アニクラの発祥
アニクラって何が発祥の世界なんだろう。kbyshwtn.icon
んな『ごちうさDJブレンド』のリリースや、『ご注文はDJ Nightですか??』の開催は、近年のアニクラ文化の発展に礎を持つ。そして、その発展には、東京・秋葉原に所在する秋葉原MOGRAが深く関わっている。同店は、2009年8月にアニソンDJバーとしてオープンし、アニソン原曲を用いる『アニソンインデックス!!』や、リミックス楽曲の使用を主とする『ANISON MATRIX!! -アニソンマトリクス』などのイベントを毎月開催。川崎・club 月あかり夢てらす(神奈川県)とともに、当時の関東において黎明期であったアニクラシーンの発展に大きく貢献してきた。また、MOGRAとともに、シーン発展の一翼を担ったのが、都市型野外音楽パーティの『Re:animation』(リアニ)だ。同イベントは2010年12月より始動した、リミックス音源を主とするアニクラであり、これまで新木場ageHaなどにて不定期で開催。現在は全国各地で開催されているアニクラだが、当時はまだクラブでアニソンを流せる環境や文化的背景の理解が整ってはいなかった。そんなアニクラ文化の発展要因のひとつとして、ファッション、音楽、アニメを軸に、2000年代半ばから後半にかけて渋谷にて開催されたイベント『DENPA!!!』の存在がある。あわせて、MOGRAやリアニの影響によるアニソンDJの増加及び彼らによる地方での小規模アニクラの開催、そしてMOGRAやリアニのフォロワーの増加が挙げられる。アニクラはこのような歴史を踏み、2010年初期から中期にかけ、地方都市や海外でも開催されるようになった。 秋葉原MOGRAが「アニソンDJバー」としてオープンしてる時点で発祥ではない気もするが。
もってけ!セーラーふく Re-Mix001が出たのは2007年。平成初期はリミックス企画が乱発されてた記憶があるし、ネットレーベルも最初期はこれくらいの時期だったと思うので、そのあたりで現場に出てくる人もいたのかもしれない。 ヲタ芸との結びつきも多分2000年代には始まってたのでは? ヲタ芸の起源はもともと1970~80年代に生まれたアイドルを応援する掛け声や動きで、2000年代にハロー!プロジェクトのコンサートで「オタ芸」という名称が生まれました。そして2009年、ギニュ~特戦隊という団体により、ペンライトを持ってオタ芸を行う文化が発達し始めました。
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遅くとも1997年12月9日のナイナイナ第29回「矢部に趣味を!(嘉門洋子、水野あおい)」というテレビ番組でオタ芸の様子が日本全国に放送されている。それ以前にも、水野あおいのコンサートでは毎回オタ芸が行われていたようである(ライブビデオの音声にオタ芸特有の掛け声が記録されている)。2000年代に入って前述の応援スタイルに踊りが加わるなどして多様化し、ハロー!プロジェクト系コンサートにおいて「オタ芸」という言葉で認知されるようになったとされる。特に、2002年9月4日の「ロマンティック 浮かれモード」の発表が切っ掛けとなり、数年を掛けてお茶の間の目に触れる程度にまで広まったと言われている。しかし、当時はアイドルへの応援活動が一般的な趣味としては捉えられておらず、2005年放送のテレビドラマ『電車男』でステレオタイプなオタクの姿が全国ネットで放映された影響もあり、少なくとも2000年代末まではアイドルに陶酔し切ってファンが応援する姿に対して「幼稚である」「常識に欠けており危険」などと言った批判の声も多かった。その後2006年頃からYouTubeやニコニコ動画などの動画共有サービスを中心としてオタ芸的な各種パフォーマンスの様子が広く拡散し、オタク文化の魅力が一般人にも伝わるようになってきたと共に、Jリーグ・川崎フロンターレの選手が2007年のファン感謝デーで「ンタ芸」と銘打ったパフォーマンスで行うなど、一般にも広く認知されるようになってきた。2014年頃までにはアイドルやアニメも一般的な娯楽となり、オタ芸を行うことを主体としたイベント・ライブも頻繁に開催されるようになっている。 関西発祥という話も
@DJTakuma2k: ごめん、カオフさんやアニデラさんなど、アニクラは関西から発祥させたと僕は思ってるので、そこは違うと思いたい。リアニさんが屋外型イベントとして打った功績は認めるけども>RT 大体兵庫やぞってニキも
