土壁づくり
―壁はどうやってつくるんですか?
壁は土壁。寺家の若一王子神社の後ろにね、きれいな赤土があって。それを掘って。あの時分、一輪(一輪車)がなかったけ、バイリョウ でにのうてきてね。石を拾いだして、土をにのうてきて。どっさり置いといて、水を入れて、藁(ワラ)を切って入れて。藁を切って入れたの、つなぎでね。藁を切り混ぜて、練って練って踏んで踏んで、練って。人も雇うてね、踏んでもろた。足で踏んで練らにゃいかんけ、機械で練るんじゃないけ。終戦当時やったけ。終戦当時はなんでも人力、人がやらないかん。機械はあんまりありもうせだったし、お金もなかったしね。 ―土は何キロくらいとってきたんですか?
何キロくらいじゃあいかんな。大きな家の壁をぜんぶ土壁じゃけ、ハハ。計ったこともないし。家が、あの時分で三間半に四間、本間の。それぜんぶほとんど、土壁じゃったね。
―なるほど。赤土って柔らかいんですか?
いや、柔らこない。ツルグワで叩いて、石はのけて。あの時分、一輪もなかったけ、バイリョウという籠でにのうてきて。浅い籠ね。 ―土は、どうやって壁になるんですか? 木かなにかに塗っていくんですか?
塗るのはね、左官さんを雇うた。本家の左官さんを。地元に左官さんがおったけ、その人に習うて。土壁を練るのも、藁を切って入れる長さもぜんぶ、その練り塩梅もぜんぶ、その左官さんに習うて。その左官さんに壁は塗ってもろうたんじゃけ。 壁を塗る前に、竹を割ったのを碁盤に組むの。竹を割ったの、縦にちゃんと大工さんが入れるようにしてあって、横にもちゃんと入れるようにしてあって。竹を割ったのをね、一センチ五ミリ、二センチばあの竹を割っちゃあるのね。節をのけて割っちゃあるの。それをこう碁盤に組んで、それを藁縄で、夜なべに藁縄を綯う(なう)ちょいてね、その藁縄で碁盤の竹をずっと抑えていくの。横にも縦にも。縄を竹にのぶす(巻きつける)の、そしたらそれへ土がひっつくけ。 縄を竹へのぶすというのはなぜかというたら、土をひっつけるため。竹いながら(だけでは)、ひっつかんでね。藁縄を竹に巻きつけていくの。それぜんぶ自分でやった。人を雇うにお金もないし。主人はボンボンやったけね、わたしがぜんぶやった。
―竹を編むというのは、どうやってやるんですか?
竹はね、川ぶちから切ってきてね。竹もショウのええとき じゃあなけりゃいかんけね、八月。竹はいつ切ってもいかんの、虫が食うけ。切って、きれいに割って、節のく(節のところ)もきれいにのけて、二センチ幅にちゃんと切って、削ってね。つるつるにしちょかな、手にたつ(手に刺さる)け、それを家へ持ってきて、大工さんがシズクニ(?)突き刺しちょいて、横に碁盤に組んぢょいて、縄は、わたしが山の人間じゃけ、藁縄はわたしがぜんぶ綯うて。主人はボンボンじゃったけん、縄もよう綯わんかった。そんな、その当時はね、草履もつくって履かないかんけ、わたしがぜんぶ草履もつくった。家の材料もほとんどぜんぶふたりで切ったけね。
―うちの近くに竹があったんですか?
竹はすぐ近くに、本家の山があってね、もろうて。
―怪我したりしなかったんですか?
手袋もなんちゃあないけんど、手を切ったら痛いけ、切らんように気をつけてやりました、ハハ。手袋もなかったけね、終戦当時は。買ういうたら、軍手があったけんど。お金がないで。
―竹を何本くらい切ったか覚えてますか?
何本切ったかは覚えてないけんど、いまとちごうて、昔はぜんぶ、壁は竹を割って土壁だから。ずーっと上のお宮の後ろの土をね、掘って、石をのけて。ほして、にのうたの。一輪がない時分じゃけ。それをほら、藁を切って入れて、石はのけて、足で踏んで踏んで、練って練って。素足で。終戦当時は履くものもなかったから。
―土壁は石が混ざってるとやっぱりいけないんですか?
石が混ざっちょるといかんけ、放り出しもって、持ってきたんです。いまでもそのうちに住んぢょりますけど、ぜんぜん壁は落ちません。まあ土壁の上に、左官さんに漆喰塗ってもろうちょるけどね。わたしら素人がやった壁だけど落ちません。