年表
comari.icon曖昧なので整合性が取れない箇所あるかもしれないが許してくれるね
ありがとう
2003~2006年ごろ
原初体験として母親がブラウザで上海をプレイしていたのを膝に乗って眺めていた記憶がある。
そこからたまに使わせてもらい、兄といっしょに『ポピーザぱフォーマー』の無断転載などを見ていた。
学校で友達におもしろフラッシュを教えてもらい『ハゲの歌』や『オラエモン』にハマる。
また2006年頃はメイプルストーリーにドハマリする。
2007年
youtubeでドナルドが湾曲する動画を発見し、爆笑する。
ドナルドガキの誕生。
ラピュタでホットペッパーをパロディした動画を発見、爆笑する。
ムスカガキの誕生。
らき☆すたに出会う。
始めて見た深夜アニメだった。
兄と共用のアカウントとしてニコニコ動画へ登録。現在も使っているアカウントがこれに当たる。
2008年
M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか?最終鬼畜道化師ドナルド・Mに出会う。
音MAD的にはこれが原初体験だが、これによって音MADに興味を持ったわけではなく、あくまでドナルドにハマるガキだった。
このほか、『あの人のうわさシリーズ』、『エアーマンが倒せない』や『おっくせんまん』、ブリーフ&トランクスの『コンビニ』などにもハマる。
チルノのパーフェクトさんすう教室に出会う。
IOSYSから東方に入り、小6にして東方手書き劇場を見漁る。エアプながら当時リリースされていた東方星蓮船までのキャラを全て網羅する。初めて自発的に『萌え』に触れた一方でドナルドではしゃいでた同級生とは若干の隔たりを感じてしまい、誰にも共有できない熱が燻ることになる。
東方原曲にハマる。一番好きな曲が『魔界地方都市エソテリア』か『緑眼のジェラシー』だったあたり逆張りの気質はこの頃からある。
2009年
CHARGE ZONEに出会う。
これ以降チャージマン研にハマり、ひいては音MADに触れ始める。
この頃、チャージマン研のコミュニティ放送や動画投稿者『いすぃ』氏のニコ生に入り浸り始める。どちらも主にリクエスト生放送という形態が主となっており、リスナーが動画リンクを貼ると動画が自動再生されるというものだった。
2010年
流石に周辺にもオタクの友達が増え始める。この頃になるとドナルドではしゃぐガキはまるでいなくなり、教室の隅で集まってラノベや深夜アニメの話をする会などが発足する。
また、いすぃ氏が淫夢を好んで見ていたこともありここで淫夢を知る。当時は直視できなかったが、次第に笑えるようになり、終わり始める。
物語シリーズと出会う。
いすぃ氏の動向を追いたく、Twitterアカウントを開設(kyou_n)。こちらは現在も残っているが、主に淫夢語録を発散するための残骸となっている。
2011年
Twitterアカウントの運用方針がインターネットの交流目的へ変化していく。その軸は淫夢、ゲーム、チャージマン研などにあった。この当時からインターネットの存在としては地続きであり、当時の交友関係が今も続いている人は少なくない。
世界樹の迷宮3と出会う。難しすぎてクリアできず。
2012年
淫夢およびクッキー☆の隆盛。
ひと☆ごみ兄貴、ずえろう兄貴、少年バット兄貴、何かちぎれた兄貴らの動画を食い入るように見る。
マリオカート7や新・光神話パルテナの鏡のオンライン対戦などにハマる。
学校でとびだせどうぶつの森をプレイしていたところ、没収される。
ゲーム音楽にハマる。Anamanaguchiや安井洋介、古代祐三のサウンドに惹かれていく。
Twitterで仲の良かった人とレスポンスバトル勃発、疎遠となる。この頃から気性の荒さが見え隠れする。
この頃は一番していたことが『Twitter』だったのでインターネット的にも空虚を極めていた。
給食の時間にボカロや歌ってみたを流すオタクがおり、苦手意識を持ち始める。ひいては攻撃的な思想が芽生える。
アイドルマスターシンデレラガールズにハマる。椎名法子や小関麗奈とのとの出会い。
2013年
きんいろモザイクと出会う。まんがタイムきららMAXの購読を決める。
League of Legends(以下LoL)と出会う。友人の勧めから。
あまりにも慣れていないMOBAに手こずり一時断念するが、ふと攻撃的な感情を発散したくなり一人で再開。サモナーレベルをレベルキャップまで上げる。
勧めてくれた友人は「俺がいなくなるとき、死んだと思ってくれていい」などと言い残しインターネットから痕跡が消える。
