叫びそう。
12木曜日
Art ASince1900の読書会はジャッドとロバート・モリスの回。水平垂直の還元され切った、用途を持った工業製品でさえもなく、外注できる「物」によって超越性を否定したり、それを見る時の空間・時間(これらの光の状態も含まれる)と鑑賞者の視界との関数としての作品という、作品の全ては表面だとしてその背後にある超越性(または本来の表現すべき内容)を否定することについて、マイケル・フリードがそれらをシアトリカルなものだと回収し、「現前性とは恩寵である」と超越性を回復させるようなことを言う。実際、文中別の箇所でも引かれている後期ウィトゲンシュタインの語の「用法」に依拠する意味が後で現前してくる状況(本来表現するべき内容があって、それを正しく言表する文法があるというより、口が喋ってて、内容を事後的に確認するような)においても、恩寵、崇高な無時間/永遠的な経験はあるだろうと思う(今日のテキストを私はきちんと読めてないかもしれないけれど)。それはホフマンスタールが「帰国者の手紙」の中で主人公に見せたゴッホの絵であり、宗教的な啓示経験の視覚性だと思う。ところで、ホフマンスタールが小説を手放し、戯曲の世界へ入った理由は何だったのだろう?
11水曜日
読書会では「言うべきことの疎密」(第6回)のところを音読する日だった。贖いきれないほどTwitterは今言うべきことが「密」になってて、私もついいつもより多くの時間を見てしまう。ところがここで「言うべきこと」の中でも温度の高い「密」なものに埋もれた「疎」の界隈がある。まだ何も解決してないのに、忘れられて置いてけぼりにされている話題や人々。ガザの境界線は少しづつ子供を殺すことによって、じわりじわりと侵蝕を受けている。その時別にもっと関心を引くことが起きていれば、そのことは「疎」になっていく。血肉が沸騰してほとんど蒸発してしまうような兵器がアメリカによって使われても、その熱はいわゆる世間では冷めている。私の熱も最初期より冷めている。あまりのことに無力感が大きく、現実の具体的な距離感覚を失わないようにすることを言い訳にして、できれば情報を見たくない。選挙の結果を見れば、国家全体の動きに何か資することをできるような人間ではないと感じる。粛々と国家の制度に従う限りにおいて、自分の考えを表し、それとは別に、住民として生き延びることを考える。この時常に自分を蚊帳の外に置く悪しき慣習について、意識的に反芻する、くらいのことしか今は思いつかない。すでに不可逆的なことかもしれないけれど、実際に身に降りかかった時に誠実にやり過ごして生き延びられるのかどうか。テントの中で子供達とドローンの音を通奏低音として歌を作って歌っていたパレスチナ人のように、その時にできるかどうか。そんなふうにわかりやすい非常事態ではない時に、もっと日常の中に不公平に混じる平穏ではない日々の当事者になったような時に(これは貧富の差を社会制度のせいと不公平を言うより強く、世界や神に対して不公平を呪うようなもの)、世間との乖離が起きた時に人はまず、経験のない人にはわからないくらい心を壊す。そういう段階が物理的な破壊の前に来るだろう。恐ろしく黙示録的なことを書いてしまった。すぐに戦争になるみたいな飛躍は行き過ぎだと思っていても、そのくらい想像を膨らませてしまうくらいには、悲観的な性分なのだ。
書いたものや読むものに「空間」があるかどうかはよくわかる。そのようにして書いたり読んだりしない人がいることも知っている。なので、私が空間的に何かを考えていること、空間配置の転覆の面白さや、図と地の空間バージョン、包含関係、輪郭の設定について意識して話していても、ああ、何を言っているのか、またはそれが面白いと感じるようなセンサーは全く共有されていないということがわかって、前提の風景をイメージさせる説明のところからはじめなくてはいけないのだろうけれど、面倒臭い。
10火曜日
モビール制作の授業。私もそこにある材料で試しにつくってみてる、楽しい。時間があっという間に過ぎる。状況はこどもの城のバイトの時みたい。こういう作業はいちいち経験値がものをいうからやはり、素材に触れて手で感覚を受け取っていくのは大事。そしてその結果を冷静に突き放して見れるかどうか、まさに物理現象として見れるか。美的判断はその後(これを本当はどうしたかったのか、なぜそうしたかったのか)に来る。
朝右上腕から広範囲が痛くて、通勤時にハンドルを握っているのも怠いし、ハンドルを切ると痛い。夕方整骨へ。五十肩は痛みが移動したり広がったりして痛みがピークに達してからじゃないと良くならないと。今日の施術師さんもとても上手で、マッサージが終わった時には痛かった腕の位置も平気になり、腕全体が軽くなった。よくなれば投球もできるようになるとのこと。
9月曜日
日記を書き忘れてた。今日は実は11日。思い出して書く。
本当は長岡造形大の卒展に行こうと思っていたのだけど、ドローイングを描いていたくてパスした。ドローイングに苦手意識というか、工作的な作業のようにはシステマチックにいかない感じがしてる、私には。描きたいタイミングに描きたい。それができる環境が有り難い。それが今までできなかったからここを彫るのが短期的にも長期的にも個人的に楽しい。
