1776年時点における独立宣言ー一つの政治的文書
独立宣言の研究
古典
ヘイツルトン『独立宣言ーその歴史』
実証的研究
カール・L・ベッカー『独立宣言ー政治思想史の一研究』
独立宣言にのべられている政治思想は17世紀、18世紀のイギリス政治思想、とくにロックの政治思想を受け継いだものであるという結論 ジュリアン・P・ボイド『独立宣言ージェファソンの諸草案より最終文書への進展』
ヘイツルトンが行ったものをさらに新しい資料に基づいて、はっきりと整理したもの
近年
ギャリー・ウィルズ
ベッカーの権威に対する挑戦的態度
独立宣言の思想的淵源はスコットランドの啓蒙学派であると主張 ジェファソンの草案に着目し、独立宣言で本来何を書こうとしたのか分析 奴隷制の問題
移住分離論
実はイギリスからアメリカ大陸に来た時に分離した(=独立した)
モートン・ホワイト
すべての人は平等につくられ、という部分について哲学的分析
ロックだけでなくスコットランド学派の影響もあるとのこと
ジェファソンが、政府とは人々の幸福を促進すべき一種の義務をもっている、消極的に自由を侵害しないというだけではなく人々の福祉を促進させていく積極的な役割をもっていると考えていたという新たな解釈
独立宣言に関する誤解
「独立宣言」というタイトルは存在せず、実際には独立について宣言する文書である
独立宣言文の目的は?
1776年7月2日にはすでに独立の決議は採択されていた、つまり独立宣言以前に独立の事実はあった なぜ独立したかという理由、大義を公にすることが独立宣言の目的
人類の意見をしかるべく尊重しようとするならば、その国民が分離せざるをえなくなった理由を、公に表明することが必要であろう
人類に独立の理由を広く知らせるという目的
18世紀は啓蒙主義の時代、マンカインド、ワールドといったことが意識されていた 内容的に普遍的、超歴史的なものであるという解釈
しかし、もっと政治的な必要性があったのではないか?
戦争最中の忙しいときにわざわざかくかな。
人類、世界とは具体的には誰なのか?
イギリス本国人ではない
正式に敵国になっていたので
同盟の相手方、フランスは?
フランスに向けたのであれば、イギリス国王の圧政のことを長々と書く必要はないし、革命権が出てきて絶対専制を否定するこの宣言に効果はない
アメリカ人に対する訴えとしての独立宣言
7月2日時点で独立に反対はかなりあった
イギリスとの血のつながり、帝国の一環として反映したという事実
独立・分離の決断はしにくい人が多かった
具体的な圧政の経験を説いて、やむをえない所以を訴えた
戦争に勝利を得るためには13の植民地が団結することが必要
一致への訴え、団結への訴え
ワン・ピープルという表現
アメリカ人としての一体性、統合性を主張する、あるいは訴える
この宣言を支持するために、互いに、おのが生命、おのが財産、おのが尊き名誉をささげ合うことを誓うものである
各邦が、生命=兵士をだす、財産=資金を出す、名誉=裏切り行為をしないという約束をして一致協力することを誓ったもの
実際に、すぐ印刷されて軍隊やまちに配布され、読み上げられる
全体の構成は?独立宣言の中心とは?
イギリス国王に対する苦情の部分が主文であっただろう
独立宣言の署名とは
今日では、祖先が独立宣言の署名者だということは大変な家柄だということになる(貴族がおらず、身分制でないので)
実際には署名は7月4日ではなく、8月2日以降に行われた
4日時点では、ニューヨークが独立に賛成していなかったこともある
正文を作って署名したのが2日以降である
つまり、7月4日時点に大陸会議場にいた人と、実際に署名した人とは別であることもある
署名することが名誉であるとは限らなかった
戦況は不利であり、証拠を残すと反逆罪に問われる可能性があった
アメリカ独立宣言の求心性
アメリカ史の解釈
独立宣言
分離、遠心性、自由を象徴
集中、求心性、統合を象徴
独立宣言そのものの中にすでに集中、統合性、一体性を訴えるという綿は含まれていたのでは?
当時の政治的状況においては、一体性への訴えが切実な要請であった
のちの歴史においてはアメリカ合衆国統合の象徴として機能
当時の起草者たちもそれを意識していたのでは?
自由による統合というアメリカ史の課題は、独立宣言において準備されていた