2025年11月
30日曜日
今日の在廊では、書店で私の本が目について手にし、面白くて何度も読んでくれたという美大受験生が来てくれた。未知の読者に会うことは滅多にないのでとても嬉しく、同じく美術の道を歩いてるし、自分の子と同世代の読者だから、私の方が舞い上がってしまった。私が不在のうちにじっくり見てくださったらしい。その後にも、初めましてで本を読んで来てくださった版画の学生さんが。勿論作品見てくれることがありがたいわけだけど、本読んでくれた人に会うのは、著書を出したのが初めてなこともあり、特別な心持ちになった。
妹にも来てもらって、帰りに姉妹呑み。赤星、芋焼酎。枝豆、味噌ピーマン、ポテサラ、蓮根の磯辺揚げ、串焼き色々。予期不安についての話と、他界した父と、一人暮らしの母のことなど。
29土曜日
今日も小田急線で藤沢に向かう。車両の窓に「小田急の子育て応援車」というステッカーが貼られていて、この車両は小さなお子さまを暖かく見守ってくださるようにとの但し書きが書いてある。ベビーカー畳む畳まない論争など世知辛い昨今だから、いい取り組みだなと思いつつ、あることを思い出した。小学校5か6年生のとき、学級委員をしてて学年委員会で校庭の鉄棒などの遊具の使い方が議題になったことがある。高学年が低学年に譲らないというような問題提起だった。私は思いついてシルバーシートに倣って、低学年優先ゾーンをつくればいいと提案し、議決された(その後運用された記憶はないけど)。その報告を受けた担任が、そういうルールが増えることを良くないと言い、そもそもシルバーシートが良いものなのかと苦言を言われて、ハッとした。子どもだったし、大人の真似をしただけで、それは手放しで良いものだと思っていたのだ。この先生の言葉は今も響いてる。子育て応援車両が必要な現状は、本当は喜べない。パリ行った時、電車の乗り降りでベビーカーを近くの男の人が持ち上げてくれることも、やってもらった母親も、貸し借りや贈与と負債のやり取りが全くなかった。ニコリともしないくらいに。私達は相手を思いやるなど、いちいち重い。重いから面倒に感じてその状況の発生自体を嫌悪する。そんな風に思った。
28金曜日
東京の母の家を朝早く出て藤沢へ向かう。平日だからラッシュ時の感じ。
ステイトメントパネルの貼り替えを小尾さんに頼み、私は壊れた什器を直す。なんとかギリギリ10時からの開廊に間に合ったけど、昼過ぎまでお客さん来なくて、和室でゴロゴロしていた。
展示の科学的な知識部分の説明は難しい。展示を楽しみにして来てくださった方々が現れて嬉しい。本やユリイカを読んでくれている人がいることがわかって嬉しい。以前から気にかけてくださっていた方が、作品をお求めくださって嬉しい。憧れてたアートワークに使って貰えそうなお仕事の話もあって嬉しい。ああよかった。
27木曜日
今日は毎週の少年院の美術クラブの日だから、上京のバスは夕方発を予約してあり、クラブは臨時でお休みになったから、ちょっと時間を持て余し、オドオドしていて、ステイトメントテクストの間違いを見つけて、慌てて修正パネルを作ったりしていた。着ていく服が決まらなかったり。
26水曜日
長岡造形大学の絵画と版画の3年生の授業の講評会へ。展示したい場所を探して、基本複数人で展示をつくるという授業。主に二人組で、他の科の人に声をかけて展示を作った人と、一人で展示した人もいた。それぞれ様々なスタンスがあり、色々な考えや思いで展示自体も制作と捉えて取り組まれていて、作品を前に話を聞くのがとても面白かったし、とても良かった。私の他に外部からの講評者は京都の画家の土取郁香さんと、県立近代美術館の学芸員の今井有さん。ご一緒できてとても良い時間でした。
