友だち幻想 ーー人と人の〈つながり〉を考える
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商品情報
商品番号 : 5591204998330
対象読者 :
主に、「友だち」 のことでいままさに悩んでいる若者 (ちくまプリマーの対象年齢からすると中学~大学生ってとこか)。
目的 :
人と人とのつながりについて見直す。「友だち」 や「親しさ」 についてとらえなおし、考えを深める。そのようなきっかけを作る。
問題意識、新規性 :
日本の若者は、友人や人間関係を重視している人が多いようだが、現実には、身近な他者をめぐる悩みや問題をかかえている人が多いことにたいする問題意識。
いじめ、ひきこもり、同調圧力、など
身近な人とのつながりが大事だと思っており実際に行動しているにもかかわらずうまくいかないのはなぜだろう?
今までは無条件にポジティブなものとして考えられてきた「みぢかなひととのつながり」 や「親しさ」 のあり方をとらえなおすという視点。
商品説明
友だちは何よりも大切。でも、なぜこんなに友だちとの関係で傷つき、悩むのだろう。人と人との距離感覚をみがいて、上手に“つながり”を築けるようになるための本。「みんな仲良く」という理念、「私を丸ごと受け入れてくれる人がきっといる」という幻想の中に真の親しさは得られない。人間関係を根本から見直す、実用的社会学の本。
「人と人との繋がり」の根本的見直し
現代社会で求められている「親しさ」とは何か?
「友だち幻想」とは
みんな仲良く
いつでも心が触れ合っている
「自分のことを100%受け入れてくれる」
このようなものが「ともだち」だという発想
人は一人では生きられないのか?
従来の「ムラ社会」,共同体で暮らしていた時代には,たしかに現実問題として一人で生きていくことは難しかった
「村八分」によって,ほんとうに根本的に生活インフラや物資が途絶えてしまう 現代の,貨幣経済,そして通販やコンビニが発達した時代では,一人で生きていくことはできる
とはいえ,実際のところは難しい(人付き合いを求める側面がある)ので,では現代においてどういった人付き合いの作法を習得していかなければならないのか?
「親しさを求める作法」の違い
同質性を前提とする共同体的な作法(凝縮された親しさ)から脱却する必要がある
昔は,学校などでもみんな(の親)が顔見知り,など地域の結びつきは強かったが今ではたまたまそこに住んでいる,という状態
人と人との距離感の見つめ直し,気の合わない人とも一緒にいるための作法
2種類の人と人との繋がり
目的はあくまでつながりの外にある場合
出世,儲け話,など
つながりそのものが目的の場合ー「交流」
友人関係,家族関係
(実際には重なっている場合が多い)
友人がいることで試験問題を見せてもらえるだとか,仕事の同僚とも気が合うだとか
つながりにおいて何を求めているのか?
「幸福」になること
幸福の本質は?
「自己充実」「自己実現」
やっていて楽しいことや,向いていることに取り組む
「他者との交流」
つながりそのものが持っている喜び
子育てなど
見返りがなくても,なにもしなくても,共にいるだけで幸福を感じることができる
他者からの承認(重要)
なにかを人から認められる,世間から高く評価される
承認をめぐって争いが起こることもある
兄弟関係,クラス,出世,三角関係など
「他者」
自分以外の全ての人間
自分とはちがう考え方や感じ方をする他の人間なのだ,と捉える
「他者」認識によって,「自分」も明確になる
2種類の他者
1.見知らぬ他人
2.「身近な他者」
「異質性」
親しい人間であっても,自分と違う性質を持っている
気の合う,信頼できる人間でも,自分とは違う価値観や感じ方を持っている「異質性を持った他者」
→マイナスの方向を持つわけではない!
異質性理解のない場合の例として,「ストーカー」などがある
他者の二重性
①脅威の源泉
怖い存在
「身近な他者」であっても,悪意のない一言などでダメージを負うこともある.やはり「怖い存在」でありうる
②「生のあじわい」の源泉
他者からの承認による満足感
→この二重性が厄介である
①の立場を強くとると,他者からの承認が得られず,充足感が得られない
②の立場を強くとると(「みんな仲良く」の態度),無意識の言動で傷つくなど,脅威に晒される可能性も高くなる
なぜ,その場にいない人の悪口を言うのか?
その場の親しさを確認し合うため
ただし,「その場にいないと自分も悪口を言われる→結果として,排除されるかもしれない」という不安が生まれる
みんなが知っていて,自分だけが知らない情報がある,ということへの不安もある
例:ママ友の長話
楽しいという側面もあるが.自分だけが知らないという状態になること,あるいは仲間外れになること,がなんとなく不安で加わっているという側面もある
「同調圧力」
例:メールのやりとり
メールを出したほうは,返信がないことが不安である
返すほうは,すぐ返さないと,というプレッシャーがかかる
→心が休まらない状態を,お互いに作りあってしまう
例:学校での友人関係
「本当に自分で選んでそうしているというよりも、一人だけ浮いてしまうのが恐い、ノリの悪いヤツと思われるのは嫌だから、つい周りに合わせてしまう」
自分の好みとは関係なく、みんなと同じような制服の着崩し方をする,今流行のバッグなどを友だちといっしょに持ったりする
流行っている若者言葉をつい使おうとする
ネオ共同性
「ムラ社会」
生命維持の相互性
「ネオ共同体」
不安の相互性
多くの情報や,多様な価値観の中で,自分なりのものを打ち立てられない
「群れる」ことで不安から逃れる
同質性から,並存性へ
同調圧力,ひいてはその一つの結果としての「いじめるーいじめられる」から抜け出すためにはどうしたらいいか?
