MBL1994
1994.7.31 -- 1994.8.27
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Stacia R Friedman-Hill (NIMH)
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Reports (written in Japanese)
神経科学ニュース(日本神経科学学会発行 通巻88号, 第6号, 1994年)に掲載された記事
MBL ショートコース Methods in Computational Neuroscience に参加して
東京農工大学大学院 工学研究科 電子情報工学専攻 伊達 章
昨年度 MBL コース参加された方の感想文を神経科学ニュースで読み刺激を受け、Methods in Computational Neuroscience (MCN) というショートコースに応募しました。その結果、好運にも参加する機会を得ましたので、他のコースとの違い等を中心に、ここに報告いたします。
学生は総勢 22人、出身国は、アメリカ(9)、イギリス(2)、中国(2)、イスラエル(2)、カナダ、ドイツ、ロシア、スウェーデン、インド、韓国、日本から各1名であった。学生のバックグランドは生理、生物、解剖、心理、物理など幅広かった。ほとんどの人は大学院生、ポスドクであったが教授の人も数名コースの学生として参加されていた。Director が Bell 研究所の David Kleinfeld と David W. Tank の両博士ということもあり、彼らの研究室のポスドク数名も、コース期間中、行動を共にした。また昨年度コースの参加者数名、各計算機シミュレーション(後述)を熟知している研究者数名がティーチィングアシスタント(TA)として参加した。
MCN は Physiology Course ほど伝統は無く、1988年に第1回が開かれている。コースの期間は、ショートコースの中では一番長い1ヶ月からなり、日曜日を除き、午前9時、午後1時からそれぞれ2-3時間の講義があり、その後、計算機による(神経システムの計算論的な側面の諸問題に対する)実習・実験というのが1日のスケジュールであった。最初の3日間は、さらに午後7時からも講義があった。講義のカリキュラムは、脳機能の分子メカニズムから個体の行動へ至るまでの様々なレベルをカバーするように、ミクロからマクロへという順序で構成されていた。大まかに分けると、第1週が イオンチャンネル、Hodgkin-Huxley 方程式 、ケーブル理論、それらの解析に必要な線形代数、確率論、生化学等、第2週には、 簡略化した数理モデル、シナプスの可塑性等、第3週では、個々のニューロン、シナプスから Network の問題へと進み、様々な Central Pattern Generator に関する話題、 大脳皮質回路の解剖学的な基礎など、最後の週は、様々な場所での神経細胞の反応選択性(受容野)、ニューロン活動の振動、同期現象、人工的な神経回路網モデル、等の講義が行なわれた。講師は総勢32人。基礎的な科目以外は、その分野の中心的存在の人が来て講演するという形式であった。その関係もあり、講義間に若干の重なり合いもあった。
1つの講義は2時間の予定であったが、どの講義も学生の質問が多く、休憩を含めるとほぼ3時間近くに及んだ。質問の質はともかく、初めは質問の多さに驚いた。何度も質問する人の中には、講演者の話しの流れを止め、かなり脱線させるような自分勝手な質問もあったようで、学生の間で問題になり、「講演内容に直接関係無い質問は止めよう」という約束事ができた(何が関係無い質問か、は主観的なものなので、それ以後も質問の多さに変わりは無かった)。講義内容には直接関係無いが、学生が机の上に(時には教壇に)足を載せ、初めて会った日に、講師をファーストネームで呼び止め質問する光景にも、筆者は驚いた(物を食べたり飲みながら講義を聞くことにはあまり抵抗は感じなかったが)。
午後の講義が終ると、研究室で計算機実習を行なった。研究室には Work Station が 27台 (Sun Sparc Station 2 or 10+ 21 inch Color Display、全てレンタル)あり、学生1人が1台、さらに講師も、自由に使えるようになっていた。これらの計算機を設置すること自体、重労働であるが、誰が、いつ、行なったのか、筆者にはわからなかった(TAの仕事では無い)。さらに、全ての計算機で様々なシミュレーションが問題なく動くようにTAらによってセットアップされていた。多くの学生は、Unix の計算機環境には慣れていた。全ての計算機が外の計算機と直接通信できるため、自分の大学の研究室からデータを持ってくることも簡単にできた。したがって講師の方々も普段通りの仕事ができるようになっていた(動物実験は無理だが)。
初めの2週間は様々な計算機シミュレーションプログラムの使い方の説明があった。神経細胞、およびその回路網のシミュレーターの代表的なものとして、GENESIS、 NEURON、 また数値解析用として、XPP、 MATHEMATICA と呼ばれているもの等があった。各学生は、1ヶ月でできそうな魅力的な研究テーマを探し、どのシミュレーターを使って、その問題を解決できる見通しがあるかを、2週目の最後の日に発表し、Directorから、今後の指導を受けた。当然、どのシミュレーターを使うかを決めるには、一通りは全てを試さなければいけない。各シュミレーターには幾つかのチュートリアルプグラムが付いており、それに従って進めば基本的なことは理解できるようになっていた。最初の2週間は、それらに慣れることに精一杯であった。わからない部分はTAが親切に教えてくれたが、全てをマスターしようとすると、寝れない。実習する時間は、人それぞれで、夜の9時ごろに部屋に戻る人もいれば、3時すぎまで続ける人もいた。
