源氏物語
やっぱり、第一章桐壺がしょっぱなから人死にの話というのがものすごいよな。 どんどん読みすすめていくうちに、この物語には死と病の影が色濃く付き纏っていることを感じた。華やかな文脈で語られがちだけど、根本的にかなり暗い話だと思う。栄華の側にいつも存在する闇みたいな。その闇の部分にむしろ本質があるような。
文が読みやすくて最高
源氏がむかつく、女性たちがかわいそう
はっきりいってけっこう苦痛だしイライラする
紫の上はなんども不倫やめてって言ってるのに尊重しない源氏なんなん?みたいな
そもそも、家に来たばかりの紫の上はストックホルム症候群になっていない? まだ若すぎるうちに関係を強要されて苦しんでいるのは残酷でぞっとするし、見ていられない
これらは、それそのものとしてとらえないほうがいい気がする
源氏はゼウスみたいなもの
つまり、接着剤というか、「結びの糸」
本来バラバラなポリス国家であるギリシアを統合するためのギリシア神話という認識
神話や関係本をちょっと読んだだけで詳しくないから適当だけど
紫式部は、それこそたとえば「上の品」 「中の品」 「下の品」 、それぞれの生き生きとした生活や、その生活やそこで暮らす人々のうつくしさを描こうとしたのではないか。もちろん、宮廷の生活の細々、仏教との関係、世の無常なども。
しかし、ただそれらをそのまま描こうとすると、つながりのない短編ひとつひとつになってしまう
たとえば光源氏なしでそれぞれの女君が、あるいは季節が、場所が主役のストーリーはどうか?
すべてが繋がっていて、流動的で、ダイナミクスがあるこの形で描くためにはひとりの主人公、ひとつの世界観のもと、で描く必要があった
それぞれの女君を、生活を「繋げる」 役割としての光源氏
ひとつの大長編として体をなしているからこそ、奥行きや立体感を演出できているのではないか。そしてそのための「のり」 としての源氏
どちらにせよつらそうな女君が多いことは気になる。それこそたとえば紫の上が苦しむ描写がなければ、読む側としてはまだしんどくはないのだけど…
これは、意思としては抗っているがなぜかそのようになってしまう、自分の力ではどうにもできない"運"のようなものに翻弄されてしまう、つまり「宿世」 「もののけ」 「わざわい」 性の表現だろうか?
明暗の対比、栄華と没落のダイナミクス、明るい場面でもなぜか漂うなんとも言えないおどろおどろしい、あやしい、くらい雰囲気、といったプロット以外の部分に惹かれる。
もちろん重奏低音になっている雰囲気は、親との死に別れ、藤壺の女御の罪の子、「はぐれもの」である源氏や女君といったプロットからくるものでもあるが
「はぐれもの」 な人々
基本的に、貴族社会の「王道」 からはずれている人がおおくないか
源氏とどうしても打ち解けられない葵の上だけが非のうちどころのない宮廷人なのでは。
御息所にしても未亡人であるし
平安時代は、女性ひとりで、親も配偶者もなしに栄華を保つことはむずかしい
源氏自身も幼少期に母親に死に別れてしまっていたり、そもそも諸々の理由で天皇の子にも関わらず「跡継ぎレース」 からは早々にはずされてしまっている…
ほかの女君も、貧乏だったり没落貴族だったり、独り身だったり親がいなかったりする
またこのような馬鹿らしいことがと思い思い読んで行くうちに、ものものしい書き方に眼を眩まされて、後で静かに考えると腹の立つようなことなのが、一寸見には飛び抜けて面白いというようなのもあるでしょう。
うーん、自分の本のことかな? 笑
光源氏もその息子も、もしかして「空気が読めない」のか。
ノーテンキに過ごしてるのは自分たちだけで、周りは大迷惑…ってのを作家本人も描いてる
「こっちはあんたのこと気に入ってないって散々匂わせてるのにぜんぜん察せないの、ムカつくのを通り越してなんかかわいそう…」by落葉の宮
滑稽さみたいなものがある
紫の上はどうして、あんな薄っぺらい妙な男をずっと慕っていて浮気に悩んだりしているのだろう?と疑問だったけど彼女は親もいないし親戚にも疎まれていて孤立無援なんだよな。ここで源氏とうまく行かなくなってしまうとひもじい思いをすることになる。そりゃあ、怖いよね…
まあkana.iconからしたら、他人に生殺与奪をにぎられているその構造がいちばん怖いんだが
光源氏とBLしてた左大臣家の息子がなんだかんだいいパパになっているの微笑ましい。雲居の雁は実家が金も家柄もあるんだから、さっさと離婚して実家帰ればいいのにね。左大臣家はきっとたのしいよ…
ここらへんは『光る源氏の君』中公文庫刊に詳しいのですが、それぞれの愛憎劇について「紫式部は自分が書いたものをすべて正確に記憶していて、同じパターンがまったく出てこない」というの、すごすぎる。似たケースが出てくるのは、伏線回収(桐壺帝と更衣≒光源氏と紫の上とか)、というのもすごい。
「こんなに好きでもっと逢いたいのに…逢えないなら夢の中に生きたい…」とメソメソする光源氏に対して「世間体が悪すぎる…」と頭を抱える藤壺、そこに散らかった衣服を集めて持ってくるお手伝いさん(つまり「おまえもう帰れ」と)。この凄まじいリアリティが、紫式部の作家的天才性だと思うのです。
@tarareba722: 朧月夜はそれに対して「(また逢いたいなら)探してごらんなさい」と言うという、危ないやり取りが成立したわけです(朧月夜は光源氏の兄に嫁ぐ予定であり、しかも政敵の娘でした)。シェイクスピアが『ロミオとジュリエット』を書く約600年前に、こんな危険な出会いと関係を紫式部は描いたわけです。 public.icon