「同質的共同性」
共同性という人間性の本質が,「同質性」をとりわけ強調されて現実化する性質を持つ場合.
「抽象的共同性」
共同性が,抽象的な形で具現化したもの
例:貨幣
直接的依存から,間接的依存へ
世界レベルでの,他者たちの活動への依存へ
例:服の縫製は?コーヒー豆はどこから来る?
生活基盤が,目に見えない多くの人たちへの間接的依存によって支えられるようになったことで,身近な他者との関係は親しさや暖かさを純粋に求める時間的余裕や,意識の変化が生まれた
共同性の二重のあり方に,現代人が対応できていない?
貨幣―経済的ネットワークを背景にして、各家庭ごとのあるいは一人ひとりの活動の自由や多面化が進行しているにもかかわらず、「みんないっしょ」という同質性が強く求められる
人びとは一方で個性や自由を獲得し、人それぞれの能力や欲望の可能性を追求することが許されているはずなのに、もう片方でみんな同じでなければならないという同調圧力の下に置かれているというあり方に引き裂かれてしまっている
現代では,身近にいるからといってみんなほぼ同じというわけではなく,自分とは違う振る舞い方,違う考え方や感じ方をする人々と共に過ごさなくてはならない
「気の合わない人と一緒にいる作法」が必要!
「同質的共同性」の人間関係
みんな仲良く,いつも心が通じ合っているといった前提
誰でも友達になれるという前提
例:小学校などの教室運営,「一年生になったら」の歌詞に象徴される感覚
実際は,偶然の集まりの中で気の合う仲間や親友に出会えることは「とてもラッキーなこと」なのではないか?
「並存性」の重要さ
偶然の関係の集合体の中では,むしろ気の合わない人や苦手な人と「並存」「共在」できることが重要である
「並存性」の実践
やりすごす
無理に関わるからこそ,こじれる.距離を置くことが大切
例:ルサンチマンがいじめにつながる
「人は人」「ある程度,どうでもいい」と距離を置くことで解決する場合もある
濃密な関係から,あえて距離を取ること
「ルール関係」と「フィーリング共有関係」
お互い最低限守らなければならないルールを基盤に成立する
「これさえあればあとは自由」というもの.縛りつける「規則」「秩序正しさ」とは違う
全体としての自由は,ルールの共有がある限りで成り立つ
そうでなければ,ある一定の力を持つ人だけが自由で,ほかは不自由ということになってしまう
例:交通規則
赤信号では止まる,というルールをみんなが守ることで,ちょっとくらいスピードを犠牲にしても安心・安全にある程度のスピードで目的地にたどり着くことができる
ルールはお互いの安全のためにある
「殺すな」というルールは,自分の身を守ることにつながっている.リスク管理
ムカつくからといって攻撃すれば,自分が攻撃されるリスクも同時に背負うことになる
「ルールのミニマム性」
最小限これだけはというものに絞り込むことで最大の効果を発揮する
「フィーリング共有関係」
共感,気持ちの共有
ルール関係が成立しないところに,フィーリング共有関係の成立はあり得ない,
この二つを区別して,使い分けができるようにならなければならない
例:職場の関係
もちろん,フィーリング共有関係が成り立っていると雰囲気は良くなる,業務がスムーズになるという側面はあるが,かといってルール関係がない場合,「あいつは気に入らないから仕事を回さない」ということにもなってしまう
「いま・ここ」ではどちらの関係をより優先すべきなのか?を判断できるようにならなければならない
「親しさか,敵対か」の二者択一ではなく,「態度保留」という真ん中の道
例:サバンナの動物たち
親子の関係について
双方とも良好な関係を保っていくためには、お互いに関係のあり方の変化をとらえ直して、現在に一番フィットしたつながり方に適宜すり合わせていく必要がある
他者性ゼロからのスタートであるが,次第に他者性を認めていくという方向へ
子どもが口で言っている表面的な言い方や勢いに惑わされず、自分の子がどの程度まで成熟してきているのだろうかということを見極めながら、子どもを支える力が親には求められる
大人になるとはどういうことなのか?
経済的自立と精神的自立
精神的自立について
「自分の欲求のコントロール」と,「責任の意識」
「人間関係の引き受け方の成熟度」
それなりにきちんとした態度を取り,他者と折り合いをつける
「限界」について
「若者の無限の可能性」ばかりを重視しがちではないか?