最後に『こまり』というHNだけ残して居なくなった。消息は掴めていない。
追記:名前をくれた彼は小関麗奈が初登場したときのRのカードもこまりに与えてくれていた。
2014年
インターネットコミュニティ『新しい風きとるやん!』(以下『新しい風』)と出会う。
度々話題に出すことがあるが、お行儀と治安の悪いインターネットの友人たちの集まり。
主な活動はLoLを始めとするゲームコミュニティ。
FF14、エミル・クロニクル・オンライン、幻想神域、Left 4 Dead 2、マインクラフト、ブラウザで遊べるフリーゲーム(ピクトセンスやお絵描きの森、QMAアリーナ)などそのジャンルに限りはない。
その性質は平たく言うと冷笑・陰湿・攻撃的。こまりの頻出語句の殆どはここから影響されている。
同時期、『てんさいまん』クラスタという括りがTwitter上で発足し始める。
またこの周辺で遊んでいたホモガキのLoLの集い(こまりと一部の友人たちは『陰湿ゲーム部』と呼んでいた)が発足する。2つの陰湿の集いを行き来しながらLoLに明け暮れていたため、荒れた。
『劇場版アイドルマスター 輝きの向こう側へ!』と出会う。
M@STERPIECEでボロ泣きし、アイマスの楽曲を聴き漁る。
2015年
インターネット的な振る舞いとしては淫夢に飽きて淫夢を茶化すなど冷笑的で、LoLをプレイし続けていたことで口調が荒くなっていった。
この時期はゲーム音楽とアイマスとアニソンしか聴いていない。
2016年
FF14にハマる。蒼天の最後の方から参入したためナギ節であった。
新しい風の面々とレイド攻略などに勤しむ。アレキサンダー律動編から参加したが3層で断念、続く天動編は4層までクリアし12週の報酬も受け取るなど精力的であった。
2017年
成人。
6月にアイドルマスターミリオンライブ!シアターデイズ(以下ミリシタ)がリリースされた年である。
しかしながらリリース時点では触らなかった。スマホゲームに手を出すべきでないという思想があるし、この頃にはアイマスの熱が若干冷めていたので。
だがそんな冷めていた心を一気に加熱させるほどの衝撃があった。ハッチポッチの開催である。
THE IDOLM@STER 765 MILLIONSTARS HOTCHPOTCH FESTIV@L!!、10月に開催された765PRO ALLSTARSとMILLIONSTARSの合同ライブ…………(同じ765プロなのに合同って呼んでいいのか?まあいいか)
これを見たことでミリオンライブへの熱は最高潮へ達する。これが創作人生への転換点と言っても過言ではない。何があったかというとシンプルに最高のライブを見て脳が焼けてミリシタDLしてミリオンライブのことしか考えられなくなる。
誇張ではなくミリオンライブの話しかしなくなる。
また、ふたば☆ちゃんねるを見始めたのはこの年から。
2018年
異常な熱が冷めることはなく、3月に動画を初投稿する。
それまで音MADはずっと見ていたにも関わらず作らなかったのは自信のなさからくるものであったが、それらをふっとばすほどの衝動があり勢いのまま完成させた。また、現在に至るまでの音MADの作風もこの時点で決定されたと言える。
齢21歳にして初の創作活動というのもあり「こんな俺が今更…」という不安もあったが、そんなことはどうでも良くなるくらい楽しかった。そしてこういった不安は徐々に薄れ今の自我を形成するに至る。
この頃から徐々に音MADコミュニティとの絡みが増えていく一方で、元より冷笑に対する拒否感が強くなっていったため新しい風からは離れていく。同時に、LoLにも飽き始める。
また、そんな欲求が燃え上がる最中、シャニマスがリリースされた。それまでのシリーズとは明らかに毛色の違うブランドの登場からニコニコ動画での反響も当時のニコマスからするとかなりのビッグウェーブだったように感じる。それ故に当時……というよりは長らく日の目を見ないミリオンライブに傾倒していた身としては嫉妬というか、勝手に対抗心を燃やしていた。そんなこと思いつつも頼まれてシャニマス合作に参加してたりする。音MAD合作の参加としてはこれが初。
この年の投稿数は21件、うち20件がアイマスであった。
2019年
表面上は冷笑をやめ、誠実に新しいコミュニティへの参加を目論んでいたが、裏腹にグツグツと煮えたぎる年だった。2018年が動画制作の楽しさを知った年だとしたら2019年は自己満足に加えて他者への影響、我を押し通したい欲を動画に反映させる年となる。1年経って熟れてきた頃というのもあり、未だミリオンライブの音MADが少ないことへの怒り、熱量の空回り、コミュニティで認知され始めた頃の全能感などなど、非常に楽しい状況。