作品云々とは別に書きたいことが生じて。野外展示をした人のうち、飼ってたうさぎについてを主題にしていた学生さんがいて、彼女が、ペット飼ってる人はわかると思うけれど、うさぎがうさぎじゃなくなると、なんだかわからないものになるという。あ、確かにペットが動物じゃない感じになるまではよく聞くのだけれど、それは人間味を帯びてくるという話ではなくて、きちんと「人間でもうさぎでもない別のもの」と指摘していたことが面白かった。私の妹は猫を飼っていて猫の絵やエッセイなどを描いているイラストレーターで、この前家に遊びに行った時、猫と話す話の中で、私も挨拶や日常の生活の中でのやり取りができるようになることは確かにそうだろうと思っていたし、それが言語未満だけど言語的な役割としてのコミュニケーションが働く程度に思っていた。ところが彼女が言うには、家を空ける時、例えば猫に二泊三日で出かけてくると伝えたけれど、予定が変更になって一泊で帰ってきた時に、猫が玄関先でとても驚く、どうして今帰って来たんだ?と事情について責めるくらいの勢いで驚くのだそう。え、日数が数えられるのか?というか、イレギュラーな内容も理解しているのかとちょっとびっくりした。この話とはまた別に、外国人にはじめましてと接した場合、彫りの深さなど顔の濃さが自分とは違うということに、身体的に近づくと余計に驚くわけだけれども、その後接していくうちに、彼が日本語で話そうが話さなかろうが、だんだん日本人と変わらなく見えてくる。最初に感じた人種の違いが透明になっていくのが不思議に感じられる。それと、うさぎがうさぎではなくて人間でもなくなる感じは近いなと思ったのでした。認知の感覚変化の現象について面白いなと。
25火曜日
印刷仕事の初稿案出力と、出品リスト、価格リスト、キャプション。悲しいことに例の什器が破損したのでその修復計画の実験。高校の二学期の成績付けで苦手なエクセルの計算式を息子に手伝ってもらいつつ。
選んだ腕時計をさらに家族に相談し、時期が全く外れた誕生日祝いとして買ってもらったものが届いた。文字盤が渋い赤のメタリックで、ハリと目盛にはオレンジの差し色が入っている。ベルトは温かみのある濃いグレー。気に入った。
昨日だったか、家族で話をしていて夫が、コミュニケーションは、近くでさらに古い遅いメディアで行うことが一番内容的に濃くなるというようなことを言っていて、それとても重要だなとじわじわ来てる。これだけコスパが騒がれて辟易してきて、遅いことはそれだけで充実しかねない、笑。その遅さの隙は伸ばされた時間にすらなる、とそれをまた早いメディア視点で分解してはだめなのだけれど、分けられない繋がった柔らかい塊は、軽くなくて水飴のような(重さと質と抵抗がある)のだと私はイメージする。
24月曜日
文学フリマが規模が大きくなり過ぎて、私がZINEおかけんで参加した時(2023年文学フリマ東京36)からさらに状況が変わっているというような投稿を見かけた。人が素材や道具にあまりに慣れていない様子を見かけると(例えば紙の扱い、折る、切る、曲げる程度のこと)、何かをつくる人、または自分も実は作っていることに自覚的な人が少ないのかなと思っていたのとは裏腹に、つくる人が多くなり過ぎたというような言説もうなづける。でも多分私が思う基本的なところは、この紙を折るならどうするか、はみ出さないようにこの画材で色を塗るならどうするか、みたいな、素材と道具(と機会)を身体化する経験みたいなことをこそ指しているのかも。というか、これはとても基本的動作なので、ここでその素材や道具や機会(ここで機会は呼吸のような身体感覚のことかもしれない)に感覚器官を働かせるかどうか、その領野を探索するかどうかのことなような気がする。そうしないと質についての眼は育たない。それなしでも何かを作ってしまうは容易になった。ほとんどそれらを介さずに機械か外注で形になってしまう。ただそれは物体になっていたとしても、情報でしかない気がして、その情報の内容すら、作者自身は理解していないということを自分で測りようがない状態だということさえ気づけない感じがする。制作賛美まではいかない。人間が身体を持っている以上、紙に触れることは日常として残っているだろう。色々な紙、その抵抗。