そのせいで,学校と,より大きな世界でのギャップに戸惑うこともある
どんなに自分が出来ると思っていることにでも、世の中には必ず「上には上がいる」
「どんな活動のジャンルにも、ものすごく努力して一流をめざそうとしている人とそうでない人たちがいる、活動のジャンルそのものには貴賤はない」ということ
立場の違う人との関わり方?
教員と生徒の関わり方は,高校までと大学からで違いすぎていないか
「ノックしてから入ってきてくれ」といったり,「言葉遣いを気をつけて」といっただけで,距離を置かれた,嫌われたと感じてしまう学生もいる
フィーリングの合う人とばかり付き合うというわけにはいかないからこそ,ある種のルール性の元での関係づくりに慣れていくことが必要だし,「異質な他者に対する構え」のようなものを構築しなければならない
「傷つきやすい私」との付き合い方
フィーリング共有関係の友達同士での,「フィーリングの違い」
ちょっとでも違うと関係性を放棄してしまうのでは,力がつかない
それはそれとして,違った形でフィーリングの繋ぎ方を深めるきっかけとして受け取ること.
信頼できる「他者」を見つける
信頼はできるかもしれないけど,他者なのだから全て受け入れてもらえないこともある,と理解する
理解「しようとしてくれる」人と向き合う
自分を表現することに対する恐れ?
自分を伝えきれないという気持ちがあるのか.
どうせ他者なのだから,理解してもらえるとも限らない,とある種の諦めを持って置くことで,克服できるかも
受け身の立場を取ること
相手の働きかけに,きちんとしたレスポンスをとる
なるべくいろいろな人の言葉に耳を傾ける
一方的にまなざすばかりで,まなざしを回避していないか?
「ムカつく」「うざい」などの言葉による,異質な他者のシャットアウト
「かわいい」「やばい」などの言葉
対象の特徴の間の微妙な差異を感知できなくなってしまわないか?
言葉というのは、自分が関わっていく世界に対していわば網をかけて、その世界から自分たちなりの「意味」をすくいとることによって、自分たちの情緒や論理を築き上げていく知的ツールなのです。自分が世界をどう見て、どう感じているのか。そこを、自分なりの言葉ですくいとってくると、いろいろなものが得られるのです。 不安感から脱却するための、手っ取り早くて楽な近道はありません。それなりの労力を伴います。そのためには生のあじわいの深度を深めることにつながる言葉を、少しずつ地道に自分のものにしていくことがまずなにより必要になるのです。そうした言葉のストックが増えていけば、それまで漠然としていた自分の問題に、なんとなく輪郭をつけてとらえられるようになります。もちろんそのことが自分自身のなかのもやもやした不安感を解消することにすぐにつながるとは限りませんが、でも、自分の生きている形のようなものの輪郭をとらえる手がかりをつかむことはできますから、自分が何を恐れ、何に不安を感じているのかが少しずつ見えてきます。社会学の用語でいうと、「自己対象化」あるいは「セルフモニタリング」の力を身につけることによって、自分と他者とのつながり、自分と社会との関係が少しずつ見えてくるようになるのです。 本を読むことは,本との「対話」である
しかも,実際の人間との対話とはちがって,納得するまで時間をかけ理解を深めることができる
多くの本を読むことで,異質な他者を多く自分に取り込める
実際のつき合いではそんなにいろいろなキャラクターの人とコミュニケーションすると「人疲れ」することがありますよね。でも本を読む上では作者でも登場人物でも、いろいろな性格の人と比較的楽に対話することができます。その結果、少しずつ自分の感じ方や考え方を作り変えていくことができるわけです。
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読書についての章の引用は,個人的な感じ方と一致していた
自分は人付き合いが苦手で,だけど人の意見や考え方を知ることが好き
たとえば,エッセイやブログを読むのは大好きだ
その理由は,
リアルタイムではないこと(自分で納得いくまで考えられること.見返せること)
どんな性格の人とも楽に対話できること
現実であれば,ちょっとでもミソジニストっぽい人とか,ジェンダー規範の強い人とは一言も喋りたくないけど,もう死んでる著者だわと思うとストレスがない
もはや,本が友達でよくない!?!?
三角関係は作品の中に取り入れられることが多い.性別、外見ありきの”恋愛”に全く興味のない立場からすると何が面白いのかさっぱりだったけど,普遍的な「承認をめぐる争い」であると捉えれば,(ひとめぼれ的な,というか性別や外見ありきの,というかそういう)恋愛が楽しめなくてもなるほど面白く理解できるかもしれない
アベルとカインなんかも,三角関係の一種なのだな。
言葉についての引用が気に入った.
気の合わない人とうまくやるのは得意でも、むしろ距離感が近い「他者」 と関われなくなるのだけど。こういうときは結局具体的にどうすればいいのかはぜんぜんわからなかった
「自分が世界をどう見て、どう感じているのか。そこを、自分なりの言葉ですくいとってくる」 はだいじだな
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