2012年11月号 立ってシゴト、座ってレスト
立ち机の効用
研究室のデスクは、「立ち机」である。今年の1月、室内の模様替えをし、メインのデスクを立ち机にした。至極快適に仕事している。
私の立ち机歴は15年ほど前、自宅の書斎を立ち机化したことに始まる。組み立て家具を使って、当時の重いCRTディスプレイを目の高さに置き、立ってマックを使っていた。
00年に成蹊大学に着任すると、研究室には備え付けのデスクとチェアーがあった。しかし、それに座り続けて仕事をすると腰が痛くなるし、肩や背中がこわばってくる。なんとかしたいと思っていた。
そんなときに出会ったのが、㈱トレインの「アーユルチェアー」である。日本人古来の「坐骨で座る」スタイルを実現する椅子だ。座面はコンパクトで、「座る」というより「腰掛ける」という表現がふさわしい。
上半身がすっと伸び、その上に頭の重量が乗るので、肩、首、背中等の筋肉に負担がかからない。骨盤が整い、自然といい姿勢が持続する。胸が開くので呼吸も楽。きっと、酸素の吸入量も多いに違いない。
研究室も自宅もアーユルチェアーにして3年半。長年悩まされた腰痛とも無縁になった。座り仕事は快適そのもの。でも立ち机の気持ちよさも実現したいと思い続けていた。
今年の1月、ふと思い立ってアスクルのカタログをめくってみると、立ち机を研究室で実現するのに適していそうなアール・エフ・ヤマカワ㈱の「ハイテーブル」を発見。早速注文し、届いた製品を書棚の前に設置した。いい感じである。
ハイテーブルには㈱PFUの「HHKB Professional JP」を2台並べ、その左にApple Magic Mouse、右にMagic Trackpadを置いた。テーブルの前に立ち、両手を前に出すと自然にキーボードの位置に来る。絶妙な高さだ。
一方、書棚の中には当初、MacBook Pro 15インチに接続したApple LED Cinema Displayを設置した。しかし最近、MacBook Pro Retinaディスプレイモデルを導入してからは、それを書棚に置いて使っている。
重要なのはマックの高さだ。立ったときに真正面でモニターを見る高さに据えるのがいい。もしキーボードと同じ高さにマックを設置するとモニターを見下ろすことになり、それを長時間見続けると首に継続的な負担をかけることになるからだ。
これで、立ち机による仕事環境が整った。マックに向かって仕事をしている時間が圧倒的に長い私にとってこの改善のメリットは大きい。
最大のメリットは仕事がはかどることだ。立っている姿勢は体への負担が小さいから、その分、仕事に集中できる。腰が痛いとか、肩が凝るといった不快感から解放され、体も気持ちも楽なのだ。
一般的な椅子に長時間座っていると、どうしても次第に姿勢が悪くなってくる。いわば椅子に拘束されている状態だから、体が変化を求めるのだろう。
でも立っていると、足の位置や体重の掛け方などを少しずつ、無意識あるいは意識的に変えられる。腕や腰を動かしたり、立ち方を変えたりできるから、軽い体操をしながら仕事をしているようなものだ。
その結果、体がこわばることもなく、肩も首も背中も痛くならない。少しずつ体勢を変え続けることで、長時間マックに向かい続けても、楽な姿勢が持続するのだ。
また聞いている音楽に合わせて踊りながら仕事できるし、貧乏揺すりをすることもない。足裏の反射区(ツボ)を刺激するボードに乗ったままでも仕事できる。
副次的な効用もある。立っていればスーツにシワが付かないし、膝も伸びない。メッシュ地の椅子に何ヶ月も座り続けるとスーツの生地にテカリが出てきてしまうが、立っていればそれもない。
発信へのスイッチをオンに
ではなぜ仕事がはかどるのか。もっとも単純な理由は、立っているときは仕事をして、休むときは座る、というメリハリがはっきりしている点にある。
立っていると自然と「いま書こう」、「いま返信してしまおう」、「いま終わらせよう」と考える。つまり立位の方がアクションまでの心理的距離が近いのだ。
しかし、もっと本質的な理由がある。世の中を見回してみると、そもそも「作り出す仕事」というものは基本的に立って行うものが多い。料理中のシェフ、建築中の大工、手術中の医師、ライブ演奏中のミュージシャン、講義中の教員……。
みんな立っている。だからもしマックを使って何かを作り出そうと思うなら、立ってやる方がいい。
一方、情報を受信するときは座っていることが多い。料理をいただく、音楽を聴く、講義を受ける、本を読む、音楽を聴く、映画を観る……。
ライブの聴衆は、最初、受動的に聞くモードのときは席に座っている。徐々に音楽にノって演奏者やオーディエンスとの一体感が醸成させてくると、立ちあがり、一緒に歌ったり踊ったりする。「立つ」動作は受信から発信へのスイッチなのだ。
立って発信、座って受信。
立って表現、座って鑑賞。
立って仕事《シゴト》、座って休憩《レスト》。
これに気づいてから、仕事の性質によって意識的に体勢を換えるようになった。マックに向かって原稿を書いたり資料を作ったりする作業は立ち机で行う。メールにきちんとした返事を書くのもAperture3で写真を編集するのも立ち机だ。
一方、本を読んだり答案を採点するときはアーユルチェアーに座っている。メールや新聞記事をiPadでざっと読むとか映像を観るのはソファーに座ってゆったりと、である。
こうして立ち机で積極的に仕事をするようになって、立つときの重心の位置の重要性に気づいた。本来、アーユルチェアーに座っているときのように、上半身がきちんと垂直に立ち、頭の重さを体の中心で支える状態が理想的なはずである。
しかし立ち机の前に立っているときは自分が前のめりになっており、頭の位置が体の重心より前に外れているのだ。腰を伸ばしたり反り気味にしたりと試行錯誤してみたが、いまひとつ、快適な立ち方にならない。
そんなときに思い出したのが、2年半ほど前から使っているMBTシューズ。これを履くと重心が土踏まずの後端に位置する。他の靴では親指の付け根あたりに重心があるのに比べて、ずいぶんと後方だ。
その後、姿勢の専門家が書いたコラムを読んだところ、立っているときの重心は土踏まずの後端にあるのが理想的らしい。まさにMBTシューズによって導かれた位置だ。
そこで裸足でも他の靴を履いているときでも、そこに重心が来るように意識してみた。すると、なんとアーユルチェアーに腰掛けているときのように、上半身がすっと伸びるではないか。重心の位置をほんの数cmほど後ろにするだけで、体が垂直に保たれるようになったのだ。
愉快に、気持ちよく、効率的に仕事をしたい。そのために自分の環境を工夫し、進化させていくこともまた、仕事の楽しみ方のひとつである。