左右分離一体型キーボード Angelina68i を作った
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構想1年、実際に作り始めてから半年ほどかけてやっとキーボードが完成した。
休み休みだけど時間とそれなりのお金をかけて作ったので、これまでの経緯含めて書き残しておこうと思う。
入門からこれまで
Angelina72を設計している時点で、これでキー配列が気に入ったら一体型化しようと思いがあった。
結局、なんだかんだ指馴染みもよく、2月頃から一体型化に向けて作り始めた。
設計
左右分離一体型
PCBとアクリルのサンドイッチケース構成のキーボードは軽いし、自分はボルトを使ってチルトしていたので接地面積も少なく、使っているうちに位置がズレてくるのが気になっていた。特に左右がハの字型にズレてくると打ちにくくなってくるし、Angelina72は見た目にも水平がわかりにくくて1日に何度も角度を気にしていた。
また、自分は左右のキーボードをそこまで大きく離さず、使っているうちに間隔も決まってきたので位置を固定させたかった。なので左右分離型を一体化するのは理に適っていると思った。
アクリル積層ケース
Qlavier氏のかわいくてかっこよいアクリル積層ケースを真似したくて作った。InstagramやTwitter、Redditに上がっている写真を片っ端から見て、各層のズレはどんなもんかなとか観察しながらやってみた。 (余談だけど、Qlavier氏のよく使っているパステルカラーのアクリルはおそらくPERSPEX Sweet Pastelsだと思う。とてもかわいい色しているんだけど、日本ではレーザーカットを受け付けているところはおろか入手も難しそう。そのうちどこか仕入れてくれる場所が出てきたらいいな。) アクリル積層ケースを作る上では、ガスケットマウントにチャレンジした。これは打鍵感向上を狙ったこともあるけど、特にキーボード自体の高さを抑えることが目的だった。
ガスケットマウントの場合、トッププレート表面から5mm + PCB 1.6mm + スイッチソケット約2mm = 合計 8.6mm 以上の空間がケース内に必要になる。3mm厚のアクリル3層 + ボトムプレートでちょうど収まる計算で、机からトッププレート表面の高さは12mm。Angelina72はボトムプレートに2mmアクリルを使ったサンドイッチケースで高さ10.6mmだったが、1.5mm増に抑えることができた。
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(雑な断面図)
トッププレートは1.5mm厚で、ガスケット素材には近所のホームセンターで入手した1.5mm厚のPORON L-32を使った。 ボトムの隙間が0.4mmだけだと沈み込みでソケットが当たりそうだったので、PCBは1.2mm厚にしている。
キー配列
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Angelina72の配列は、いわゆるAliceレイアウトをベースにした。ErgoDash-likeなサムクラスタ、日本語配列向け、左右分割リバーシブル基板、row-staggeredと行き来しやすい、といった設計で配列を決めた。
主にリバーシブル基板とすることを理由に、一般的なrow-staggered配列に対して数字行とQ行を0.25u右にずらし、Q行がA行と揃う形になった。折れ部分の角度は左手Xキーの左下角を中心に10°、サムクラスタはBキーの左下角を中心にさらに30°傾いている。結果として左手小指側のキーを一般的な日本語配列と似たレイアウトにできたのが良かった。
今回は一体化するにあたってリバーシブルにする必要もなくなり、左手外側のModifiersも一般的なキーキャップが使えるように変更した。
制作
モデリング
これまではKiCADで回路図書いてスイッチの配置に合わせて基板外形描いて……とやっていたけど、rev2でアクリル積層ケースだけをOpenSCADで作ったときにクリアランスをミスってキーキャップが干渉してしまい、頑張ってヤスリでってどうにか……といろいろやってるうちに割ってお釈迦にしてしまった。
今回はサイズからしてアクリルで作るのは相当なコストがかかるのは明らかで、失敗はどうしても避けたかったので、アクリルの各層、トッププレート、基板外形までを最初からOpenSCADでモデリングした。
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19.05mmのsquareをレイアウト通り並べて、角にあたる部分を三角関数で割り出して、直線と直線の交点を出して、それを起点に外形を決めて、角の位置を元にネジの位置を決めて、外枠の太さを決めて……という感じでやっていった。
自分はOpenSCADでモデリングしている時間がキーボードを作る作業の中ではいちばん好きかもしれない。でもどちらかといえばOpenJSCADのV2に期待している。
基板とファームウェア
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基本的にはPro Microを利用したよくある自作キーボードの構成で、68キーを実現するために左右でダイオードの向きを変えたDuplix-Matrix(でいいのだろうか、いろいろ似た呼び方の微妙に違うものがあって怪しい)方式で作った。
