己の考えに惑わされないためには
人間には、物事の一面だけにまどわされ全体が把握できない弱点がある。ひとつの情報にとらわれず正しい判断をする必要がある。一面だけを見てそれがすべてだと信じれば迷いは深まる。天下に真実はひとつしかないのだから、正しい理解もひとつしかない。ところが今日、諸侯はそれぞれ異なった政治を行い、識者はそれぞれ異なった説を唱える。正しい説もあれば間違った説もあり、治まった国もあれば乱れた国も生じる。現実を見ない君主も、現実を見ない識者も、なんとか正しい道を歩もうと、願っていないわけではない。ただ、かれらはひがみや迷いがあるから、そこにつけこまれて邪道へと誘惑されてしまう。
かれらは自分の習慣に固執し、人の批判に耳を貸さない。自分のやり方に固執して、ひとのやり方が褒められれば腹を立てる。こうして現実からますます離れていくのに、あくまで自分が正しいと主張する。こうして、物事の一面にまどわされ、正しい目標を見失っていく。
なぜ心は惑わされるのか。好悪の感情に振り回され、終始の一方にとらわれ、遠近の一方、広狭の一方にとらわれ、過去現在の一方だけにとらわれるからだ。どんなことでも一面だけにとらわれると、心を惑わすもととなる。これは人の心の特性であり、乗り越えるべき課題でもある。
(荀子、紀元前250年ごろ)
《解蔽》
凡人之患,蔽於一曲,而闇於大理。治則復經,兩疑則惑矣。天下無二道,聖人無兩心。今諸侯異政,百家異說,則必或是或非,或治或亂。亂國之君,亂家之人,此其誠心,莫不求正而以自為也。妒繆於道,而人誘其所迨也。私其所積,唯恐聞其惡也。倚其所私,以觀異術,唯恐聞其美也。是以與治雖走,而是己不輟也。豈不蔽於一曲,而失正求也哉!心不使焉,則白黑在前而目不見,雷鼓在側而耳不聞,況於使者乎?德道之人,亂國之君非之上,亂家之人非之下,豈不哀哉!
故為蔽:欲為蔽,惡為蔽,始為蔽,終為蔽,遠為蔽,近為蔽,博為蔽,淺為蔽,古為蔽,今為蔽。凡萬物異則莫不相為蔽,此心術之公患也。