画像のリアリズムの基準
🐪 前提:真偽の話ではない
画像がリアリスティックかどうかという問題は、画像が真なる事柄を描いているかどうかの話ではない。
真実を描いているか虚偽を描いているかとは別にリアリスティックかどうかの区別は言えるし、リアリスティックであるかどうかとは別に虚偽を描いているか否かの区別は言える。
たとえば、法廷画のスケッチは真実をあらわすことを目的としたものだが、多かれ少なかれデフォルメされている。
参考:沢尻エリカの“美人すぎる”法廷画を描いた本人を直撃「意識して観察するのは…」 | 日刊SPA!
一方、神話の場面や非実在物(いずれもありえないもの)を描いたリアリスティックな絵は無数にある。
参考:ペガサスの絵画13点。メデューサより産まれ、英雄を乗せて大空を飛翔する天馬 : メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-
🐪 画像のリアリズムの3つの考えかた
参考文献
今回の話は、以下のカルヴィッキによるまとめに依拠しつつ、松永の私見を交えたもの。
John Kulvicki, Images (New York: Routledge, 2014), chap. 6.
日本語のまとめ記事:
ジョン・カルヴィッキ『イメージ』(John V. KULVICKI "Images")後半(6〜9章) - logical cypher scape2
画像のリアリズムをどう特徴づけるかについては、いまだに諸説あってとくに定説はないのが現状だが、カルヴィッキにしたがえば、ひとまず以下の3つの考えかたがある。
正確さ
情報量
統語論的に有意味な性質の多さ
(A) 正確さ(accuracy)
説明:
対象をより正確に描いているほうが、よりリアリスティックであるという考え。
一般には、画像のリアリズムは絵自体とその主題(この授業における指示対象)の類似として考えられがちだが、そのように考えることには明らかに難点がある(👉 踏み台としての類似説)。
前回示した描写の理論を踏まえれば、リアリズムに寄与する「正確さ」は、別の水準間の関係として考えられる。
選択肢①:〈うちに見る〉内容と認識内容の具体例(の視覚的側面)の一致度
選択肢②:認識内容(の視覚的側面)と指示対象(の視覚的側面)の一致度
具体例:
選択肢①の例:トマトを認識内容として持つ絵の場合、その絵の〈うちに見る〉内容が、実際のトマトの事例の視覚的側面とより一致している絵のほうが、よりリアリスティックである。
選択肢②の例:ナポレオンを主題にした絵の場合、実際のナポレオンの見た目により近い認識内容を描く絵のほうが、よりリアリスティックである。
利点:
選択肢①は、おそらくもっとも直観に合致する説明であり、それなりにいろいろなケースを説明できる。
一方、選択肢②は、(選択肢①の意味での)デフォルメの度合いが強い似顔絵であっても、その人物の特徴を的確に描いているという意味で「リアリスティックである」と言いたくなるケースを説明できる。
難点:
選択肢①であれ②であれ、実在物を描くのでなければ、一致度の判断ができないように見える。たとえば、フィクションの存在を描く絵について、その視覚的性質が〈うちに見る〉内容や認識内容と一致しているかを確認するにはどうすればいいのか?
難点の回避方法①:
「実際の見た目との一致度」ではなく、「想定されている見た目との一致度」と言い換えることで、非実在物についても正確さの判断が可能になる。ドラゴンは存在しないので〈ドラゴンの実際の見た目〉など存在しないが、〈われわれが想定しているドラゴンの見た目〉はたしかにある。
難点の回避方法②:
ドラゴンはその全体としては現実に存在しないが、ドラゴンの見た目を構成する各部位(爬虫類的な顔と皮膚、かぎ爪、翼、火、etc.)は現実の対応物を持つ。それゆえ、その各部位の描写に対する正確さの判断は可能である。
さらなる疑問:
では間違ったタヌキの絵は、「間違ったタヌキ」が想定されているかぎりで、正確だということになるのか?
というわけで、正確さだけでリアリズムを特徴づけるのはかなり難しい。
(B) 情報量(informativeness)
説明:
対象をより情報量のあるかたちで描いているほうが、よりリアリスティックであるという考え。
様式化はふつう単純化(simplification)であり、その逆は複雑な表象だというのはもっともらしい。
情報量は、認識内容レベルの豊かさとして理解できる。
具体例:
ポケモンのオリジナルと実写(フォトリアル3DCG)版の比較:
映画『名探偵ピカチュウ』でポケモンがどう実写化されているか、比較してみた
利点:
とにかく情報量があるかどうかという話なので、描かれているものが実在物か否かは度外視できる。
難点:
情報量が多ければいいということにはふつうならない(細密に描けば描くほどリアリスティック度が上がるというものでもない)。つまり明らかにリアリズムの十分条件ではない。ある程度は、正確さと組み合わせられる必要があるだろう。
(C) 統語論的に有意味な性質の多さ
説明:
画像表面上のデザインのうち、内容にとって有意味な性質がより多い。
この特徴は、〈うちに見る〉内容のうちのどこまでがそのまま認識内容に組み込まれるかということとしても理解できるかもしれない。つまり、画像の解釈に際して無視される要素がどれだけ少ないかという基準である。
複数の基準とトレードオフ
ある画像がリアリスティックかどうかは、どれかひとつの基準で決まるというより、それらの総合として判断されているのかもしれない。いずれにしても単純な基準としては言えそうにない。
また、カルヴィッキがいうように、正確さと情報量はしばしばトレードオフの関係にある。つまり、場合によっては、情報量を増せば増すほど正確さから遠ざかることがある。