夕方、計算機実習が一段落すると、近くの公園でバレーボール、サッカーをしたり、ビーチで泳いだりしていた。日頃運動不足だったので、それらは楽しめた。夕食後も研究室に戻り、計算機に向かうのだが、11時頃になると、毎日のように近くのバーにビールを飲みに行くグループができていた。また、コース期間中2度、ピクニックと称するバーベキューパーティがあった。このようなスケジュールだったので、毎日部屋に戻ると死んだように眠ることができた。
動物を用いた実験をするコースと根本的に違うことは、1) 学生一人一人違ったテーマを持っていることから、実習の進み具合が違う、2) 実験は計算機だけあれば良いので、(動物実験ほど)お金がかからない、3) 講義の数自体も多いが、かなり有名な人の講義がある(例えば L.Abbott, R.Douglas, A.P.Georgopoulous, C.Gray,J.J.Hopfiled, C.Koch, S.M.Kosslyn, J.E.Lisman, R.R.Llinas,J.H.R.Maunsell, D.A.McCormick, T.J.Sejnowski, H.Sompolinsky)、ということであった。実際、著名な講師と深く議論することを一つの目標として掲げてあるため、学生1人につき、6人の講師までを指名でき、近くのレストランで Dinner を共にできるようなシステムまで作られていた(もちろん食事代はいらない)。また、講義の教室には毎朝、牛乳、果物、ケーキ、
コーヒーが運ばれて来ていた。研究室の冷蔵庫には、ビール、ワイン、ジュース等が入っており、学生は自由に食べたり、飲みながら計算機に向かっていた。また24時間開いている図書館でのコピーも、本コースの学生には無料だった。さらに、講師の方々の最近の論文や preprint のコピーが毎時間配られた。これらは、最終日には中くらいのダンボール箱1つが一杯になるくらいの量になった。このような環境は、全て Director が用意したものだと思う。学生の数を20人ほどにしているのは、経済的な理由からではなく、これ以上増やすと、授業中、皆が議論に参加できないから、という理由だった。
最後の1週間は Terry Sejnowski が オーガナイズする第10回 Annual Woods Hole Workshop on Computational Neuroscience
が同時に開催されていた。かなりおもしろい講演が多くあるので、コースの学生の参加も大いに歓迎するとのことであった。
たたし、最終日に学生は、コース内で行なった各自のプロジェクトの成果を、発表しなければならないこともあり、毎日の講義を6時間近く聞くだけでも疲れる(のは筆者だけかもしれないが)ため、多くの学生はその時間、計算機に向かっていた。この会も30人ぐらいが狭い部屋に椅子を並べて、講演を聞いていた。会場を大きい部屋に移さないのは、これも皆が参加できなくなるという理由だった。実際、1つの講演は90分の予定だったが、質問が多く、終るまでには、常に2時間を超えていた。学生は静かに計算機に向かっていたが、その横で時には3時すぎまでビールとワインを飲みながら、ガヤガヤ議論をしている姿があった。
コースのプロジェクトとして、ほとんどの学生は単一ニューロンのモデルを扱った。筆者は、GENESISを用いて、ニューロン200個からなるネットワークのモデルを作った。これは、網膜とLGN間に topographic な mapping が網膜上に自発的な興奮波が起こることによってできることを、説明することが最終目標であったが、GENESISというシュミレーターを理解することに精一杯で、未完成で終ってしまった。他の学生の中には、自分の研究室で記録した実験データと、モデルで出した結果とを比較する人もいた。未完成なのは筆者だけかと思って焦っていたが、他の多くの人も未完成で、アイデアと出来たところまでを最終日には発表した。
筆者は、個々の細胞を組織化するニューロンネットワークの原理を探求したく、Computational Neuroscience の方法を学ぶコースに参加したが、講師の大半が実際に実験をする研究者であったためか、正直言って、Computational Neuroscience というものが、よくわからなくなった。MITからは Computational Neuroscience というシリーズで本が出版されているし、今年、Journal of Computational Neuroscience という雑誌も創刊した。T.J.SejnowskiとT.Poggioは、'an approach to understand the information content of neural signals by modeling the nervous system at many different structual scales, including the biophysical, the circuit, and the system levels'と、定義している。コース、ワークショップを通して感じたことは、脳機能の様々なレベルの研究者が、自分の研究を進めているレベルに留まらず、ミクローマクロを行ったり来たりしながら、
計算論的なことを常に考え、脳というものを理解しようとしていることだった。
今回の渡米は、筆者にとって初めての海外旅行であったので、なにもかもが新鮮であった。最初は、MBLに辿り着けるかどうかも、不安だった。日頃論文でしか知らない講師の人と話すことができたこと、それ以上に、他の学生と、朝から夜遅くまで、1ヶ月間共に活動できたことは、嬉しい。コース期間中、Woods Hole周辺、ボストン市内などを観光したが、見た風景に比べ、
MBL での人との出会い、会話の方が、かなり印象深く記憶に残っている。撮ってきた写真を見ても、何かいい夢をみていたような感じがする。実は、最初の1週間はかなり辛かった。特に食事の時に、周りで行なわれている会話(が聞きとれないので)に加われなかった。その後、聞きとれるようになったのではなく、聞こえないのに慣れてしまった。言葉が重要では無くて、中見が重要だ、とは思うけれど、英語ぐらいは完全に聞きとれて、自然に話せるようになりたいと強く感した。
このような新鮮な機会を筆者に与えて下さった方々、また、励まして下さった方々に心から感謝いたします。