しかしながら(こう思うのは傲慢かも知れないが)その活動は実を結び、自分以外いくつかの動画が上がり始める。
ふたば☆ちゃんねるのmayを主に観測していたが、その雰囲気が次第に合わなくなりimgへ移住する。
ポケットモンスター ソード・シールドの発売。XYから続くキャラクリできるポケモンとなる。
ここで編集した自キャラが鋏乃こまりのプロトタイプとなる。
また、アイドルマスターシンデレラガールズの周年ライブで現地に行く機会があり、そこで初めて数名の音作者と邂逅する。
この年の投稿数は26件。
2020年
コミュニティ的にも認知度が上がってきた年。
アメゲイや芝刈り機や4って鳴く犬にハマったりする。元よりこういった単一素材の流行を好んでいたため作る側に回ってもハマるのは自明の理だったと思う。
5/16
芋タルト氏によってLost In つばさが投稿される。
今にして思うと、これをリスペクトして制作したLost In 桃子が現在に至るまでの音と映像の骨組みだったかもしれない。
元より大きいテキストや明るい色使いを好んでいたが、この年からその表現に意識的になり、更に顕著になる。
6/29
ミリオンライブ初の音MAD合作【ミリシタ3周年メドレー合作】THE@TER IDOL 翼が投稿される。
初主催、初ミリオンライブ合作、初音声まとめなど初挑戦の多い合作であった。反省点も多いがそれ以上に得たものが多い。
『進捗晒し場』というDiscordサーバーの発足もあり交流が広がる。ちなみに進捗晒し場は現在廃墟である。
ここが発端となり11/23に黄猿合作が企画される。こまりも部分的に手伝ったりなどそのお祭り感に加担する。この企画からラグマット氏、マルマイン氏との交友が始まる。
12/27
元太消滅前線を投稿する。
ベイカー街の亡霊で元太が消えるシーンをネタにした動画。こちらはTwitterで回ってきた当該シーンのフィギュアから着想を得たもの。恐らく、初めて10万再生を突破した動画。
12/30
おい! おい! おい!を投稿する。
2020年時点においてはワッカ単体をネタにした動画はなく、後年に「先見の明があった」などと言われるが、ワッカを弄るネタがふたば☆ちゃんねるで先んじて行われていたのを知って制作した動画なので悪いのはふたばである。俺じゃない。あいつがやった。知らない。済んだこと。
この年の投稿数は34件。
2021年
ウマ娘プリティーダービーのアプリがリリースされる。2016年の発表から実に5年!長かった……
こまりはというと2016年から音泉で配信されていたパカラジを聞いていたので古参面でアプリを迎えた。
また、同時期にブルーアーカイブがリリースされる。この時点ではインストールして少し遊んだ程度であまりハマらなかった。(曲が良いという話を聞いていたのでBGMは鑑賞していた)
また後述の【合作】ウマ娘競奏曲 ~栄冠のファンファーレ~やおとわっかが並行して制作されている年である。
こまりの音MAD歴で言うならこの年が一番活動的で、一番ウケた年。
ウマ娘の音MADを思いつく限り出しまくり尽くウケたので完全に黒閃が出ている。
動画については多すぎるので割愛。
2/28
【合作】ミリマスマイムマイム【音MAD】が投稿される。
2度目の主催。とはいえ主導ではなかったので形式上は、という感じ。
4/3
ノリノリターボを投稿する。
楽曲『Unwelcome School』を使用した音MADとしては2番目に古い。(一番古いのはにわか氏によるsm38497006で、ノリノリターボもこれを見てから作り始めた。)
ウケると思って出したのでウケたことに対して納得していたが、それでも想像を超える反響だった。
6/29
モア・グルービー!を投稿する。
初投稿のリメイク作。この当時使える技術が詰まっており、今見ると稚拙ながらこまりらしさが出ているなと感じる。
この動画までを動画投稿者こまりのシーズン1のように考えており、これ以降はシーズン2。
12/12
『シン』っぽいなを投稿する。
この時点でおとわっかは動いており、本動画もおとわっかの参加者と相談しながら制作した。というのも、おとわっかが投稿されるまでの布石としてワッカの音MADがあったほうが面白いと考えての制作だった。結果的にこれも先見の明があったと評される。
この年の投稿数は43件。
2022年
激動。
1/23
空崎ヒナのカウンセリングを投稿する。
