日常的な言葉遣いと定義のタイプ
Q. 文章は描写の哲学の対象に含まれないということが意外でした。聞き逃したのかもしれませんが、なぜ「目に見える平面的な具体物」だけを描写とするのでしょうか。文章と絵や写真では表現が大きく異なるからですか?
Q. 映像やアニメーションを含み、抽象画や幾何学的なデザインは含まないところなど、「画像」という言葉の定義が自分の直感とは少し違っていたので、今後の授業で理論や具体例を聞きながら「画像」という概念に対する理解を深めていきたいと思いました。
A.
定義についての基本的な考え方
大雑把に言えば、定義(言葉の意味を明確化すること/定めること)は、その目的にしたがって以下の2つのタイプに大別できます。
①記述的定義(概念分析)
②理論的定義(概念工学)
①記述的定義
理論の外ですでに通用している言葉の意味(われわれはその言葉をどのような意味で使っているのか)やカテゴライゼーション(われわれはどのように物事を分類しているのか)を明確化することを目指すもの。
記述的定義の例:
知識とは、正当化された真なる信念(JTB)である。
bachelorとは、未婚の男性のことである。
芸術作品とは、美的な経験を与えるべく意図された人工物である。
記述的定義を提示することを「概念分析(conceptual analysis)」と呼んだりもします。
記述的定義がうまくいっているかどうかは、もともとの言葉の意味やカテゴリーの範囲と、言い換えた言葉の意味の範囲がちゃんと一致しているかどうかで判断されます。この基準は、難しい言い方だと「外延的十全性(extensional adequacy)」と呼びます。
哲学的な議論では、ある定義に対して反例(counterexample)を示すことでダメ出しする、ということがよくありますが、反例が定義に対する攻撃になるのは、この外延的十全性の基準があるからです。
分析哲学を含めた哲学は、伝統的に概念分析を主な仕事のひとつにしてきましたが、議論を円滑に進めたり問題設定を明確化するうえで、次に述べる理論的定義/概念工学をおこなうことも頻繁にあります。
②理論的定義
何らかの有用性を目指して、特定の言葉に特定の意味を割り当てる(場合によっては新語を作る)もの。簡単に言えば、術語の導入です。既存の言葉の意味を積極的に変えていく(われわれはその言葉をこういう意味で使っていくべきであると主張する)ものも含まれます。
理論的定義の例:
魚類とは、ひれと背骨を持ち、えら呼吸する水生動物である。
二等辺三角形とは、二辺の長さが等しい三角形のことである。
命題とは、真か偽かを問えるものであり、自然言語における平叙文の意味にあたるものである。
取り決めによって意味を決めるという意味では、「規約的定義(stipulative definition)」と言ってもいいかもしれません。
理論的定義を提示することを「概念工学(conceptual engineering)」や「改訂的なアプローチ(revisonary approach)」と呼んだりもします。
理論的定義がうまくいっているかどうかは、おおむね、その意味でその言葉を使うことでどんないいことや便利なことがあるかで判断されます。
理論的定義は、当然ながら、日常的な言葉遣いの意味からずれるのが普通です。
勉強の入り口
描写の哲学における"depiction"や"picture"の定義はどちらなのか
これはかなり微妙な話ですが、基本的には理論的定義と考えたほうがよいと思います。
大まかには既存のカテゴライゼーションと言葉遣い(日常的な言葉遣いにおける"picture"の意味)をベースにはしていますが、それに完全にあわせることを目的としているわけではなく、「理論上このように定義したカテゴリーの特徴について考えよう」ということをやっているからです。
こういう日常的な言葉遣いから微妙にずれる言葉遣いは、哲学には頻繁に見られます。
e.g. 信念、欲求、行為、出来事、指示、etc.
訳語の問題
日本語の描写の哲学における「描写」や「画像」は、たんに"depiction"や"picture"の訳語として採用するいう取り決めによって導入されているにすぎません。
なので、それらの言葉の日本語における既存の用法とは必然的に食い違う面があるでしょう。
もちろん訳語選択は、ある程度までは既存の用法に沿うように行われるのが普通ですが(そうでないと日本語として読んだときの意味がまったくわからなくなるので)、翻訳の本性上、完全に一致させることは難しいです。