どの場所ではじまったか、でいうと同時発生っぽい
第九の源™ @genthe9th
2003年頃にすでにダンパがあったという話も。
vj novu @vj_novu
MAD(mp3や動画)がネット上に存在し始めた1999年ぐらいからwebやら同人界隈に居ますが、個人的には原曲中心のアニクラはコスプレダンパの系譜だと思ってます。地方でも2003年頃にはやってましたし
まあ転換点というか、今の主流派みたいなのが生まれたのは2007年頃なのは確かなんだろう。
須藤玲司 @LazyWorkz
アニソン+クラブの歴史を語るなら、1994年の第1回コスパ@芝浦GOLDをまず最初の基準点にして、前史とコスパ以後に区切るべきなんじゃないかなーと思ってるけど、このへん異論はあるのかなー。
現場でアニソン流すという歴史時代はもっと古そうなのでよくわからん。
火を付けるのには一役買ってる、くらいか。
ちゃーりー@sirrow
なんとなく思うのは、2008年~2009年以前の同人音楽界隈とそれ以降の国産ネットレーベル界隈ではプレイヤーが全然違う。なんか、歴史の分断が明らかにある気がする。
ネットレーベル自体が自主規制によって準備されたもの、という指摘。
ロックスタァ@SUKIMONO
@kazuakih @sirrow そのremixをニコ動に投げる文化と、それをまとめるDJMixにアングラニコニコremixリンク誕生からがそのβ以後の話では?
@kazuakih @sirrow その、投げていいっていうのと、シェアするっていうルールがニコニコで成立して編纂するタグとmixが出来たことが始まりですね。
@kazuakih @sirrow むしろその混沌とした場所をまとめる為でしたね、これがないとネットレーベルは発達しなかったはず、ラストトラックの微笑みの爆弾もこのディグの中から見出されました。
超長いまとめあった
2013年時点で「少なくとも10年くらいの歴史がある」らしい。
コスプレダンスパーティ、略してダンパという軸もあるらしい。言われてみれば確かにコスプレパーティーみたいなのやってるな。あれアニクラじゃないのか。 このへんは「同人音楽界隈」と一旦くくろう。
多分MADテープの最初期とかは界隈といえるほどのまとまりもないと思うが。
親和性はあまりないらしい
須藤玲司
@LazyWorkz
@sirrow MADテープとクラブはほぼ無関係でしょう。MADビデオに進化したあと、現在は二極化して、ライト層はニコ動へ、少数のコア層は地下に潜って秘密上映会。
2013-03-14 00:57:37
須藤玲司
@LazyWorkz
@sirrow MADテープの流れをくむような伝統的なMAD業界は「上映会」という別の文化を持ってて、クラブとはあんまり親和性がよくないかんじです。
これは個人的な記憶だけど、90年代後半くらいにはすでに「オタクとクラブの連結」は行われていたようには思う。
Ex-man/ なせ @cdjtype100
@gamsic @omae03 @takauke @REV_TUNE 正直に書きますが、リッジレーサーのサントラ収録のロッテルダムテクノ風リミックス聴いてゲーム音楽とテクノの近くて深い谷を感じて当時すごくションボリしました。 omae03 @omae03
@cdjtype100 @gamsic @takauke @REV_TUNE リッジを聴いて同じような印象受けたからワイプアウトとか攻殻はテクノアーティスト使ったのかも知れないですね
須藤玲司 @LazyWorkz
@sharpnelsound アニソンRemixの流れは大きく分けると、90年代後半のナードコア系第1次ブーム、ゼロ年代前半の葉鍵同人系第2次ブーム、ゼロ年代後半からのハーコー〜Denpa〜現在の第3次ブームがあると思ってますが、全部通り抜けてきている方としてはいかがでしょうか。
Ex-man/ なせ@cdjtype100
@omae03 @gamsic @takauke @REV_TUNE 同じ頃に外注のゲーム音楽リミックスがセガやナムコやSNKから出てきて、それなりにいいものも多かった印象があります。鉄拳リミックスとかレイキースのコレとか→http://t.co/WoGwzAnxlO DJ SHARPNEL⚡️VRDJ@sharpnelsound
