BLECE/BReID
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◆ 研究プロジェクトの概要
BLECE / BReID は、スマートフォンやスマートウォッチなどの身近なデバイスから発信される Bluetooth Low Energy(BLE)アドバタイジングパケット を活用し、都市や公共交通の混雑度・人流を推定する研究プロジェクトです。
近年、都市の効率的な運営、交通計画、商業施設のマーケティング、防災・イベント運営などにおいて、「どこにどれくらい人がいるのか」「人がどのように移動しているのか」を把握することの重要性が高まっています。こうした人流データは、都市デジタルツインやEBPM(Evidence-Based Policy Making)を支える基盤情報として期待されています。一方で、人流を正確に把握することは簡単ではありません。人手による計測は手間が大きく、カメラやLiDARを用いた方法は高精度な推定が可能である一方、設置・運用コストやプライバシー、監視感に関する課題があります。
そこで本研究では、私たちが日常的に持ち歩いているスマートフォン等が周囲に発信しているBLEアドバタイジングパケットに着目しています。BLEは、カメラ画像のように人の顔や姿を直接取得するものではなく、比較的低コストなスキャナで周辺デバイスの信号を観測できます。そのため、低コストかつ社会的受容性に配慮した都市環境センシングの手段として有望です。
ただし、近年のスマートフォンでは、プライバシー保護のためにMACアドレスが一定時間ごとにランダムに変更されます。そのため、単純に「同じMACアドレスが別の場所で見つかったら同一人物の移動である」とみなす従来型の方法は、そのままでは利用できません。BLECE / BReID では、このMACアドレスランダム化を前提としながら、RSSI(受信信号強度)、出現・消失時刻、Advertising Dataの特徴などを組み合わせることで、混雑度や人流を推定します。
本プロジェクトは、大きく2つの研究群から構成されます。1つ目の BLECE(BLE-Based Crowdedness Estimation) は、ある空間にどれくらい人がいるのかを推定する混雑度推定の研究です。2つ目の BReID(BLE-Device Re-Identification) は、ランダム化されたBLEアドレスを手がかりに、異なる地点間の移動や公共交通の乗降地点を推定する人流推定の研究です。
BLECE / BReID が目指しているのは、単なる人数カウントではありません。都市の中の「滞在」と「移動」を、プライバシーに配慮しながら継続的に捉えることで、混雑緩和、交通改善、観光行動分析、施設運営、イベント設計などに活用できる 実世界ベースの人流センシング基盤 を構築することです。
◆ BLECE:BLEアドバタイジングパケットを用いた混雑度推定
BLECE は、BLEスキャナの周辺に存在する人の数や混雑度を推定する手法です。レストラン、公共施設、バス、鉄道、店舗など、人が一定時間とどまる空間を対象とし、その場所で観測されるBLE信号の特徴から混雑状況を推定します。基本的な考え方は、BLEスキャナが受信したパケット数、ユニークなランダムアドレス数、RSSIの分布、時間窓ごとの変化などを特徴量として取り出し、実際の人数や混雑度ラベルと対応づけて機械学習モデルを構築するというものです。人を直接撮影するのではなく、空間内で観測されるBLE信号の統計的な特徴を用いることで、人の存在や混雑の度合いを間接的に推定する点が特徴です。
初期の研究では、実際の飲食店や公共施設など、広さや形状、利用状況の異なる複数の空間にBLEスキャナを設置し、混雑度推定モデルを構築しました。その結果、空間ごとの特徴を考慮しながらBLE信号を分析することで、一定程度の混雑度推定が可能であることを確認しました。
また、公共交通機関を対象とした研究では、路線バスや鉄道車両内にBLEスキャナを設置し、乗客数や混雑度の推定を行いました。公共交通では、乗客が一定時間同じ車内空間に滞在するため、BLE信号を用いた混雑推定と相性がよい場面があります。さらに、実際の人数に基づく客観的な混雑度だけでなく、乗客が主観的に感じる混雑感を推定する研究にも発展しています。
BLECE の意義は、さまざまな施設や交通空間において、カメラに頼らずに混雑状況を把握する可能性を示している点にあります。将来的には、店舗の混雑可視化、公共施設の利用状況把握、バスや鉄道の混雑情報提供、イベント会場の運営支援など、多様な場面での活用が期待されます。
◆ BReID:ランダム化MACアドレスに対応したBLEデバイス再同定
BReID は、BLEアドバタイジングパケットに含まれるランダム化MACアドレスを扱いながら、人の移動を推定する手法です。従来のWi-FiやBluetoothを用いた人流推定では、同じMACアドレスが複数地点で観測されることを手がかりに移動を推定していました。しかし、現在のスマートフォンではMACアドレスが動的に変化するため、同じデバイスを長時間追跡することが難しくなっています。
この課題に対して、BReID では アドレスキャリーオーバー と呼ばれる考え方を用います。これは、あるデバイスのランダムアドレスが変更される前後で、出現時刻・消失時刻、RSSIの時系列的な変化、OSやAdvertising Dataに由来するパケットの特徴などを照合し、変更前後のアドレスが同じデバイスに由来する可能性を推定する手法です。
