よさ=要素の多さ
#wip
@niconicovert: アイデアとはいつでもマキシマリズムだった
よさとは要素がたくさんあることと思う
情報量
とはいえ要素の多さを定量化しているわけではない
すべてをテンソル的にマッピングされた情報として考える
すべてを相対化しての比較はできない
ちいさめな差分を評価して選択するときとかには人為的観測精度でも使える
認識可能な要素の多さと補足可能
反脆弱性
Q&A
セルルックよりフォトリアルのほうが複雑だから良いということではない
セルルックは表面上のディテールこそ失われるものの、同じジオメトリから新たなアルゴリズムを追加しフォトリアルと違った出力を作り出している
セルルックの要素がフォトリアルに完全に内包されているわけではない
全く別の要素を持っているため、どちらが良いと言えるものでもない
「シンプルで良い」「やりすぎで悪い」という評価
「シンプル」とは要素が少ないわけではない
見えてない要素や、別の複雑なものとのギャップなどが"ある"
「やりすぎ」とは量の超過によって要素が認識不可能になり、結果的には要素が少なくなることであると考えたい
やりすぎとは、やれてないということ
自己啓発本の目次
"無い"ということが"ある"のでつが(笑)
黙れ
無いものは認識が完全に不可能だから、"要素がある"になることはない
〈無〉
「よい」「よくない」の他に「わからない」がある
完全に受け手の怠慢であると考えたい
これは「好みでない」も近い