第5章 やおいにおける恋愛の意味
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なぜ,恋愛が描かれるのか?
恋愛のコードがさまざまな利点を持つから
1 恋愛のコードがもつ解釈上の機能
恋愛関係は,成立範囲が広いから,扱いやすい
例:家族愛などの親密性は,家族やそれに準ずる間柄に対してのみ解釈可能である
物語の理解可能性を高める
恋愛のコードは,ある人物が特定の状況でなぜそう行動するか,そのような感情を抱いたかを理解しやすくする
「新しい法則」として,原作の矛盾に合理的な説明を与えるなどが可能である
例:坂本龍馬は,暗殺しようとした勝海舟に会い,弟子入りしてしまった
さまざまな理由が考えられるが,このような通常では起こりそうにない行動に対して「一目惚れ」などの恋愛のコードを用いることで説明可能である
恋愛物語は社会の中に無数に存在し,さまざまなパターンが提示されているので,さまざまな感情や行動に対して適用可能であるという汎用性を持っている
2 恋愛のコードがもつ表現上の機能
一般的に恋愛感情であると断定しがたい場合でも,カップリング表記がなされている場合も多い
特定の相手を選んでカップリングすることで,その関係を原作から見出せるさまざまな男同士の絆から差異化している
カップリングとは,ある二人の関係を他の関係よりも特別に深い特権的な関係として指定する作業なのではないだろうか?
カップリングは,「最も大切にしている人間関係」の指標である
横川寿美子のボーイズラブ定義「男同士の間に性的関係や恋愛感情が介在しているかどうかに関わりなく,主人公である男が物語の中で最も大切にしている人間関係が同性とのもの,である物語
そもそも,やおいが恋愛物語としてとらえられているとも限らない
「男性同士が,どろっとした感情で行き来をする感じ」「仲がいい関係性」というように話すインタビュー対象者の存在
「恋愛」やそれに類する言葉とは異なる表現を使っている
性的な行為の有無によらず,一般的な恋愛関係とは異なる関係性として把握されている可能性もある
「カップリング」再定義
他のホモソーシャルな絆よりも特別の重みを与えられる男同士の絆
性愛化の効果?
非常に親密な間柄ならば,二人の間に恋愛感情がある方が「自然」に見えるという考え
BLの中の性行為は,二人の男性の関係が「行き着く先」まで到達し,恋愛が成就したことを示す「象徴」であり,寿ぐ祝賀の儀式(ビールかけのような,と例える対象者が存在)という側面がある
性描写自体に関心が向けられていない場合もありうる
→現代社会においてセクシュアリティは親密性の基盤とされているので,性的要素が介在している関係の方がそうでない関係より親密に見えやすい.だからこそ,やおいで恋愛・性愛を描くことで,彼らの男同士の絆の深度を表す指標としての機能を持ちうる
何らかの対関係や深い絆,強い関心を表す際の定石である
例:スポーツ新聞などでも,キャッチャーを「○○選手の恋女房」「○○選手にxx球団がラブコール」などの恋愛的表現が用いられる
異性愛の利用
異性愛に関する社会的な通念を用いている
仲がいい男女を恋人だと認識してしまうこと
恋愛感情を持っていれば,性行為に及ぶはずだというような通念
異性愛的なヘテロジェンダー形式の持ち込み
異性愛の無力化
原作の異性愛は,やおいの障害になりうるが
男性キャラクターを仲間の男性と恋愛させることで,男性同士の関係を異性愛から「守って」いる
仲間が恋人でもあれば,男同士の絆が劣位に置かれることはない
異性愛の解体
異なるジェンダーを持つ二者間の愛としての異性愛は,カップリングという形でホモソーシャル関係へ
異性に対する性的欲望としての異性愛は,女性ではなく男性を欲望の対象に立てることで消去される
このような複雑な作業が必要なのはなぜだろう?
近代化以降の社会では,恋愛のコードが最上位にある親密な関係として表現されている
そして,基本的には異性間の性的な関係性を規定するコードである
→男女の異性愛関係と同様の関係性を男同士の間に作り出すことで,恋愛のコードが用いられるのに違和感なくしている?
