『すべてはノートからはじまる』(倉下忠憲 )
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最近の読書の中では、一番スピーディーに読み終えた一冊。
後半は一気に読み進めた。
わかりやすく、というか、理解を一つ一つ確認しながら進んでくれるので、すごく腹落ちしやすくなっているなぁと感じた。
また、それが面白さにもつながっている、とも。
思考のノートの章以降は、思考が「思う」と「考える」に分解され、「考える」と他者性(「知的生産の技術」でいうところの、未来の自分は他人であるということ)が結びつき、共有のノートの章にてその他者性が本当の自分以外の他者へとつながっていく。
そして最終章である未来のノートで、ノートは誤配を生み、そのことがとてもポジティブなメッセージとして語られる。
最終章で誤配という概念が登場するけど、読書のノートの章で著者と読者のテレパシーである話が出て、何度かその文脈で話が展開するため、誤配の概念もなるほどと感じる。
良いか悪いかは抜きにして誤配が起こると一言添えられているけど、でもそれまでの、まるまる一冊分を費やして語られてきたノートについての話が背後にあるため、とてもポジティブなメッセージとなって届いてくるし、だからこそ読後感がいいなぁと感じる。
ノートっていいもんだよってシンプルなメッセージなのに、これだけの文章を紡いでいくのは必要であるなーと感じたし、読了後の感想をしっかり書いておこうと思ったのは、本書を読んだからこそ、と言えそう。
加えて本書は、知的生産について書かれた本であるとも感じた。
これは序盤から感じたことだったけど、特に共有のノートの章こそは、「ひとにわかるかたちで提出する」ことへの、知的生産への誘いの章やなーと思いながら読んだ。
知的生活の話でもあるし、知的生産の技術の話も含んでるし、知的生産の誘いの書にもなってる。
その基盤となるのが、入門となるのが、身近な実践ツールがノートであって、ノートっていいもんだなと思った。
発行:2021