23日曜日
作品の採寸、撮影、投稿、作品箱の用意(加工)、納品書作成、梱包。
いよいよADHD味が増してる感じがして、以前から腕時計が欲しかったことを思い出す。これはADHDではないかと自分で思ってるだけだけれど、時間感覚がバグってるし、気が散るし、過集中だしが重なってて、このタイミングで何としても急いで腕時計を買ったほうがいいと思ったら、他のことそっちのけで腕時計をググってしまう。構造が渦中に自分が居ることで、時間も欲望もやってることも入れ子になってる気がする。金沢の作品が今日発送しなくても明日発送すれば締め切りに間に合う安堵感が働いていたりもする。休日らしくていいではないか。でも結局夜に、個展の方の作品リストと解説を書き始め、夜ふかししてしまった。
22土曜日
木彫、折れてしまった箇所を接着し、削って整えて、新うるしの塗膜で保護する。
画像を探していて、子の描いた迷路の絵を見つけるなど。自分が二十歳の頃の写真、若くてイキイキしているのを見て、自分との連続性と断絶を不思議に思うなど。一緒に写っている夫や家族も今と同じ人間と呼べるかどうかなんて思いはじめる。そこに疑いを挟めば、もちろん違う人間だろうと納得することもできる。でもその場合、そのくくりは「人間」でいいのだろうか?例えばあの迷路の絵を息子は今は描けないだろう。ドローイングをしていて思う、私には少し前に描いたドローイングを同じようには描けないと思う。これは本当は描けないとプロではないのだろうか?どうなのだろう?そんなことを考えた。全ては流れの中にあって流れ去る。でもその流れは太く広くて、一直線には結びついていない。そのイメージはある。
21金曜日
木彫をする。
まだ個展のテクストについて、と言うか、この展示をどう物語るかについて悩んでいて、というのも、最初に想定していたよりももう少し遠くへ行ったとも言えるし、回帰したとも言えるというか、循環が起きていて、これがなんだったのか?についてどう書いてもしっくりこない感じがしてる上に、前提情報が多くて見る人を混乱させないためには沈黙も必要だと思うから。ちょっと自分の中で生っぽ過ぎる状況なのだと思う。時間が経たないと記憶が安定しない。つまり記憶は常に捏造なんだろうなと思ったりする。例えば正確に時系列で書いてみようと思う。最初に考えていたこと、次に何をしたか、何を考えたか、それによって次に何をしたか。そこには偶然的にもたらされた知識(人が話した内容)から、たまたま読んだ本、詳しく知りたくて調べた内容、ChatGPTに聞いた内容などが挟まって作用している。昔の制作を思い出して引っ張り出してきたり。後になってみると、なぜこれが今まで描けなかったかさえわからない。ああ、そういえば好きだったあの人の描いていたものに似ているところがある、など。
今回はドローイングが肝です。私は画家ではありません。でも「描く」ということが考えたり、触れたり、「見たいと思うこと」と直結していると改めて実感した機会となりました。
20木曜日
身体と自分の乖離状態と言うと言い過ぎな感じがするけれど、物理的な意味でそこに齟齬がある経験は探せば誰にでもあるはずで、例えば思いがけず転ぶ時に、段差が見えていなかったと言うような知覚の過失とは別に、気持ちの方が焦っていて体がついてこなかったようなよろめきや転倒は誰しもあるだろう。ボールをうまく投げられないというのとはちょっと違う。ボールは心身とボールという物体がうまく一体となったような、道具を身体化する状態に近い。ピアノを上手く弾けない時も、指が思ったように動いてくれないというのも、自身の技術が下手だという結論の方に寄っているため、身体と自分の乖離とはちょっと違うものだろう。以前弾けた曲が思うように弾けなくなったとしても、機械に油を差すのを怠ったせいだというような状態なのに、自分と機械は本来は一体として働くものであって、これはイレギュラーな状況だというバイアスが働くため、乖離しているとは思わない。