たとえば、ある地点で観測されていたランダムアドレスが消え、ほぼ同じタイミングで別のランダムアドレスが現れた場合、その2つが同一デバイスである可能性があります。また、複数のBLEスキャナで観測されたRSSIのピークや時間的な重なりを組み合わせることで、アドレス変更が起きても、移動の連続性を推定できます。
BReID の特徴は、プライバシー保護のために導入されたMACアドレスランダム化を「無視する」のではなく、ランダム化を前提としたうえで、人流推定に必要な範囲の連続性を推定する点にあります。これにより、都市空間に設置した複数のBLEスキャナ間の移動や、公共交通における乗車・降車地点の推定を行うことができます。
◇ BReID-walk:都市空間における移動軌跡推定
BReID-walk は、都市空間に複数のBLEスキャナを設置し、徒歩を中心とした人の移動軌跡を推定する研究です。歩行者や自転車利用者が街の中をどのように移動しているかを、BLEアドバタイジングパケットから推定することを目指しています。
実証研究では、佐賀県佐賀市の中心市街地を対象に、複数地点にBLEスキャナを設置し、長期間にわたってBLEパケットを収集しました。都市空間では、駅、商店街、公共施設、イベント会場など、さまざまな場所を人が移動します。BReID-walk では、各スキャナで観測されたランダムアドレス、RSSI、Advertising Data、出現・消失タイミングを照合し、地点間の移動経路を推定します。
この研究のポイントは、実際の都市スケールで人流推定を検証している点です。実験室や小規模な空間ではなく、数km規模の街なかにスキャナを設置し、長期間のデータ収集を行うことで、BLEセンシングが実際の都市環境でどの程度機能するのかを評価しています。
得られた人流データは、都市の回遊性分析、イベント時の人の流れの把握、商店街や公共空間の利用実態分析、観光客の移動傾向の可視化などに活用できる可能性があります。特に、カメラを多数設置することが難しい市街地において、BLEスキャナを用いた人流推定は、都市全体をゆるやかに観測するための実践的な手段となり得ます。
◇ BReID-bus:路線バスにおけるODデータ推定
BReID-bus は、路線バスにBLEスキャナを設置し、乗客がどの停留所で乗り、どの停留所で降りたのかを推定する研究です。公共交通の運行計画を改善するためには、乗客のOrigin-Destination(OD)データ、すなわち乗降地点の組み合わせを把握することが重要です。
従来、ODデータは人手による調査やICカード利用履歴などから収集されてきました。しかし、人手調査にはコストと期間の制約があり、ICカードデータでは現金利用者や定期券利用者の移動を十分に把握できない場合があります。また、車内カメラや顔認識を用いる方法には、プライバシーや監視感に関する課題があります。
BReID-bus では、乗客が持つスマートフォン等から発信されるBLEアドバタイジングパケットを、車内に設置したBLEスキャナで観測します。そのうえで、乗車中にMACアドレスが変化した場合でも、アドレスキャリーオーバーによって同一デバイスの観測系列をつなぎ、最初に観測された時刻に近い停留所を乗車地点、最後に観測された時刻に近い停留所を降車地点として推定します。
路線バスでは、乗客と車内スキャナの位置関係が比較的安定しているという特徴があります。この制約を利用することで、都市空間内を自由に移動する歩行者の場合とは異なる形で、アドレスの対応付けやOD推定を行うことができます。
BReID-bus の意義は、交通事業者が運行改善に必要とするODデータを、低コストかつ非画像ベースで収集する可能性を示している点にあります。乗客数の少ない地域公共交通では、限られたリソースで効率的な路線設計やダイヤ改善を行うことが求められます。BLEを用いたOD推定は、こうした地域交通の持続可能性を支えるデータ収集手段として期待できます。
◇ 継続運用可能な人流・混雑度推定システムへの発展
BLECE / BReID は、個別の推定手法にとどまらず、実際の店舗・公共空間・交通環境で継続的に運用できるシステムへと発展しています。実環境では、店舗レイアウトの変更、利用者層の変化、時間帯や曜日による行動の違い、イベント開催などによって、BLE信号と実際の混雑状況の関係が変化します。そのため、一度構築したモデルを使い続けるだけでは、長期的な精度維持が難しくなります。
この課題に対して、継続運用型の研究では、通常時の推定処理と、営業時間外などに行う非同期なモデル更新処理を分離したシステムを設計しています。運用中に継続的に収集される正解データを用いて、クラウド上で推定モデルを逐次更新することで、環境変化に適応しながら人流・混雑度推定を続けることを目指しています。
また、動的ソルトを用いたハッシュ化処理により、生のMACアドレスを保存しない設計も取り入れています。これにより、複数センサ間でデバイスの同一性を一定範囲で扱いながら、プライバシーや社会的受容性にも配慮したシステム構築を進めています。
BLECE / BReID は、都市・店舗・公共交通を横断して、人の滞在と移動を理解するためのセンシング基盤です。人流データを安全かつ実用的に収集し、都市や交通の改善に活用することで、より快適で持続可能な社会の実現に貢献することを目指しています。
◆ 研究キーワード