リアリズムをめぐる言葉づかいの整理
🐪 「リアル/リアリティ」は日本語
表象の「本当らしさ」を意味するのに使われる「リアル/リアリティ」は純然たる日本語。気をつけましょう。
「リアリティ」を「現実感」などと言い換えてそれっぽくすることもあるが、これも日本語。
英語では、表象の「本当らしさ」は"realistic/realism"と言う(ほかにもいろいろな言いかたがある。たとえば、"illusionism"や"verisimilitude"など)。
"real"は「現実の」や「実際にある」、"reality"は「現実」を意味する。「本当らしさ」も「現実感」も意味しない。
🐪 「リアリズム」の多義性
この授業で扱いたい「リアリズム」は、「デフォルメ」と対比される意味での「リアリズム」である。
一方で、「リアリズム(realism)」という語にはいろいろな用法がある。整理しておく。
関係ない用法①:現実主義
実現不可能な理想を追い求めるのではなく、現実を見つめて合理的な選択をする立場のことを「現実主義(realism)」と言ったりする。対立概念は「理想主義」。目下の議論にはまったく関係ない用法。
関係ない用法②:実在論
哲学において、性質や普遍や種などが実際に存在すると考える立場のことを「実在論(realism)」という。対立概念は「唯名論」「反実在論」など。これも関係なし。
関係なくもないが、ちょっと違う用法①:芸術様式としての写実主義
19世紀にさかんになった文学史上や美術史上の様式(あるいは運動)として「写実主義(realism)」がある。この意味での写実主義に属するのは、神話などの空想的な主題ではなく日常的な主題を描く作品群であり、ようするに「表象内容や問題意識が身近な現実に近い」ということである。対立概念は「ロマン主義」など。
美術史上の概念でもあるのでまぎらわしいが、ここで問題にしたい画像のリアリズムとは別物。写実主義の絵画以外にも(なんならロマン主義の絵画にも)相対的にリアリスティックな絵はたくさんある。
関係なくもないが、ちょっと違う用法②:なまなましい経験
何か作品がなまなましい経験を与えてくれることを「リアリティ」(日本語)などと呼ぶ用法がある。これは「経験の強度(intensity)」と言い換えられるだろう。
かなり微妙な話ではあるが、画像がリアリスティックであることと、経験の強度があることはひとまず分けたほうがよい。経験を参照しなくともリアリスティックかどうかの判断はできるからである。
「迫真性」という語はこの両者の意味を組み込んでおり、両者の区別を見えなくしてしまう。
🐪 余談
この授業で扱う意味での「リアリズム」の対義語は「様式化(stylization)」だが、「様式化」のほうも言葉づかい的に微妙な面がある。微妙なのは以下の2点:
①リアリズムも様式(表現のパターン=型)の一種として理解できる。
②必ずしもすべての非写実的な絵が表現のパターンとして確立しているわけではない。
言葉づかいの問題でしかないので、気にしなければいいだけだが。