8日曜日
衆議院選の投票に行く。天気予報で言われていたような降雪はなく、ほっとしたけれど、東京では積もった様子で、母は投票に行くのを諦めた。
今は音読会(哲学初学者の会)で福尾匠さんの『置き配的』を読んでいる。連載時も読んでいたので私は別の本でもいいかなと思っていたのだけど、熱烈なリクエストがあり、連載時に参加してなかった人もいるから読むことになっていた。今日は青森ACACで大和田俊さんの制作を手伝った時の話のところ。書き直しがあるのは知ってたし、それでテクストはさらに磨かれているし、ここまで読んできて連載を一度読んでいるからもあるしで、そのキレッキレでクリアな感じに毎回皆唸らされていたけれど、ここにきてやはり、連載時の怠さや疲労感のようなものが懐かしくなった。ここでは彼が石を砕くような仕事には不慣れだという感じとか、それに比して大和田さんが黙々と作業をする感じとか、そういう割り切れないものの文字の粉塵のようなものが愛しかったなと。でもそれでは勝てないのだろう。
選挙の結果は見たくないくらい真っ赤(自民圧勝)で、未明に見た『たむともストリート対話』で田村さんがこれから自衛隊に入る高校生や、高市さんがいいな、なぜ共産党という名前なのか問われたりして、ときにオロオロしながら頑張って答えている様子を温かい気持ちで見てた。国政というのはそういうレベルでは焼け石に水なのはわかるけど、不自然な表情を奇妙だと感じることなく、「笑顔で明るい」という記号をただ受け取るだけの反射的な反応に、人間味自体が荒くなっている感じがしてしまう私の方が、実は雑で負けなのだということが、あの動画に写っている手探りのやり取り一つ一つにある気もする。それをもう一回拾い集めて太い束にして新しい言葉をつくらないとなのだろう。
と綺麗事を書いてみたけれど、壺議員や裏金議員が許されるわけだから病巣は致命的にも思える。昔はそんなの無理だったでしょ。よく独裁国家でなぜそんな金に汚いことが罷り通るのかって横目で見ていたものが、自国がそうなってしまった。ずるい事してでも勝つ強さこそ褒められるものといった価値観っていつ頃からか?
7土曜日
午前中、ずっとやりたかったダイニングの模様替え。普段使わない食器を断捨離したりしまい込んだりしたかったけど、そもそもそんなに沢山なかった。テーブルを90度ターン。
午後はドローイング。調子は紙一重で、テクニカルにできる感じがしない。けれど、具体的に働きかけないと、感覚のフックが生えてこない。その紙の上ではないところで手を動かす。深夜まで描いてしまった。早朝か深夜、世間が寝静まってる時間がいい。
6金曜日
先日ついスレッズの憲法改悪に関わる知らない人の投稿のコメントに返信してしまい、数回応答をした。その人は?と思ったことは検索しに行って詳細を調べ、しかもある程度の長いテクストで返してくる。けれど結局のところ、高市氏が素晴らしいと思うからもう少しやってみてほしいと。そこはもうぼんやりしていて、でも自分で調べて自分で判断したというその人の自認は、ポピュリズムのそれとはもう少し違っていたから私は逆になんとも言えない気持ちになって、それ以上のやり取りはやめた。翻って私は何をもとに自分の判断を裏付けてきたのだろう? だいぶ前、原発事故の放射能汚染の問題について、どの情報を信じていいのかわからないと言ったら、ある学芸員の人が「誰が何を言ったかではないですか?」と言った。その時は言った内容は発話者に、つまり発話者が正しい人かそうでないかに依るということでいいのだろうか? 権威主義的すぎないか?と思った。しかも放射能汚染について話す専門家も意見も割れていて、私にはどの専門家が正しい専門家なのか判断できる資源を持っていなかったから(それは程度問題というか、スケールをきちんと理解すればある程度判断がつくのだということを理解したのはずっと後だった)。それからだいぶ経って、「誰が何を言ったか」は私の中でだいぶ落ち着いてきた。Twitterに依っているところは大きい。物理学者、生物学者、科学と社会の学際的な研究者、数学者、文学者、哲学者、社会学者、ジェンダー研究、芸術関連一般、政治学者、憲法学者、法律家などの人たちが、何を言い、何を言わないか、誰がどのようにはみ出して誤解し、誰が何について無知かなども含めて、私の中でゆるい地図がある。例えば美術関係者全般に偏りの傾向がある(それを悪いとは思っていない)。そのほかには時間は味方をしてくれている。いくら世界の流れが早いとはいえ、過去に見聞きしたものや残っている印象が何かしらの物差しにはなる。そういうものは一朝一夕には積み上がらない。逆に、それらへのアクセスが全くなかった場合、別にSNSをやってるかどうかではなくて、自分の考えや価値観を流動的に、そしてある程度保持するためには、指針になるような人の考えを聞く必要、参照項を複数持つことは必要だろう。それがなくてインフルエンサーの話だけ聞いている人の不安は想像し難いほど恐ろしい。教養賛美みたいな話に収束しそうだけれど、こう考えるのは傲慢だろうか?
