ナナイの三重説
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ベンス・ナナイ(Bence Nanay)
現代の分析美学者。論文を量産している。英語が読みやすい。
🐪 三重説
文献
Bence Nanay, Aesthetics as Philosophy of Perception (Oxford: Oxford University Press, 2016), chap. 3.
日本語のまとめ:
ナナイの主張
ナナイは、ウォルハイムの「画像経験は二重性(twofoldness)を持つ」という主張(ウォルハイムの〈うちに見る〉説)に対して、「いや、三重(threefold)の経験なのである」という主張をしている。 ナナイが区別するのは、以下の三層:
A:二次元の画像表面。
B:視覚的に把握される三次元の対象。
C:「描写されている」と言える三次元の対象。
Nanayの理論のポイントは、BとCの区別にある。
AとBは(ウォルハイムが言うように)直接知覚されるものだが、Cは直接知覚されるとはかぎらない。たとえば、心の中で想像する(心的イメージ)というかたちでの経験もある。
ナナイの例①:ミック・ジャガーのカリカチュア
https://artelista.s3.amazonaws.com/obras/fichas/4/4/7/4735035136623744.jpg
A:この絵の二次元的なデザイン。
B:ミック・ジャガー本人とはかけ離れた特徴(たとえば口がやたらでかい)を持つ三次元の対象。
C:ミック・ジャガー本人。口は多少大きいがそこまでではない。
ナナイの例②:マティス夫人の肖像画
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/thumb/2/2d/Matisse_-_Green_Line.jpeg/800px-Matisse_-_Green_Line.jpeg
A:この絵の二次元的なデザイン。
B:緑色の線が顔に入ったマティス夫人。
C:マティス夫人本人。顔に緑色の線はないはず。
ナナイの例③:任意の白黒写真
https://img.huffingtonpost.com/asset/5c63817d2400007002a2324d.jpeg?ops=scalefit_960_noupscale
A:その写真の二次元的なデザイン。
B:白黒(あるいは微妙にセピア色、etc.)の三次元のもの。
C:(不確定ではあれ)何らかの色を持つはずのもの。
🐪 問題
ナナイが出している例は、画像表面と描写内容という2つの面を区別するだけでは十分ではないことを示している(なので、ウォルハイムの〈うちに見る〉説もグッドマンの構造説もそのままでは不十分である)。
しかし、ナナイの三重説には、BとCの区別がいまいち明確ではないという問題がある。ナナイの説明では、以下の2つの区別が混同されているように見えるからだ。
区別1
〈何を主題にしているか〉と〈どんな特徴を持つものが描かれているか〉の区別。
ナナイは例①を、〈絵の主題は明らかに実在のミック・ジャガー本人だと言えるが、直接には、主題の実際のあり方とはぜんぜん違う特徴(口が非常に大きいなど)を持ったミック・ジャガーが描かれている絵〉という例として提示している。例②も同様である。
区別2
一方、例③は、主題と描かれている特徴の食い違いという面もあるかもしれないが、ナナイが白黒写真の例について強調しているのは、むしろ色が不確定という点である。つまり、直接には写真の表面のうちに白黒の三次元の物体を見てとることができるはずだが、白黒のものが描かれているとは普通考えない。
これは主題がどうのこうのという話ではなく、〈直接見て取れる描写内容〉と〈解釈を踏まえて特定される描写内容〉の区別である。もうちょっと一般化すると、〈概念化以前の純粋な色と形についての描写内容〉と〈概念的に理解された描写内容〉と言ってもいいかもしれない。
というわけで、ナナイよりももうちょっと細かい区別をする必要がある。