その乖離または分別のところをよく見れば隙間があって、伸ばせば空間(距離)があり、その部分をよく観察することができるけれど、そのことに興味を持つことは微視的な世界を覗くことにも思えて、何か強い動機がないと、重箱の隅をつつくようなことのようで見向きもされない。このことを普通は知らないからだろうと考えるのは少し傲慢で、薄々皆が知っているからこそ目新しさがなくて素通りされる。ただこの沼は渦中にいるものにとってはとても面白く、では人をその沼に連れ込むという労が必要なのかと思うとそれも厄介だし、やはり傲慢な感じがする。ただそれをよく味わうところから。おかざきさんの脳梗塞よりも先に、夫が脳梗塞で視野に異変をきたした時期に共に過ごしていたことによって、この内容は強い起点なわけだけれども、それがどのくらい特別で普通の感覚なのかについてバグっているところがある。
美術クラブの準備はたいしてして行かないのは確かだけれど、先生思いついたこと適当に言ってるだけだと思ったと言われたのちょっと根に持っている、笑。美術の専門教育を受けさせるべきだと思わない中で、でも専門性は担保しつつ、相当様々な特性のある人たちに単一のことをさせてみて様子を観察しつつ、それぞれに合った課題や、本人の意向に答えたいと思うのだけど、最近は人数が増えたことと、そのせいで机が狭いのが障壁になっている。机を増やしてもらうには少し狭い教室。
19水曜日
朝、期待したほどの積雪はない。雨に変わっていた。焼きそば弁当、朝風呂、タオルケットの洗濯。ガスファンヒーターをつける。木屑がついても簡単に払いのけられる化繊のジャケットを羽織って木彫。頭がこんがらかって、途中から進まない。
ピルでお世話になった北村邦夫先生のインタビュー記事を見つける。変わりない写真に驚く。10代の頃、月経の不順(排卵がうまくいかず)で受診してからそのまま、結婚して暫くまで避妊用にピルを処方して貰っていた。ピル解禁に向けての活動をずっとされていて、厚労省のヒヤリングにもモニター的な立場で参加したこともあった。当時はフェミニズムみたいな考え方はまだ浸透してなかったと思う。ウーマンリブ的なところまで。ボーボワールの『第二の性』は確か上巻だけだったかを読んで最悪の気分だった。エイズの話題が世間を席巻していたから、ピル解禁が先送りされた感はあった。ずっと女は馬鹿扱いで、自分の体のことの自己決定権が弱いままだった。それは今トランスジェンダーに対して恨みのようなものが捩れて投影されてる。それから、当時はまだ若くて、それに容易に繋がる手段がなくて、声をあげようなんて思いもよらなかった。その権利は自分たちでつかむものだと言う意識が出て来たのは、自分が大人になったことと、時代の変化と両方かもしれない。
18火曜日
私には関係ない、私にはどうせ出来ない、と思い込むことがどれだけの可能性に対して自ら閉じることになるのかは、どのレベルでもあることだけど、それが基礎的なことについてならとても致命的である。
高校からの帰り道、みぞれ混じりの雨。夜9:30頃、家人から電話が入り、職場まで迎えに行くのに玄関を出ると、車検に出してる代わりの代車FITが雪を被っていた。辺りも積雪。慣れない車だし、今季初積雪だしで、ゆっくり走る。ああ大好きな雪の季節がはじまるんだな。
17月曜日
久しぶりの日常感。洗濯機を2回回して、掃除をする。デザイン仕事の印刷入稿をして、金沢のアートフェアに出す方の木彫3点のうちの3点目の制作をはじめる。月曜版画部へ。今日の参加者は一人で静かに夜の制作時間を共にした。冷たい雨がすっかり冬の気配。
16日曜日
朝から、太陽を落下させ、地球とスミレの匂いをぶら下げて、壁に額を設置したり、ドローイングを貼ったり、設営作業を進めた。作品が多すぎて、少し減らす。説明をどのくらいどのように挟むのがいいのか迷う。落ち着いたつもりだけれど。たくさんの人が見にきてくれたらいいな。
15土曜日