初ブルアカMAD。新しい風きとるやん!の友人の一人に空崎ヒナが好きな人がいたため、影響されてブルアカをインストール、空崎ヒナを無事引けたので制作開始した。
この時点でブルーアーカイブは1周年を控えていたが、音MADは14件ほどしかなかった。今では信じられないがとんでもないブルーオーシャンである。ちなみにこの年に『動いてないのに暑いよ~』が登場し音MAD的な人気も爆発する。
2/24
【合作】ウマ娘競奏曲 ~栄冠のファンファーレ~が投稿される。
1年近く企画を動かした末に投稿された鳴り物入り。想像以上の反響を得た。
本より親交のあったメンバーも居たが、この合作を境に様々な音MAD作者と交流を始める。
5/7
おとわっかが投稿される。(動画削除済み)
こちらもウマ娘競奏曲同様……というか制作開始タイミングはウマ娘の作業通話がきっかけなので開始時点はほぼ同じ。
元はと言えば作業通話の最中にこまりとラグマットがふざけてワッカのネタで遊び始めたのがきっかけであり、突然ラグマットが『おとめっど』のロゴをおとわっかに改変したものを出してきたので、そのままサムネイルだけ先に作ってはしゃいでいた。流れで合作が立ち上がったが、どちらも競奏曲の運営メンバーというのもあり実質的に動き出すのは競奏曲が投稿される2月以降。ちなみに参加メンバーのメガペン氏とは4度目の合作協力となる。
様々な経緯を経てバズり、6月末に削除される。少なくともこまりとラグマットに関しては削除されることについて面白いと思っており、また消されたことでようやく開放される。
8/21
ヤーキャウ・ヤチキヤミバーが投稿される。
老い!アカウントによる投稿。前半のセリフ合わせ、映像をこまりが担当している。
おとわっかの騒動を経て表立って活動するのを控えた結果、集団アカウントとなる老いでの活動が開始される。
老い!のアカウント名はワッカのしょーしょーゆーしょーを投稿した若老師にに肖って命名された。
現在に至るまでファイナルファンタジーに関するネタ動画をアップロードするための代理アカウントとなっている。
8/25
ブルアカで抜いた生徒を庇うアルティメットセンセイを投稿する。
ブルーアーカイブの下品な部分。
元ネタはこのツイート。
こまりの動画で初めて100万再生を突破する。(Youtube)
制作当時音MAD周辺でアルティメットセンパイが流行っていたこともあり、当時は運転中にボカロ曲を流して歌いまくることにハマって居たため歌ってるうちに本動画のアイデアが浮かんだ。素材、楽曲、ミームに奇跡的な噛み合いが起きたが、全て偶然である。ウケるとは全く思ってなかった。
親しくしていた方々からAEを勧められたこともありこの年の夏から移行する。
特に映像のモチベーションが高い時期で、プライベートの方でトラブルが続いていたのもあり創作意欲が更に高まる一方で、この年の投稿数は34件。徐々に減り始める。
2023年
前年のおとわっかやウマ娘競奏曲、またこの年に投稿を予定していたミリオンライブ10周年記念合作も1年前から準備していたりなど、「もう合作はいい」といった声が周囲から出始め、こまり自身もこれ以上は身を滅ぼすと感じ安請け合いを減らした。
が、先に書いておくが特に減る気配はなかった。
FFXの歌舞伎を見に行くため、4月に東京へ向かう。
始めて邂逅する音作者など非常に楽しいオフを果たす。
2/24
【合作】ウマ娘疾奏曲 ~青天のグランドスラム~が投稿される。
前年に続く2本目の音MAD合作。
New Soulで参加。
2/27
【合作】ミリオンライブ!10th ANNIVERS@RY × ひゃくまんパワー!が投稿される。
ミリオンライブの10周年を祝うための合作。
自分にとって音MADの原点でもあり、今に至るまでの礎として骨身に染み付いているコンテンツ。
散々続いた通年で動かす合作の締めくくりでもあったからか、この動画の投稿によって合作運営へのモチベーションが完全に尽きる。
3/18
ルーレットコユキを投稿する。
高まり続けたモチベーションの最高潮とも言える。「打算に打算を重ねてちゃんと勝つ」を実践するための動画でもあった。
youtubeの方でも100万再生を超えるなど好評を得る。
5/3
WAKKA2053が投稿される。
おとわっかから1年、ナギ節が終わった。
6/10
余白合作が投稿される。
普段合作で頑張りすぎている人たちが、頑張らないための合作。手を抜くというわけではなく、頑張らない。
これ以降、余白というマインドが主軸になっていく。
7/15
