音楽における「かわいい」の地位
https://youtu.be/h76znbAAMiM?si=uCPKK1j-I2GwOcYC&t=2946
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ぶっちゃけ「かっこいい」ものの方が好きだが、案外「かわいい」の系もファイバリットに存在している。
比率が低いのは批評的な問題(言説の影響)であることはおそらく間違ってないし産業構造的な問題であることも確か(相対的に作り手側のチャンスが少ない)
でも「平成」とか「令和」の記号に結びつく、いわゆるな「かわいい(kawaii)」は全然好きではない。 ダサダサ平成かわいいもダメ
浜崎あゆみが割と面白いという話題は知ってるが別に聴いてない、というのを補足。
リリース多すぎて追いかけるのダルいからどれがおもろいのか誰か教えてくれ。
歌の無理してる間が無理過ぎるからそもそも聴く対象にならねえんだよな。
「かっこかわいい」みたいなのも好きじゃない。
「強いかわいい」みたいな話は動画内で出てくる(1:04:00くらい)
「男性的かっこいい」を意図的に選択した女性の音楽も別に好きじゃない。
素でかっこいい女性の音楽とかはいいなって思うけど
男性的演奏力みたいなのが働き過ぎててかわいいもんとして聴けないのかもしれない。
「ウケる」の文脈であればそういう「かわいい」もまあ許せる(≠好き)んだけどな じゃあ「感傷的な女性像」が出てる音楽はどうなのか
90's emo自体がサウンドはともかく思想的にはぶっちゃけかなりくだらない音楽だと思うのだが が、emo系のミームとか見てると(ポップス研の頃の経験も含め)現象としては案外おもしろい。 それ故に感傷的女性音楽もぶっちゃけかなりくだらないと思っている。「ぐっと来るね!」ってだけ。
男が同じことやってても同じ感想に至る。
感傷的なお前なんかに興味ないし、その結果としての音楽もつまらないんじゃ救いようがないね、という感想。
いや、思想的につまらないから音楽もつまらないとまでは言わないのだが、思想が脱色された結果、感傷に浸るという最も手近にある自閉症的な仕草にたどり着いてるところが雑魚すぎると思っている。
フェイバリットの中で「かわいい」と思うもの
「母が幼児と接するときのかわいさ」なのかもしれない。
俺のマザコンセンサーが反応してるのかもしれない
https://open.spotify.com/intl-ja/track/6or2YgUidwMdXaiOBljx2j?si=11fa73d10b2543fd
妻いわく
マザコンみは、うーん
もうちょっと対等
わたしの可愛いに上下関係は無い
フラットな単品さ
ぽつんとしちゃう感じ
なににもつながってこない単品さ
接続は大人のすることなんだよ
ヤバい、男にわからない純粋かわいい概念だ。
いや、かわいいは女性性じゃなくて子どもだって話なのかもしれない。
つづき
一曲かわいい!って思って同じアルバムの他の曲聴くとほかはかわいくない
わたしが一曲ばかみたいにリピートする理由がこれ
is this itだけは例外
理由を考えてくれ、ぜひ
逆にいうと、アルバムに一曲は可愛いのが必要なのではとも思った。
このアルバムで1番可愛いのはこの曲(カジヒデキ/Half time) ちなみにカジヒデキほか渋谷系をかわいいに挙げるのはつまらん人間のすることだと思っています
音楽における怒りとの位置関係はたぶん大事だろうな
挑戦状だ。。。
それはそれとして結構重要なことを言ってる気はする。
ページ化した。
ceroも初期はかわいい
https://open.spotify.com/intl-ja/track/5LZqTuoj8d9VGy5PckAJJG?si=3921ba155a484d2a
https://open.spotify.com/intl-ja/track/78Jo4U04Gd0a4mLpMCluOA?si=67326cf2a2f74354
僕の妻が好きそうな音楽、だいたいかわいいんよな。
ビートルズにかわいい曲が異様にいっぱいあるの不思議だ。
https://gyazo.com/ebc742806164808af0c556f34b18e519
妻からビートルズには気をつけろと言われた笑
妻はプログレ好きだけどかわいいのあんのかな?
YESに部分的にあるらしい
YESは可愛い系プログレな気がする。Kai.icon
https://open.spotify.com/intl-ja/track/1nyLujWRDFnsuKkz1Iq387?si=ce4688a57f094898
Caravanとかも可愛いプログレ(カンタベリー)Kai.icon
https://youtu.be/Bb7Jry8UOAQ?si=WfQLq-F33vtRpW-A
まあHyperpopが流行る前に勝手にハイパーポップしてた人たちって感じだから、ハイパーポップといっても差し支えはないと思うのだが、なんかハイパーポップで登場しがちなかわいいとはちょっと違うんよな。 調べてみたらNYCバンドでワロタ
自分の中のホモセクシャルな琴線に引っかかるが、まあこれは単にフェチ。
キメェと思う瞬間もあるが中村一義の声も稀に可愛いと思う。 男として「かわいい女性」を見て本当に死にたくなる、という現象がある
k-popのmvとかアニメのopとかのイマジナリーな女の子の仕草や挙動を見て死にたくなるのは、それに圧倒的になれないから。
アニメを過剰摂取している結果、3ヶ月に1回くらい死にたくなるというか心臓がキュッとなることがある。
ページ化した
こういう「性差に関連する不可能性と絶望」を落とし込んだ音楽ってなんなんだろう。
まあそういう好き嫌い/受容/分類の話はともかく、音楽に「かわいい」が内在しうる、は確かだし、批評/メディアの言説を受け取ったリスナーに、内在する「かわいい」をまっすぐに受け止められない、下手すりゃ識別すらしない状況があるのも確か。
なので批評家はまあがんばったほうがいい。
作り手の正しき態度があるのかは知らん
「かわいい」に限らずこの手の問題において作り手は免罪されるわけではないが、そもそも責任が発生しているのかが謎。いつかは理論的根拠を考えないといけない。
これが「南方の得体のしれない音楽に内在するなにか」とかの話ならば、単にニッチとして何をキュレーションするかの話なので好きにしろって話だが、「明らかに市場に存在しててオーディエンスも大勢いる音楽に「かわいい」が内在しているにも拘らず、それを受容できない状況をメディアが再生産している」という「目に付く抑圧」の話なので。 algrah_8371.icon
あの人の場合は、温もり的な人情深さのあるエレクトロが故の可愛さ
ウォーム的な
原始回帰みたいな
わかるkbyshwtn.icon