持参分の荷物を車に乗せて、家人と二人で藤沢のobi galleryに向かう。《ある返礼》を乗せるのに、助手席とその後ろの席を倒して棺桶のような細長い段ボールを乗せ、まずは夫が運転席、私はその後ろに乗って出発。途中で運転を交代しながら、10:30頃出て15時過ぎに着いた。カーナビは古くてルートが悪く、もっと時間がかかると言っていたけど、スマホのappleのmapで最適なルートを選択できたのが良かった。今日は荷物を下ろすところまでのつもりだったけど、開封し、《ある返礼》を展示するための什器を作って、設置するところまでできた。とてもとてもほっとした。最悪出品を諦めることも想定していたので(なのでプレスリリースには載せてない)、うまくいって本当によかった。
藤沢駅近所のホテルにチェックインして、歩いて夕食を食べる店を探していたら、以前播磨みどりさんに連れて行ってもらった台湾料理屋さんを見つけて、ここで美味しいゆずの香りのビールと台湾料理を堪能し、夜は久しぶりにぐっすり眠った。
14金曜日
見た夢の話。入り組んだ街並みで階段が多く、石畳で通路ができていて、ふと不安を感じて足元の隙間、幅30cmくらいから下を覗くと、ずっと下に水路があって、これもとても細いものだけれど水が勢いよく流れている。道路の側溝程度のもので、下水ではなく綺麗な水。その隙間からは体が全部落下するほどの大きな隙間ではない。けれども私は高所から足を踏み外しそうな不安を感じている。屋上に立って下を覗き込むと、ふっと落下したいような感覚によばれる時の不安。ただそれだけの夢。個展の設営を前に、不安を感じているからだということは、眠っている中でもわかった。映像としてはとても美しく、古びた石畳またはコンクリートに透明な流れ、ところどころ苔むした美しい緑が見える。ああ、夢を書くのに詳細を思い出しながらになるから、意識の今と混じって再生される感じがする。
13木曜日
展示に寄せるテクストはもう書けているのだけど、試しにChatGPTに読ませてみる。あちらはそれぞれの目的に応じて調整する提案をしてくる。(A)内容は変えずに、読みやすくするための最小限の編集(B)展示ハンドアウトとして適度に簡略化するバージョン(C)科学部分をカットせず、論旨順を整理した「論文的」バージョン(D)よりアーティストステートメント寄りの再構成案。それぞれをやってみてもらうと、内容は変わらないけれどだんだん無味乾燥なものに思えてきて、言い淀みのある元のテクストの方がいいと思える。特に腹が立つのは(D)。よく悪くいう意味でのポエムっぽいというか、ナルシスティックな語調になっていて、一般的なアーティスト像ってこういう感じなのかと腹がたつ。
12水曜日
個展は28日からなのだけれど、作品運搬等の事情から15,16が搬入設営で、事前に発送する分は明日送るので作品の梱包作業をする。とにかく細々と物品数が多いので、忘れ物がないかチェックリストと照らし合わせながら。脳内の自力のメモリーは本当にここ数年ポンコツで役に立たない。それでも恐れていた必要のないくらい事はスムースに運んで、けれどももう少しだけ木材を加工したりしなくてはいけない設営用の部材作りの作業には腰が重くて手をつけられない。疲れている。昔はガテン系でも行けそうなくらいだったのに、今は本当に小さな仕事を机上でするくらいの体力しか続かないというか、腰が重いというか。舞台に立つわけでもないし、もはや何度も経験しているはずなのに、展示の前は落ち着かずに緊張状態が続く。肩の力はある意味抜けているはずなのだけれど、体力と気力の衰えが文字通り中年の危機で、もっとさらにいい意味で諦める必要があるのだと思う。
11火曜日
久しぶりに授業でPCをモニターに映すのにうまく接続できず焦った。手にしていたリモコンが違う機種のものだった。機械音痴が酷すぎる。参考作品を見せながら丁寧に説明したら聞いてもらえた。わかるように伝えるためには見本や事例がないと難しい。
10月曜日