QMK FirmwareでDuplix-Matrixな回路を利用するには、キーマップを書くだけではなくそれなりの改造が必要と聞いていたので正直ハードルが高く感じていたが、いつだったかSMKiJのDiscordで無改造でもCOLとROWに同じピンアサインを書いて無改造で簡単に対応する方法が投稿されていて、その方法で実装した。ファームウェアのサイズが大きくなるが、今回はLEDも削ってごくシンプルに作ったので十分だった。QMK本体にはDuplex MatrixのPRも出ているので、これがマージされたらファームも見直してみる予定。 トッププレート
設計し始めた頃はLaserBoostで発注するのが定番だったみたいだけど、切断堂というサイトで金属レーザー加工を受け付けているのでそちらに発注した。サイトの注文フォームでは選択できないが、これもSMKiJのDiscordで1.5mm厚の真鍮で発注した実績が共有されていたので、見積もり〜発注まで主にメールでやり取りした。想定より安い価格でできたし、品質も問題なかったのでとても満足の行く結果になった。 https://gyazo.com/7123b6ef1212cf450593db5daa6d5524
届いたプレートはひとしきり眺めたあと2週間ぐらい放置していたらすぐ変色してしまった。真鍮なんて初めて扱うのでこういうこともある。あわててアクリルクリアラッカーを吹いたけど、敷いた雑紙がくっついたりちょっと残念な感じになった。でもどうせほとんど見えない部分なので気にしないことにした。
アクリル
これまでアクリルのレーザーカットは工房Emerge+にお願いしていたのだけど、発注できるサイズ的にちょっと合わず、今回は遊舎工房のレーザーカットサービスで注文した。3mm厚、450x300サイズ、ガラスマット色で7枚必要だったので、当然ながらめちゃめちゃに金がかかった。 正直なところ、このコストがいちばんネックだった。特定定額給付金がなければ未だに設計だけして発注しないまま寝かせていたかもしれない。
アクリルが届いた時点でケースの仮組みをした。OpenSCADで全部モデリングしたのは(当たり前かもしれないけど)結果的にうまくいって、トッププレートがアクリルにぴったり入った瞬間は感動だった。
https://gyazo.com/610c929d8a530782e54c5577fececf29 https://gyazo.com/b493f07349559d79adfc52346ff6691a
組み立て
その他構成はこんな感じ。
キーキャップ: KAT Milkshake
スイッチフィルム: Deskeys switch film
スプリング: Punchy 62g slow curve spring (以前DailyClackで販売していた。Pinoko switchに使われているもの)
Lube: Krytox GPL105 (スプリング), Tribosys 3203 (スイッチ)
KAT MilkshakeはGB時期にrev1を使っていたのでORTHOキットを買ってしまったけど、Extraの販売で買えたModifierが届いたのでちょうどよかった。Tacitは2月頃に手に入れていたけど使う機会がなかったのでやっと使えた感じ。もしかしたらTacitが使いたくて作り始めたのだったかもしれない。
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(割と雰囲気ある感じに撮れて少し気に入っているやつ)
名前
Angelina72はとあるキャラクターの名前をもじっているので本来は72キーじゃなくなったらAngelinaと名付けた意味が薄れてしまうのだけど、配列も引き継いでいるし、そもそもAngelina72も基板の時点では72キーでも基本的には68キーで使うためのキーボードなので諦めることにした。名前は Angelina68i とした。iはintegratedの頭文字。
感想
一体型になって重量もあって、設計当初の目的は達成できたので概ね満足している。何より安定感がぜんぜん違うのでやはり重たいキーボードは良いなと思う。
音についても以前よりずいぶん静かになった。これはTacit自体が以前使っていたZilent V2のModスイッチより打鍵時のカチャつきが少ないこともあるけど、ケースによる部分もあるようだ。少なくともPCBサンドイッチケースに入れたTacitはもう少しカチャついている。
底付きも確かに柔らかくなったと思う。これはガスケットマウントなのか、真鍮プレートなのか、それともTacitの静音ダンパーによるものなのかはちょっとよくわからない。
既にいくつか気になる点はあって、特にプレート中央が外側に比べて感触が少し硬いような気がしている。プレート中央が一枚板になっているせいで硬いのかもしれない。折を見てプレートに切れ込み入れたバージョンを作ってみたい。
スイッチは静音タクタイルにしてしまったけど、最近はずっと自宅で仕事をしているので静音でないスイッチも少し気になっている。特に8月末に出るらしいKiwi switchが。そうすると今度はフォームを詰めたくなるかもしれない。 ずいぶんゆっくりやってしまったけど、ただ自分のためだけにあーでもないこーでもないと考えを巡らせてお金と時間を使って楽しかった。正真正銘世界に1つしかないキーボードなので大事に使っていきたい。