2013年02月号 アウトライナーで書く
樹形図を描く
昨年3月、カンボジアに向かう機内で私は、マックに開いた「Tree」にカンボジア民法の目次を打ち込んでいた。11年12月に施行された真新しいカンボジア民法を教えにいくためである。02年以来、ほとんど毎年訪問している法整備支援のボランティア活動の一環だ。
カンボジア民法には条文が1305条ある。非常に大きな法律だ。それを端から読んでいったとしても、とても全体像を把握することはできない。できればその構成をビジュアルに観察したい。そこでTreeを使うのだ。
カンボジア民法は9つの編からなり、その章立ては「編」、「章」、「節」、「款」の4つの階層で構成されている。それを順次Treeに書き込む。すると、Treeが自動的に樹形図を描いてくれるのだ。つまりカンボジア民法のツリー構造を、一瞬でビジュアル化できるのである。
実は私は、日本の各法律もこの方法で樹形図にしている。全体の構造が一目瞭然で、その法律の構成を頭に描けるし、どこにどんな規定が置かれているか推測もつく。条文の相互関係を体系的に把握でき、条文の配置に基づく解釈の手がかりも得られる。樹形図を描くことは法律の研究や教育に大変有益なのだ。
従って、初めて読む法令はこの樹形図作りから始めるのが理解の早道だ。大きなものを把握したかったら、最初に全体像を描く。手書きで描いてもいいし、Treeのようなソフトを使ってもいい。
学生たちにも目次の樹形図化を薦めている。初めて訪れる土地の地図をあらかじめ手に入れるようなもので、その後の学習の重要な指針になるのだ。私はこれを「民法地図」と呼んでいる。
カンボジアで民法を教えるときも同じように指導する。現地での講義の初日、民法のいろはを教えた後、カンボジア民法の樹形図化を宿題とする。翌日、彼らは紙を何枚もつなぎ合わせた大きな「地図」を教室に持ってくる。手書きでこれを作るのは結構大変な作業だ。でもみな、民法に書かれている項目を「全部」書いたという達成感に満ちている。
その後、講義で新たな条文が出てくるたびに、「地図」で位置付けを確認してもらう。それを繰り返すうちに、その樹形図が「幹」となり、枯れ木に葉が芽吹き花が咲くがごとく、次第に民法の理解が豊かに立体化されていくのだ。
最初は無味乾燥だった民法の各条文が、生き生きと見えてきて、周囲の別の条文とも有機的な関係が結ばれていく。白地図に色付けされ、情報が盛り込まれていくように。
アウトライナーの効用
では自分で文章を書くときはどうだろう。やることは同じなのだ。
頭の中にある「伝えたいこと」が明確な場合もあるし、何かもやもやとしたアイデアとも呼べないものだけが浮かぶ場合もあるだろう。いずれにしても文章を書くとは、自分の頭にあるサムシングを言葉にし、形にしていく作業だ。
その際、やるべきことは3つ。①伝えたいメッセージを明確にする。②メッセージを効果的に伝えるための構成を整える。③肉付けしながら文章に表現する。
まず最初に目指すのは、自分の「伝えたいこと」をあぶりだすことだ。文章を書くうえで最も大切な「メッセージ」をひたすら明確にするのだ。自分が言いたいことは何だろうと、自問自答を繰り返すのである。
昔は、これが明確に自覚できない限り、文章を書き始めることができなかった。しかし今は違う。アウトライナーがあるからだ。
「アウトライン・プロセッサー」あるいは「アウトライナー」とは、文章を階層的に構成しながら書き進めるための知的生産ツールだ。現在、私が愛用しているアウトライナーが、「Tree」である。
80年代以来、マックには「Acta」、「MORE」という名アウトライナーがあった。これを使いたいためにマックを買う人がいたとさえいわれるほどの名アプリである。
私も長年、「Acta」を愛用していた。21世紀に入り、MacOS Xの時代になると、「OmniOutliner」がリリースされ、すぐさま私も使い始めた。
そして現在は「Tree」である。扱いやすく、シンプル。行間隔がきれいで、見やすい。安定していて、長文も安心。コンスタントに開発が続けられている。
そういった基本的な資質に優れているうえ、一般的なアウトライン表示(リスト表示)のほかにツリー表示できるのがすばらしい。両者をワンタッチで切り替えられるので、文章をリストで見たり、ツリーで見たりしながら書き進められる。個人的には現時点で、文章を書くための最高の環境である。
文章の書き方だけでなく、論理的思考の訓練にも最適だ。そのため私が担当する大学院のクラスではTreeを標準アプリにしている。とくに司法試験を目指すロースクールの大学院生は、論文試験で構造的な文章を短時間で書くチカラを磨く必要があり、そのツールとしてTreeがベストなのだ。
また、法律の条文や論点ごとに判例や要点をまとめるための道具としても有用。法律に限らず、樹形図がなじむ多くの科目で、Treeを使って樹形図を描いて学習を進めるのも効果的だ。思考と記憶と表現をひとつでまかなえる至高のツールなのである。
樹形図で書く
さて文章を書く際、昔は最初に「メッセージ」を明らかにしてから書き始めることが必要だった。前述の①を最初にするのだ。
しかし、アウトライナーを使うと、①②③の順序を問わず、ときには同時進行で書き上げられる。メッセージを研ぎすましつつ、文章の骨格をかためながら、そこに肉付けする枝葉も同時に書き進める、といったことが可能なのだ。これがアウトライナーを使って文章を書く最大の魅力だ。文章を書き慣れない人にとっても大きな味方となる。
何を書きたいのか自分でもあいまいな場合は、とりあえず思いついたことを項目としてTreeに書いていけばいい。並んだトピックを眺めながら順序を入れ替えたり項目の親子関係を動かしたりしていると、徐々に各項目の共通点が抽出できたり、まとまりや方向性が見えたりする。それを生かすと、やがて文章の骨格が組み上がってくる。そのうちに不思議と自分が表現したいメッセージまで見えてくるのだ。③→②→①の書き方だ。逆に、最初から書きたいことが意識できている場合は、①→②→③の順に書けばいい。
アウトライナーを使うと文章の書き方が柔軟になる。レゴを「組み立てる」ような感覚で、文章を立体的に構築できるのだ。日本の学校教育は比較的「ライティング」の訓練が少ないが、こういったツールを使えば文章力を底上げできる。私自身、その恩恵に浴している一人である。
現在、TreeのファイルはDropboxに置いて、マック間で共有している。できればぜひともTreeのiPad版が欲しい。それがiCloud経由でマックと同期できたら理想的。
Treeの使い勝手と樹形図表示が素晴らしい。これをiPadでも使えたら最高。作者さま、ぜひご検討いただければ幸いです。