セクシャリてぃの作用
以上に加えて,公的領域の男同士の絆を性的で親密な関係のための場である私的領域に越境させることができる
原作の異性愛関係との競合に関しては,特にやおいの原作として好まれる少年漫画においては性関係は存在しないため,性的要素を加味することで男同士の絆を上位に位置付けることができる
恋愛のコードによる「排他性の付与」
台湾での J禁文化
アイドルの関係は必ずしも恋愛化しない
カップルではあるが,性は介在しない
ー>アイドルの友情には,「歴史的蓄積」と「ユニットの不変性」がある
同じグループのアイドル以外とは築くことのできあに特権的なもの.他者が入り込めない排他性を持つ
排他性は,ある時点においてその関係を結べる他者を限定するため,相手が代替不可能な存在となるので,強固な絆だと想像されやすい
では,そのような「歴史的蓄積」や「排他性」がないからこそ,やおいには恋愛のコードが付与されているのでは?
恋愛によって排他性を生み出す
3 恋愛のコードがもつ伝達上の機能
人々のコミュニケーションの基盤の一つには,「物語」がある
「あらかじめ同じ「物語」を知っており,かつまた互いが同じ物語を知っていることも知って」いる状態が成り立っている,「狭い意味での共同性においては,その元にある人々の間のコミュニケーション可能性は,常に既に共有された「物語」によって支えられている」(稲葉振一郎)
物語は「大衆メディアの中のありふれたフィクションおよびその延長線上にある自動化された想像力」(大塚)
「自然主義文学の作家は,現実を描くべきだと感じたからではなく,現実を描くとコミュニケーションの効率がよいので,現実を写生していた.同じようにキャラクター小説の作家は,キャラクターを描くべきだと感じているからではなく,キャラクターを描くとコミュニケーションの効率がよいので,キャラクターを参照している」
東浩紀
やおいの作者たちも,恋愛を描くべきだと感じているからではなく,恋愛を描くとコミュニケーションの効率がよいので,恋愛を描いているのではないか?
「内面に特に,男同士の愛でなければならないという切実な動機がなくても,やおいメガネをかけることで「解釈共同体」に入ることができる(藤本由香里)(妄想=解釈の共有可能性の高まり)
恋愛に対する関心の有無には関わらず,恋愛のコードを習得してさえいれば参入可能である
特に女性は,社会的に恋愛が義務化されているので,恋愛のコードに習熟する形で社会化される
「内輪的」な共同性の志向
「普通の人には見えないものが見える」という連帯感
<感情の共同体>(マフェゾリ)
同じ感情を共有する不定形で流動性の高い集団
例:若者グループ,同好会,スタジアムの観客
「美学」「倫理」「習慣」から成り立っている
「美学」:共通の感情を味わうこと,共同で感ずること
「倫理」:集団的感受性の表現
例:やおいの作法(カップリングとして妄想=解釈する)
「習慣」:ある社会的集合体が,それが現にあるようなものとして自らを認識することを可能にする共通のしきたり
例:「おしゃべり」(マフェゾリ),漫画や小説,会話を通じた妄想の表示(やおい)
恋愛のコードによる表現,解釈は,内輪空間の繋がりのためのコミュニケーションツール(北田)であり,感情の共同体を成立させる「倫理」でもある
やおいコミュニティの「内輪空間」
ほぼ女性だけで構成されている
男性向け同人誌の場合,女性だけで構成されるサークルも存在するが,やおいの場合はそうでない
サークルのスペースでの調査によると,「東方Project」の調査スペースでは24%は女性のいるスペースであったにもかかわらず,「ヘタリア」の場合男性がいたのは1%である
”普通の人に見えないもの”=”男には見えないもの”
コミュニティでの男性を拒絶する態度
同人誌即売会での注意書きや,入場禁止などの例もある
同人サイトでも,「男性の方は閲覧をご遠慮ください」と書かれているものもある
男性排除の背景
やおい化されることを嫌う他のファンからの嫌がらせの回避
やおい・BLを嫌悪する男性
男性たちの表現の世界を侵犯する女性への視線の恐れ,自分が「男らしく」ない存在である可能性への怯え(伊藤剛)
ホモフォビアの影響(上野・寺町)
反腐女子的な言説の分析(北村夏海)では上の要素が現に見出されている
もちろん,やおいを愛好している男性に対しては友好的な態度をとっているが,基本的には男性の方が入ってこない
→女性の共同体が成立
4 女性のホモソーシャルな共同体としてのやおいコミュニティ
やおいコミュニティの特質
セジウィックのいうような男同士のホモソーシャル関係とは違って,やおいコミュニティでは特に女性同性愛への嫌悪感や恐怖感がない
むしろ,異性愛が排除されているのではないか
やおいコミュニティに男性が少ないことから,コミュニティで異性愛関係は成立しづらく,また話の話題に登るのは男同士の恋愛であるため,異性愛関係の話題が出ることもほとんどなく,キャラクターをめぐるライバル関係にもなりにくい
女同士の絆が分断されにくい?
