魔法
https://gyazo.com/e9815be44c2a06d604afc48f2215acfc
四一歳。「語ること」の暴力性を問うミニマム実験作
あらすじ・概要
テロで記憶を失った男性が、滞在していた病棟にやってきた恋人と再会する。彼が彼女との交際の記憶を取り戻してゆく過程で、奇妙な矛盾と不可視の間男の存在があぶり出されていく……。
ウェルズ『透明人間』を筆頭に、いまや古典と呼ばれるようなミステリやSFなどで頻用されてきた不可視テーマを換骨奪胎して、風変わりなメタフィクションに仕立て上げた作品。
読みどころ
『スペース・マシン』の項目でも少し触れたが、不可視性はプリーストが特に好む題材のひとつだ。
「視えること」と「干渉できること」の非対称性は、現代社会に生きる人間たちが抱える問題の根底にある。空に視えてはいるがけしてつかむことのできない飛行機雲。敵からは目視できない飛行ポッド。敵地への一方的な爆撃というようなモチーフを、たとえばプリーストは好んで用いてきた*。
拒否できない相手への一方的な干渉という、我々がふるいうる暴力の最も基本的な一様式に意識的であるこの作家は、当然のようにして語りの暴力性についても取り組まねばならなかった。
素直に読めばこの作品は、物語ることの暴力を知り尽くしたプリーストによる、ある種の変性した懺悔の書ということになるだろう。
ところで若島正氏は『奇術師』の解説にて、この実験作を絶賛している。
この渋さというか、登場人物とガジェットを絞り込むことで生まれたゲーム性の高さがお好みだったのだろうか。
* 本当はステルス機のようなガジェットでもよいのだろうが、実在の重厚長大型ガジェットを使うことを彼はいつからか自分に禁じている。具体的には、長編デビュー作『伝授者』(一九七〇年)におけるガジェットとしてVTOL機を用いた彼は、二〇一三年の『夢幻諸島から』ではドローンを多用するに至った。この変化を単に、新規技術の賞味期限によるものだというふうにとらえることは容易だが、評者はどうもそれだけではないように思う。われわれをとりまく現実そのものが、「検出できる(可視)にもかかわらず干渉不可能」、「干渉できるにもかかわらず目視不可能」なものへと変化しつつあることについて、プリーストを含むニューウェーブ作家はもう何十年も前から気がついていたのだ。これは個人的な意見だが、COVIDー19ウイルスは、プリーストが好んで用いてきたガジェットの特徴すべてを不気味なまでに備えている。