@LazyWorkz ざっくりとした感触だとDenpa!!!近辺からはアニソンREMIXをフロアでDJで掛ける人が増えた気がします!作り手のLivePAとしてでなく。
原曲主義界隈
原曲主義を掲げるOTAKU CHRONICLEは2004年スタート。当初のオーガナイザー・コーキさんは新宿二丁目のゲイクラブのピースフルな雰囲気を大好きなアニソンで表現したいということで始められたそうです。 プレイヤー目線だと
MIKI二階堂
@miki2k
アニクラ系譜とは外れるけどうちのアニソンDJとしてのプレイの根っこはHOUSEとR&Bで90年代当時の新宿の歌謡曲ナイトのスタイル取り入れてた、その上で爆音娘。とのコラボで影響受けた部分もあるしでこういう繋がりって見えない部分で異なる分野と関係してるもんだと思ってる
作って直ぐかける文化
いぬ
@inu
「作ったものを、すぐかける」なら、カセットテープでよくやってました。渋谷のパラディアムでは、オープンリールも置いてもらったので、ポン出しで作ったばかりのリミックスかけてました。 パラディアムは、JG'sの本拠地といえるハコで、サンプラーやSPXなどフル装備してたので、特殊な環境だったかもしれません。
新宿近辺のイベント群
1988年ぐらいに「サバト」というオタク向けクラブイベントが開催。スタジオを借りきって音響持ち込みでプレイ。その2年後くらいに大塚でクラブイベントがスタート。その後は拡散してダンパとアニクラが曖昧な時期があり、90年年代に大箱でのイベントが多発。 90年台だと新宿リキッドルーム、川崎チッタ、新宿コード、渋谷オンウエストなどで開催。同時期に並行して新宿で3つのクラブがイベントを開催。絵夢、ハイタイム、ロックウエストの3つが活性化してクラブイベントを重点的に行う。新宿三国志時代とも言われる。 ダンパのカテゴリーに入るかもしれないが、神楽坂ツインスターや六本木ベルファーレ、芝浦GOLD、マハラジャなどでもコスプレイベントが開催されていた。あるいみ第一次隆盛期が90年台のあたり。ここからクラブは一旦加工したと思われる。
次の分岐点が自分にはちょっと知識が薄いのだが、電刃になるのではないだろうか。
あー漏れてた、大塚のクラブイベントはデイライトです。
大枠をまとめれば、「同人音楽界隈」と括るしかないような超雑多なアングラカルチャーがまずあったと。で、中には現場でも活動してる組がいて、そのへんから徐々に分派しつつ各々デカくなったり合流したり分派したりを繰り返して、ネットで可視化されるようになった今、わかりやすいDJ/VJ/ダンスカルチャーとして「アニクラ界隈」のようなものが立ち上がった、という感じだろうか。 雑すぎるので取り消し
わかりやすく「村」的発想が必要になる歴史だ。
単線的でも複線的でもない歴史観。
が、もはや歴史を書くことなど不可能に感じるほどぐちゃぐちゃなクラブカルチャー全体よりは書きやすそう。
日本のクラブ史を書くだけで多分一生を費やすことになる。
技術面の発展(による参入障壁の低下)とか、地域史としてのアニクラ、みたいな切り口もありそうではある。
というか本気でやるなら地域史として書くのが一番最初の作業になる気がする。面白くもなんともない作業だと思うが。
@kouki_izumi: 恐らくアニクラ発祥と思われるDJのセトリ事前提出文化、そういうのがあるとこにはないしないとこにはないって了解できてるから今はいいんだけど(仮に出してって言われても出さないし)、初めて提出を求められたときはそんなことする理由もわからなかったから面食らったなあ VJとの兼ね合い?
まあバンドも一応セトリ表あるけど、それをなぞっただけか?
逸れるが、本当に全く歴史がない音楽文化として、ローカルSSWの音楽が挙げられるkbyshwtn.icon
呼び屋もスタッフも客も本人すらもうっすら「この場が良ければいいし、後日語るに値するようなものではない」と思っている。仮にちょっと売れて東京とかに進出してみてもコンテクストが切れてしまって、自らMCや歌詞で語り直すしかない。
というのは言い過ぎでこっそりと語り継がれていたりはする。
6~80年代のレジェンド枠で今はしがない歌唄いをやってる人とかも日本中を巡礼してて、地方での実質的な格は似たようなもので共演したりもする。そこから生ずる諸々の語りにくさもある。
本当にその音楽に価値はないのか?と問われると意外にわからない。たまに面白いのはいた。