ジャニーズファンのコミュニティの場合
ファン被りを避けたい
「邪魔される」「嫉妬の対象やライバル関係」になってしまう?
男性支配社会における女同士の関係は,男性をめぐって分断されやすい(竹村)
→やおいコミュニティでは,異性愛が排除されていることでライバル関係に陥る可能性が回避されている?
やおい愛好者は,同じキャラクターを好きな人同士で友達になる傾向
「でも,何人かとつきあったけど,”彼氏”ってつまんなくねえ?」って言ったんですよ!・・・その一言を言わないように,みんな普通の女の子のフリして頑張って会話してたのにって.
そんなことはもうみんなわかっているんですよ.女同士で話した方が楽しいに決まってるって笑
(よしながふみの,三浦しをんとの対談より)
普通の女の子の世界では,男性に,あるいは恋愛に関心があるそぶりを見せなくてはならない
女性に対して異性との恋愛が義務化されていることの具体的な表れ
女性は男性と恋愛・性愛的な関係を結び,それを維持していかなければいけないとされ,かつその異性愛関係を最重視するよう求められる
自分の価値が異性との関係によって評価される
やおい愛好家の世界では,「いったい何に萌えているのか」が最重要になっている
強制的異性愛から女性を解放し,異性愛が義務化された女性の状況を相対化させる契機になるのではないか
強制的異性愛にさらされない空間という側面
多様な属性を持つ女性たちが集う「おしゃべりの場」
萌えと妄想を共有していれば,既婚かどうか,年齢,職業などがバラバラな人と交流することができる
「男同士を恋愛させながらも,実は男女のこととか,女同士のこととか,そういうことも伝え合ってんのかなって」(インタビュー対象者)
やおい・BLとその愛好者の関係
しばしば,やおいは愛好者自身の恋愛や性に関する問題と結び付けられて批評される
恋愛を描いているから
「ゲイでもないのに男同士の恋愛物語を好むのは,異性との恋愛や性を楽しむことができないからに違いない」という見方
この見方は,やおい愛好を現在の異性愛のあり方に対する不満の現れとみなすやおい論にも通底している
恋愛を楽しむ機会がないから,あるいは現在の恋愛のあり方に問題があるから
→ともに,やおい愛好者は現実では満たされない恋愛や性に関する欲望を,やおいで描かれる男同士の恋愛を通して満たそうとしているという見方が共通
しかし,女性たちが恋愛物語を楽しむ理由は,恋愛に関心があるからとは限らない!
やおい愛好者は,恋愛のコードの知悉し,駆使している
しかし,恋愛のコードが男同士のホモソーシャルな絆を表現し,女同士の絆という結びたい関係を結ぶために機能するのは,「社会的に異性愛が女性にとって高い価値を持つものとして位置づけられ,女性に向けて大々的に宣伝されているから「である
→愛好者自身の恋愛や性というよりも,社会の中で恋愛が置かれた状況に規定している
やおいで描かれる規範的な異性愛形式は,ジェンダー秩序の「再生産」なのか抵抗なのか?
恋愛のコードは,その人の恋愛に対する意識に関係なく利用できる
社会的に,性別役割分業的に振る舞うことが愛の証であり,正しい恋愛のあり方だという関係が強ければ,それは強固な関係性であることを示す「記号」として男同士の絆を表現する上での利用価値が増大する
性別役割分業的な恋愛物語が広く知られていればいるほど,作者と読者の間で共有されたコミュニケーションツールとしての有用性が高くなる
「メインストリームの文化的イメージ,イデオロギー,素材を切り刻み,編集し,再利用」し,男同士の関係を”同性による異性愛”という形で恋愛か
それによって,男同士のホモソーシャルな絆を強固で特別な関係として表現し,妄想を交換し合うことで女同士の絆を育んでいる
5 やおいにおけるジェンダー規範の利用
注釈より
やおいでの性行為への異性愛形式の取り入れ
近代以降の性きはんでは,男女間の性器の挿入を伴うのが正しいとされている.やおいでも,挿入でのセックスが多く描かれている
近代以降の社会ではセクシュアリティが恋愛のコードと結びついている