2014年03月号 デジタルで実現する「描写思考」
手で書いて考える
万年筆が大好きだ。中学1年のときからノートを取るのは万年筆。現在最も多用しているのは、ブルーの顔料インク、セーラー万年筆の「青墨」である。筆跡に残るインクの濃淡が手書きの味。自分らしさがにじみ出る。
その万年筆で日常的に書き込むノートはコクヨS&Tの「測量野帳」(セ-Y3・スケッチブック)だ。軽くて薄くてコンパクト。そのうえ希望小売価格が189円だから、実用的に惜しげなく使える。紙質が最高でインクがまったく裏写りしない。高価なものまで含めて数十種類のノートを試した結果、2008年以降、すべての用途にこの測量野帳を活用している。
例えば講義で使う民法、契約関係の図解方法を考えるとき、測量野帳に万年筆で図を描きながら「描写思考」をする。とめどなく流れ出すインクで描くとアイデアも湧く。万年筆とインクはアイデアの呼び水なのだ。
そのほか、担当するすべての講義で毎週学生が提出する「オピニオンペーパー」にコメントを書くとき、顧問をしている部活に関係するさまざまな書類にサインをするとき、手書きで提出する書類に記載するとき、すべて万年筆である。
また講演などを聞きながらブルーのインクでノートを取りつつ、自分の見解を付記するインクは、別の万年筆に入れたお気に入りのピンクだ。論文や雑誌記事の校正には、赤い染料インクを使って細いニブ(ペン先)の万年筆で書き込む。
手書きするすべての文字と図表で万年筆の書き心地を楽しむ。書くことが楽しいから仕事がはかどるのだ。
問題は、手書きしたあとのデジタル化である。情報をストックするなら、あとから使えることが大切。だからすべて検索可能なデジタルに集約するのだ。
最も簡単なのはiPhoneで撮影してしまうこと。平らなデスクではなく、傾斜した場所に置いて撮影すれば影が映り込まず、きれいに画像化できる。撮影後は自動的にiCloudのフォトストリームを経由してMacに写真が届き、タグ付けなどの手間をかけなくても、日付や場所の情報から探し出せるのが便利だ。
最近はPFUの「ScanSnap SV600」で、測量野帳の各ページを開いてスキャンすることが多い。ボタンひとつ押すだけできれいなPDFに電子化され、直接Evernoteに保存される。
このような万年筆の楽しみは、デジタルで置き換えられるものではないと信じている。その一方で、同様のことをデジタルでも実現できたらうれしい。MetaMoJiのiPadアプリ「Note Anytime」が昨年12月にバージョンアップし、その理想に大きく近づいた。
デジタルで描写思考
バージョン2.0になったNote Anytimeは、一気に私の常用ノートになった。有料版(価:200円)にあるグラデーション機能を使うと、万年筆と同じような濃淡のあるインクで筆を走らせることができるのだ。
iPad上のNote Anytimeでペンツールからペン設定を開き、万年筆を選択する。そこで「インク色」にグラデーションを設定できる。「インク色」をタップして右側の色選択画面を2つ右にスワイプし、カラーホイールから2色選ぶ。
目指すは「青墨」。リアルな万年筆で書いたのと同じような、深みとあたたかみのあるインク色にしたい。微妙に異なる30通り以上の色の組み合わせを設定しては試し書きを繰り返し、好みの色が定まった。インクの色作りをいつでも簡単に自分でできるのもデジタルの面白さだ。インクの線幅は3〜7を使っている。
同様に、いつも万年筆で使っているセーラーの赤インクに似た雰囲気の赤も作成。一見するとグラデーションとはわからない程度のほんのりとした変化だ。原稿の校正にはこれを使う。
ほかにもグラデーションの組み合わせは無限。あの「あまちゃん」の題字に使われているようなブルーとピンクの組み合わせで描くのも面白い。
ただし、グラデーションを使わない単色にもメリットがある。筆記に対する画面表示のレスポンスが速いのだ。書くときには単色の真っ黒を使い、あとからすべての文字を選択してグラデーションインクに一括変更することもできる。
好みのインクが仕上がったら、次は筆記具。指でも書けるが、やはりノートはペン状のもので書きたい。その書き心地を左右する重要なアイテムがスタイラスペンだ。各社の製品をいくつか試したが、やはりMetaMoJi製の「Su-Pen」シリーズがいい。
改良に改良を重ねたペン先は、4層構造の特殊な導電性繊維で作られており、絶妙な書き味だ。意図したポイントを確実にタップでき、きれいにラインを引ける優れものである。文字や図形を手書きするときだけでなく、iPadとiPhoneの通常の操作にも使っている。高速なフリック入力で長文を書くにも好適だ。
このSu-Pen、いくつかのモデルがあり、それぞれ魅力的だ。真鍮製のミニペン先専用のモデル「P201S-MSWG」はクリップがついているので、万年筆とともにポケットに挿して常備している。また「Su-Pen CL ミニペン先モデル」は低重心のため、フリック入力で長文を書くのにいい。
「パズドラ!タッチペン」というモデルは樹脂製で軽く、iPadの画面に触れてもキズをつける心配がない。ペン軸に5つの丸い突起が付いていて、どんな長さでホールドしても指にフィットする。「パズドラ」をプレーするだけに使うのはもったいないくらい、使いやすいモデルだ。
役者はそろった。Note Anytimeで方眼の背景を選んでノートを開く。
文字を書くとき、手が画面に触れるとうまく書けない。そのため「リストガード」機能が付いているが、私はいくつか工夫をすることで、リストガードを使わず、画面に手を触れることなく筆記している。
手を浮かして書く場合、記述する文字のサイズは紙のノートよりひと回り大きくなる。そのために全画面内に方眼が3〜5行表示される程度にノートのほうを拡大している。
また筆記する位置を画面の最下部に移動し、iPadのフチで書くようにすれば、手は机に置くことができる。さらに反対の手でiPadを手前に傾けると書きやすい。iPad Air Smart Coverを併用すれば、適切な角度を維持できる。
手で書くと頭が働く。考えを言葉や図形で描写すると客観化され、それを見た脳がフィードバックを受けるのだ。デジタルで「描写思考」できる時代の到来である。