サワムライアーダンサーを投稿する。
創作活動の転換点。初めて音MADに手書きを採用する。また、サワムラーを描き始めたことからお絵かきを開始する。
経緯についてはこちらの記事を参照。
1日1枚絵を描き続けるチャレンジを開始する。
また、これの影響により動画投稿件数は激減する。
9/3
エレクトロ・スウィング合作が投稿される。
セリフ合わせを好きなだけやっていいということで、最長4分、思う存分グリッドに音を詰めた。
owatax氏との交流もこの頃から増える。
9/17
音MAD DREAM MATCH -天-が開催される。
こまりは……色々やった。
12/22
【合作】Z会桜浪紀 最高の教育で、未来をひらく。が投稿される。
アルティメットセンパイ……ヤンクミのパートで協力。ヤンクミのためだけに呼ばれたのかと思うとかなり面白いが、光栄なことでもあった。
お絵かきに完全にハマる。1ヶ月続いた時点でもうこれは描き続ける確信があったため、11月に液タブを購入。
この年の投稿数は19件。
2024年
お絵かきの年。ひたすらにペンを握る。AEやReaperよりSAIと向き合った時間のほうが多い。
それと2023年の項で書いたように全然合作をやっている。
1/31
バレット爆笑シーンまとめ【FF7R】が投稿される。
カッコ良く乗り込む。
2/11
【合作】ブルアカ学園祭 ~響けキヴォトス三銃奏~【ブルアカ三周年】が投稿される。運営としての参加。バカタレ!
非常に楽しかったが、色々不手際があり心残りのある結果となった。
2/24
【合作】ウマ娘冠奏曲 ~極彩のベストレコード~
前々年から続くウマ娘音MAD合作の3作目。たいうおやもすもすを始めとしたウマ娘合作シリーズはこれにて完結という扱いになっている。
ずっと思っていたが俺の好きなコンテンツは2月に周年を迎えすぎている
・2/4 ブルーアーカイブ
・2/24 ウマ娘プリティーダービー
・2/27 ポケモン、アイドルマスターミリオンライブ!
そりゃ忙しくなるだろという感じ
4月に音周辺の人達を集めたお花見が開かれる。
桜は咲いておらず、陣取った場所も別に桜の木でもなく、花も咲いていない中での宴会であった。
Quest2がセールだったので購入。試しにVRCをやってみるがイマイチしっくり来ずこの時点ではハマらなかった。
5/4
スナップ合作が投稿される。
余白のマインドで制作された。大好き!
5/17
otogrooveが開催された。こまりも低速合作『NUSKOOL -ラップ調音MAD-』で参加しており、エレクトロ・スウィング合作に続きトップバッターとなる。
採用されたこともあり現地へ向かった。4月に引き続き2ヶ月連続で東京旅行となる。散財する。
5/16
学園アイドルマスターがリリースされる。
ローグライクなゲームデザイン、デッキ構築系というのもあり、ちょっとだけハマる。
篠澤広の育成だけして飽きる。
6/8
ニコニコがサーバー攻撃を受け停止する。(仮)バージョンとなり懐かし動画を楽しむフェーズが始まる。
7/19
1日1枚が1周年を迎える。様々な方からのアドバイスや無事365日描ききったことで画力は大きく向上した。
この趣味は現在においても続いており、依頼を受けることあるなど非常に実になっている。
8/5
ニコニコ動画が復活する。音MADタグに関しては1日で100件以上投稿されるなどして非常に忙しい日となった。
8/11
SIMD / 重音テトSV・ついなちゃんが投稿される。
BaN長氏による楽曲。イラストが必要ということだったので「俺に描かせてください」と持ちかけ、描かせていただいた。
8/29
ダチュラ / まるねり(Vo.可不)が投稿される。
まるねり氏による楽曲。映像を担当させていただいた。
8/29、Twitterにてあずまる氏がVRCの巨女イベントに行きたいと言っていたので是非一緒に行こうと持ちかける。
これを機にVRCへハマる。一緒にイベントを巡ったりするようになる。
12/20
週刊少年ジャンプ合作【音MAD】が投稿される。
小学生の頃(ボーボボが真説、ハンターはキメラアントあたり?)からジャンプを読んでるジャンプっ子なので誘っていただけて非常に嬉しかった!
こまりは予告、メドレー映像で協力している。
同日、篠澤広が誕生日を迎えメクルメがリリースされる。かねてより光景やコントラストに食らっていたこまりはメクルメでもしっかり食らった。しっかり食らったので翌日篠澤広の音MADを作り、絵を描き、学マスを再開した。
この年の投稿数は15件。
続きは別記事で。
2025