ドローイングの仕上げにもう少し時間をかけた。家族が体調を崩し気味で心配。今週も乗り切らないといけないのに、風邪がうつると困るなと思いながら注意して過ごす。
9日曜日
個展前ギリギリの制作のタイミングで、シリーズでもう一枚ドローイングを考えていたものを棚上げにし、予定していなかった方のドローイングを描いてみることにした。この様相を見てみたい、見てみたいということはそのまま描いてみたいだという状況にぴったり重なったタイミングなのである。α-iononeの電子雲の状況、しかも酸素や二重結合の箇所で波が重なって電子確率が濃くなっている様子も。この様相はずっとみたかったけれど、なかなか理解できずにわからなかった部分のイメージが像を結べる気がした。正しく問える気がした。情報のパッチワーク的重ね合わせで、これが科学的に本当に正しいかは実は怪しい(大きくは間違っていないのは確かで、どこまで、たとえば分子の座標的な位置をどこまで厳密にしなくてはいけないかとか、雲はやはり擬似的なものだしなどの程度が素人ゆえにわからない)けれども、理解したことをつなぎ合わせて描いてみることでしか理解できない感覚がある感じがする。見るだけだと計算の結果としてその像を出すことも色々なソフトを使い、インプットデータを制作し、統合的なアプリケーションに投げ、必要ならその機能をカスタマイズして出せるけれど、それを見ても見えたことにならない感じがしたのだ、やってみていて。触るように見るとはまさに、描いてみることなのだと思った。では描けたかというと、ちょっと心許ない。描画の過程を記録しておけば良かった。
8土曜日
3〜5年前(よく覚えていない)、喉の奥に違和感があってかかりつけの耳鼻咽喉科を受診し、内視鏡で喉の奥を診てもらったら異常なしと。それで処方されたのが「半夏厚朴湯」という漢方で、その医院で漢方を処方されたのは初めてだったから気になって調べてみたら、心理的なストレスで喉に異物感を感じるという症状があり、中年女性に多いと。あ、なるほど確かに苦手な(嫌いなわけではない)相手を前にしたり、不安を感じた途端に意識が喉へ向いて、むせかえって咳が止まらなくなるという事が続いていたなと思ったのだった。それなりに生きていれば心理的なストレスを感じることは何度かあり、でもそれはそのまま心の症状として現れたことしかなかったので、気のせい以上に明確に身体に反応が出ることを経験して少し驚いたのだった。この薬は私にはよく効いて、しかも本当に喉の奥にポリープなりなんなりがあると思っていたので、何もなかったことで安心できて対処は簡単だったし、この薬は容易に手に入るのでお守り代わりに良い。
私の興味の方向にぴったり合っている(チャンドス卿やウィトゲンシュタイン)古田徹也さんの『言葉なんていらない?』(2024 創元社 あいだで考えるシリーズ)。読んだら良いに決まっているのに積読になっていたのを読み始めた。コミュニケーション不全に陥ると、感情や境界の問題に巻き込まれないようにリテラルに割り切って発話しようとする私の傾向は、理解されにくいのかもと読みながら思うなど。書かれていることは既に知っていると思っていた内容だけれど、そういう淡い懐疑の眼鏡をかけて読むと、同じ意味が違うはたらきをもって私に届く。
7金曜日
心理的にあまりに類型的な内容については、不思議に思えるくらい。その典型的なものを目の当たりにすると、人間が機械に見える。動物機械論と同じか、ある種の防衛反応なのだとは思う。