高市氏は無能な政治家だと思う。失言が多すぎるし、その失言の意味すらわかっていない。乱暴なことを言って一部の国民の反感を買ったというような、よくある政治家の失言ではない。政権担当能力が無い。
5木曜日
自民単独過半数の情勢というこの選挙に絶望してる。あれのどこを見て良いとしているのか?
少年院のクラブ活動の時間は今は週一1時間。これが春から隔週になるとのこと。再犯の更なる防止のための特別なカリキュラムを増やす予定で、削れるところはここしかなかったと。取り組みをもっと前向きにしていくわけだから良いことだろうけれど、私にとっては本当に残念すぎる決定で、結構、相当、落ち込んでいる。時間だけが味方みたいな内容あるでしょ。今日もいい顔が見れて、この機会が半分になるのは、彼らのため云々以上に私自身にとって辛い事に、つまり私にとってかなり大切な活動になっていたんだなと驚く。本当はもっと一人一人と時間をかけたいくらいなのだよな。
4水曜日
調べ物をしていたらとても時間を食ってしまった。私はどんどん興味が外側へとずれていってしまうから、どんどん知りたいことが増えてしまって本題からずれてしまう遠回り気質。まあそれを心から楽しんでいるのだけれど、物事は予定の倍くらい時間がかかってしまうから、このご時世つい焦ってしまう。
調べていて分かった面白いこと。スミレの匂いの1成分α-iononはカロテノイドという巨大な色素分子が、酵素によって切断されて生じる「断片」だという。植物が葉や花弁の中で生成しているカロテノイドは黄、橙、赤色などを示す天然色素の一群で、光合成の補助や光ストレスからの防御の役割も持っている。その長い連なりの特定のC=C箇所を、酵素が酸素Oを使って切断する。つまり「切断された名残」がスミレの匂いとして香っている。自然界では切断としてこれがつくられ、人工的に合成するときは繋げてつくられているらしい。色の成分が酸素に切断されて匂いになるってちょっとロマンチックだなと。
3火曜日
カルダーのモビールを見本に針金とボタンで小さいものをつくってみた。単純に重さのバランスをとるという行為は、針金の左右の長さと、その先につけるものの大きさ(重さ)を比率として可視化するわけで、それ自体が構成的要素(比率)になる。それを視覚的感覚ではなくて、重さと支点からの距離という物理法則(具体的には指先に載せてみての重さの感触)に委ねるわけだ。それが制作行為の中で普段しないことだからちょっと面白い。授業の試作として、授業中につくった。素材を色々並べて自由に作るの、こどもの城とか、子供の造形教室(ミツマタ工作団)やってた頃とか、子供のワークショップやる時みたいな感じで授業っぽくなくて良い。
2月曜日
二週間ぶりに整骨院へ。一度の施術で肩がとても良くなったけれど、ここ数日またよく痛みが走っていた。電気をかけてからのマッサージ。ベッドに横になって、電気をかけてもらう間うつらうつらし、マッサージも丁寧にしてもらうという、私をケアしてもらう経験が本当にないから、めちゃめちゃ至福の時間であり、今までなんで整骨院に通うということが選択肢に入ってなかったのかと悔やまれるほどである。
昼に再放送で河合隼雄の京都大学の最終講義をやっていた。「コンステレーションについて」と題する話で布置について。忘れていたけれど、私がヒュームに強く反応したのは、ユングの下地があったからだったんだなと今更ながら気がついた。理論の本筋と思い込んでいる習慣的な道筋を外してずらしたところに大事な道がある感じ、河合隼雄が教えてくれた臨床の現場の人間が見出す空間を私は愛してたんだなぁって思った。
1日曜日
町内会の会報を配布するのに、運転手役。雪が多すぎて道幅が狭く、信号のない交差点はとにかく怖い。この雪は本当に大変だ。
夜の日曜美術館、アンチアクション展の回。やっぱ白髪富士子最高なのでは。
息子はICCの三上晴子と、都現美のソル・ルウィットが面白かったそう。やっぱ美術館行ったほうがいいね、とのこと。それから、ジャパンパーカッションセンターにも行き、念願のダブルシェーカーをgetして帰ってきた。息子が自ら望んで展覧会を見に行くようになる日が来ることをあまり想像したことがなかった。