八本脚の蝶
【著者】
二階堂奥歯
とにかく,安易な回答には決して飛びつかないこと.瞬時にして幸福にしてくれるなにかがあったらそれとは一線を画すこと.感情なんていう一番安易に動かされるメカニズムに足を引っ張られてはいけない.
「神」のくれる幸福をかいくぐって,どこまで行けるかを知りたい.
私はマゾヒズムとは受苦を通じた個からの解放にあると思っています.
読む者としてのあなたの限界が,書物としての私の限界である.
世界に美しくあろうとする動機はないし,美しいままに私達を待っているわけでもない.私たちが美しさを発見するとき,それは忘れ去られていた美しさを思い出しているのではない.私たちが美しさを忘れ去るとき,美しさはまた誰かが思い出してくれるのをどこかで待っているわけではない.
私たちは時折,人類の夜明けの時代に想いを馳せて,最初の詩,最初の音楽,最初の一言,最初の約束について考える.いったいこれらの魔法は,どのようにして始まったのか?
(中略)たとえ思い出にもならないありふれた一瞬であっても,それはすべて,もしも人類の夜明けの頃に起こっていたなら,人類史を変えてしまったであろう一瞬である.長い長い年月を経て,私たちは,魔法を日常にしたのだ.
一登場人物である二階堂奥歯が物語を動かすことはほとんどできない.でも「私」には,その物語を読むこと,読み取ること,読んで解釈することができる.
今読むとちょっとヘテロすぎてきついなってとこある
一冊の本ではない。沢山の本は有機的に絡みあい、本の集合体として私を変えた。変えられた私はあらたな選択眼であらたな本を読む。かつて読んだ本はあらたな文脈に基づき読み返される。そうして作られた私と本との結びつき。本によって作られた世界観で私の世界は変わり、私の世界観によって本は違うものとして読みとられる。
世界のどこかに、すべてが書かれた一冊の本があるという夢を持つ本好きは多いはずだ。
ある意味我々はその本を既に手にしている。今手に取った一冊がその一頁、その一つの脚注であるような、膨大な集合体としての本を。