Adobeのサブスクが高すぎて、Affinityが無料化されたので乗り換える人が続出していると。なぜ無料なのだろうと思ったら、AffinityをCanvaが買収して、その後有料のサブスク化の予定もないという。Canvaは生成AI画像が専門の企業だとすると、Adobeからグラフィックツール利用者を奪って市場をつくり、いずれそれらの作業を発話だけで叶えるくらいの未来を目指していたりするのかなと思ったり。広告業界の水が低きに流れ切った今、目はどんどん衰えるので、デザイナー職は思ったより早く失われていくのだろうか? その前にAdobeツールは使われなくなる時代が来るのだろう。写植時代からの移行期を見てきた世代で、最初はイラレを使うのが嫌だったけれど、それから今までずっと使い続けていたツール。なので、殿様商売で異様に高額を巻き上げられているし、バージョンアップも不要に感じているけれどそれでも、足元が危うくなる次の時代への変換期が思ったより早そうでこわい。絵の具で紙に色を塗る経験の必要がまだあったのに(若い世代には、絵の具の方がイレギュラーゆえにバーチャルで、画面で色を塗ること、そして輪郭からはみ出ることなく塗れることの方がデフォルト)、それは本当に不要になるかもしれない。
PP貼りの色校が上がってきて、画像は鮮やかになったけれど艶が強すぎるとのことで、元のマットニスに戻す方向に。上手くハマらずに残念。
6木曜日
ファラデーについての子供向けの本を読んでいる。エネルギー保存則がまだはっきりと発見されるより以前に、彼はこう書いていたそう。
私は長いあいだ、こんな「意見」というか、「確信」を心に懐いてきました。それは、私だけの意見=確信であるというだけでなくて、「自然の知識を愛する多くの人びとに共通なもの」だと思うのですが………、「〈物質の諸力が現れる形態〉は、一つの共通の起源をもっているに違いない」というのです。言葉を変えていうと、「〈物質の諸力が現れる形態〉は、じかに関係しあっていて相互に依存しあっていて、そのため、その力の形態は相互に変換できて、それらの作用の大きさには〈当量関係〉があるのではないか」というのです。
この感じ、なんかユング心理学関連で心の構造をイメージした記述にほぼ似たものがあったように思った。心には形態が元々ないから、それらに構造や形を見ることに一所懸命になって、元の複雑さを手放す方向、類型化に進んで、それらを重ねて事象を見ることにだんだん辟易してきてしまったけれど、科学者の方は、世界をどれだけ還元してモデル化しても、現実の複雑さについてが出発点として遠のくことはなく、常に隣接しているような扱いだなと最近思ったことを、これを読んでいて思い出した。ファラデーは小学校しか出てなくて、厳密な数学が扱えなかったために、実験とイメージによって多くのことを発見することができた科学者。
図書館に本を返して、また子供の本のコーナーから科学関連の本を借りてきた。
5水曜日
今週は疲れからか不調気味だけど、外に出たほうがいいと思い、というか月曜版画部の部員さんが出品(版画部門はない)しているので長岡市展へ歩いて行った。市展全体は作品が予想より多く、どこにこんなに絵を描く人たちがいるのか?と不思議な心持ちになるくらい。それにしても、これまでに見た県展などでもそうだけれど、書の方がずっとレベルが高く見えるのは、私が専門外だからか、臨書もあるだろうからか、先生などの教育システムが統制された場が結構あるのだろうか。絵の方はレベルが低く見えてしまう、と言ってもそれは乱暴で、野生味があるというか、悪い意味でのステレオタイプな抑圧も生で見えるし、とても愉しんで描いている様子も直で伝わるし、見て面白いところはある。これよりももっと本格的には、見附で見た池山阿有さんが顧問を務めていた金曜会という絵画サークルの方たちの展示は本当に素晴らしかった。23年に池山さんが亡くなられてからも、このサークルは続いていて今年も展示があるそう。よい師(池山さんには一度ちょっとご挨拶した程度だったけれど、絵描きの先生みたいなところは全くなくて、柔らかでこちらの肩の力も抜けるような印象の方だった)と、仲間たちが一緒に切磋琢磨できる関わりがあることは本当にいいなと思う。
4火曜日
