疑問・コメントいろいろ(第1回)
Q. 講義では大陸側の美学も交えたりしますか?
A. 交えないと思います。
Q. 描写の哲学に関しての入門用テキストを少し読みましたが、記号論や認識についての考え方など、言語学など他の分野と通ずるところもあるように感じました。
A. 共通する面は少なからずあると思います。実際、描写の哲学は、知覚の哲学や言語哲学の議論とオーバーラップする部分があります。一方で、使う用語、理論の作り(ベースにある理論体系)、関心の向け先などの点で、学問的な伝統と文脈が(たとえば大陸の構造主義的な記号学などと)異なるという面もあります。
Q. 美的なものの一例として「抜け感」が挙げられていましたが、「いなたさ」や「エモさ」といったいろいろなところで”使われている場面に触れ続けることで徐々に理解できる”ような表現には何か通底するものがあるのかなと思いました。
A. いずれも美的なものと言っていいでしょうね。
最近見つけた現代カルチャーの"aesthetic"のリスト:
List of Aesthetics | Aesthetics Wiki | Fandom
こういうのがまさに美的なものの例です。ここに挙げられているのは、すでにパターン化され名前がついているという点で、美術史学などで言うところの「様式(style)」に近いものですが、美的なものであることにかわりはありません。
様式概念については以下を参照:
様式とは何か - 9bit
Q. 「絵」と「写真」は自分の中では全く違うものだったため、これらが描写の哲学において「画像」という一つの概念として扱われることが前提となっているのに驚きました。しかし思い返せば英会話教室で「picture」という英単語を習った時も、訳が「絵」となるか「写真」となるかは文脈次第であると聞いてひどく驚いたものでした。
A. 実際手描きの絵と写真とで性格がけっこう違うので、最初から別概念として考えたほうがスマートかもしれません。
Q. 画像に抽象画が含まれないのが、なぜかというのがよくわかりませんでした。画像は単なる図形や色の組み合わせではだめで、意味をもたなければならないということでしょうか。
A. そこでの「意味」の意味を明確にする必要がありますが、大まかにはその通りです。
Q. 描写と画像についての話について、画像の具体的例として象形文字は微妙とのことだったが、ひらがな等の文字は画像に含まれるのか?「あ」を「あ」と認識するのは「ゲシュタルト=図」と知覚されているからなので、ひらがなは画像に含まれるのではと仮説立てている。
A. 文字のゲシュタルトの把握と描写内容の把握は別の事柄です。「図と地」みたいな考え方をすると両者がごっちゃになるかもしれません(認知心理学系の人にこのへんの話が伝わりづらい印象がありますが、そのせいかなと思います)。授業で「表象」や「内容」という概念を説明するので、それを踏まえれば画像とたんなる文字の違いがわかると思います。
図と地の例:ルビンの壺 - Wikipedia
Q. 例えば象形文字は微妙な例として挙げられていて、画像と文字との関係が気になったのですが、絵とも言える程度に装飾的なフォントやそうしたもの(のみ)を用いて構成されるポスター、本の表紙なども画像ではないのでしょうか。
A. 「絵とも言える程度に装飾的」の内実が問題です。一般化すれば、カリグラフィーをどう考えるかということだと思いますが、個々の事例について個別に判断ということになるでしょう。中世写本のイニシャル(飾り文字)などは画像としての性格を持っているものが少なくないと思います。
900+ Manuscript Initials ideas in 2021 | illuminated letters, illuminated manuscript, initials
Q. 文字を組み合わせて何かを描いている場合は画像になりますか?
A. 個々の具体例を見て判断することになります。たとえば、顔文字(emoticon :-D :-X )、アスキーアート、有名なにしこりなどは文字の組み合わせではありますが、画像として理解したほうがいいものです。第4回でその話を取り上げる予定です。
Q. 漫画はいわゆる絵の部分と文字の部分がありますがどこまでが画像に含まれるのでしょうか。
A. 同様に個別の判断になります。マンガは基本的に絵の部分が画像で、文字の部分(ふきだしや効果音表現)は基本的には画像ではありません。いわゆる漫符には、明らかに画像の一部と言えるもの、明らかに画像の一部ではないもの、微妙なものがそれぞれ含まれていると思います。
漫符とは何か?典型的な使用例を30個集めてみた!
Q. 地図は画像に含まれない、ということでしたが、それでは伊能忠敬が作成した「大日本沿海輿地全図」などは画像とは呼べないのでしょうか。
A. 正確には、「地図で標準的に使われている表象の種類は、画像表象(=描写)ではない」というべきでしたね。個々の地図が部分的に画像になっていることは、少なからずあると思います。伊能図のような古地図は、その傾向がとくに強いかもしれません(余白に適当な絵を描いたり、山岳地帯を絵で表したりするので)。
伊能図 | 古地図コレクション(古地図資料閲覧サービス)
Q. 第9回の概要の説明時に「顔文字や絵文字についても何らかの話はできると思う」と仰っていましたが、LINEにおけるスタンプやTwitterにおける画像リプライなどについての話も合わせて聞きたいです。
A. 少しずれますが、画像を使ったインターネットミームについては日本語文献があります。
銭清弘「イメージを切り貼りするとなにがどうなるのか:インターネットのミーム文化における画像使用を中心に」『フィルカル』5巻2号、2020年
上記論文のもとになった発表の資料:銭 清弘 (Kiyohiro Sen) - イメージを切り貼りするとなにがどうなるのか:インターネットのミーム文化における画像使用を中心に - 講演・口頭発表等 - researchmap
Q. イラストの女性表象の問題に関する話を聞いて、『君の名は』が批判されていたことを思い出しました。あれは「絵(画像?)」というよりは、キャラクターの「振る舞い(動き)」に対する批判だったと思いますが、それも描写に入るのかどうか疑問に感じました。
A. 「振る舞い(動き)」が、「見える身体の動き(動作)」を意味しているのであれば入ります。一方で、「ストーリー上のキャラクターの行動」を意味しているのであれば、それは描写以外の経路でも表しうるものなので(たとえばキャラクターのせりふやナレーションによって表す)、個々の具体例を見て判断ということになります。
いずれにせよ、画像の内容とフィクションの内容(ストーリー)は、重なるケースも多いですが、概念としては別です(フィクション/ノンフィクションの回で説明します)。
『君の名は。』のケースは、描写そのものに対する批判というよりは、主にストーリーおよびその背後に透けて見える作者(あるいは想定された鑑賞者)のものの見方に対する批判でしょうね。
参考にしたもの:君の名は。は気持ち悪い。 - Togetter
Q. 女性の表現に関して倫理的な善悪が述べられていましたが、それではCMや広告などで若くて綺麗な女優さんや俳優さんを使うことはなぜ許されるのか、と疑問に思いました。
A. 以下の論点に分けられると思います。それぞれ考えてみてください。
①男女共同参画ちゃんのようなイラストが批判される理由は何か?
②その理由は、広告などにおけるあからさまなルッキズムにどの程度あてはまるのか?