ケント紙のパネルへの水貼りの指導。実演をして、それから少人数づつ見守りながらやらせてみる。そういえば、私自身がパネルの水貼りするのがめちゃくちゃ久しぶりだったと、一瞬大丈夫かと不安が過ぎるも、難なくできる。まあそりゃそうなのだが。紙の性質から、刷毛と水の関係、水貼りテープの性質みたいなことはもう身に染み付いていて、大抵のことには対応できる。それは水貼りという作業だけでなくもっと応用可能なものになっている。経験とはそういうものだ。
作業一つとっても、それを空間的に捉えることは大切で、手順を単なる直線的な道筋として聞いていてもダメで、空間的に再配置して、その言葉が物体にどう作用するのかを自分で組み立ててシミュレーション(準備)しないとできないことは多い(というか、そのために実演している)。これができれば本当は大抵のことを自分で類推して手をつけることができる。それができないといつまでも消費者のままだ。
今晩から家人が学生さんたちとオンラインでの読書会を再開した。國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』序章。そういえばもはや「暇」という言葉にそぐうものが失われてしまった気がするよね、それをスマホやPCが埋め切ってしまっている、みたいな雑談をしていた。
3月曜日
文化の日で祝日だけれど、雨模様だったりここしばらくの疲れが相当に溜まっていて家で過ごす。泣きっ面案件がいくつか重なる。少し片付けをする。
本を読む。本は子供向けのファラデー(英の物理学者)についての本。彼は小学校しか出ていないのに、科学者としてたくさんの発見や発明をした人。それから、とあるギャラリーのオーナーが貸してくれた『結び方手帖』。
2日曜日
ドローイングをしている。これをどう描き表したらいいかを勉強しながら(という書き方は本当に奇妙だ。知らない見えない部分がどうなっているのかを調べながら知識を得て、それを示そうと描こうとするとという意味)自分でも試してみているけれど、既存の方法に回収されていってしまう。描けるところは描け、見えないところはやはり見えないままになって、濃淡の程度問題の部分も、見えるところは描け、見えない(隠れた)ところは描けない。ところが本来この全てが見えないわけだから、見えるところと見えないところは既存の状態とは違うように描ける可能性があるはずなのに、やってみると既存の合理性に回収されてしまう。それは得られた知識が既存のものであり、その知識自体が形式を持っていて、それによる視覚化もその枠組みによって、程度の部分もその枠組みによって(つまり影響があると言えるレベルと、ほぼ無視していいもののレベルの程度問題としての濃淡によって)描くことになってしまうから。そうしないとたとえば、空間的な前後関係が損なわれてしまう。ここから先には別の道筋が開くのを待つなり求めるなりもあるけれど、もっと直球で何か他の方法がないのだろうかとも思う。
1土曜日
息子が朝、今日からの展示に間に合わずにまだ電子工作をしている。彼のPCではできない作業を私のPCにアプリケーションをインストールして何かしている。工作の部材は小さくてシンプルで、私はそれについては何もわからないので、とても不思議な感じがする。
「あなたは何にでもなれると言ってくれた。」町内会の配布物の作業中に流していた海外ドラマの中で登場人物が主人公にそう言っていた。私の小学校の時の特攻隊帰りの図工の先生が、新潟市内野での個展にわざわざ埼玉から来てくれた時、私の小学校時代を「彼女は何にでもなれる子だった」ってギャラリーオーナーに言っていた。少し嬉しかったけど、大人になって色々な可能性が潰えた先がここみたいなネガティブな気持ちにもなって悲しかったのを思い出した。息子が小1の時、ウッドブロックをすごい滑舌の良いリズムで叩いていてびっくりしたことがあった。その後パーカッションを続けていく中で、その万能感は薄れて、今日もリズムを少し走らせすぎていた。目も耳も手を追い越して育っていってしまう。そのズレた感覚を一つに重ねて一致させられるように、大きくなって複雑になった感覚器官を美しく束ねられるように、私も彼も試行錯誤していく日々だなと思う。