kinetoで本当に操作したいのは時間?
#pKineto
drinami.iconのキックオフ会議の話(議事録的なメモ)
ノート書いていれば自然に遅れるってのは、モードレスなので良い
そうなってきた時に、「本当に操作したいのは時間?」
drinami
そこになにかあると思う
時間という言葉を使わずに
そっちの方が深いところに行ける
ここに魔法が宿ってる?
まあ売り文句は時間操作で良さそう
「現実の時間」ではなく「現実」を操作
そもそも時間とは?
クロノス時間 vs カイロス時間
kinetoはカイロス?
操作したいのは何かについて、学ぶ内容の話に着眼をおく
紙の本を読んで定着するのは10%みたいな話もある、その効率にフォーカス?
式を使う授業は板書じゃだめ、みたいな話もある
式で書くスピードと、理解のスピードがちょうど良いみたいな話もあり
「時間を操作」っていうキャッチーなフレーズを付けちゃうと、そこで思考停止してしまう
かっこいい言葉による思考停止
↑以上が、drinami.iconがキックオフ会議で言っていた話
-.icon
↓その後blu3mo.iconが考えたこと
そもそも時間とは?
Q: コミュニケーションの文脈における「時間の共有」とは
考えたことはここに結構書いた --> 時間共有感
要約すると、
「時間を共有している」という感覚は、情報を受け取る側の一方的な感覚
情報の送り手と同じ何か(映像、現実など)を体験しているときにそう感じる
そう捉えれば、対面会話も、Zoomも、ニコニコ動画のコメントも、根本的に大きな違いはない
違いは、発信されてから受け取るまでのズレが1msなのか300msなのか1年なのか、だけ。
ズレの量が許容範囲な環境では、双方向で対話ができる(例: 対面会話、Zoom会話)
kinetoは、↑の「ズレ」を操作可能なものにするという点が画期的
本質的にkinetoでやりたいこととは?
情報を得るスピードと、それを解釈・理解するスピードを同期させる
二つのスピードの不一致を無くす
そのために、先生の情報を受信する時の「時間を共有」のズレを操作する
ポイントとしては、先生は生徒と常に同じ時間を共有していなくて良いという点が重要
なぜなら1対Nの対話だから
生徒は先生と「時間を共有」していると感じる、ただその逆はない
先生にとってはやりにくいかも
時間を共有している時の「ズレ」が一定量以下ならば双方向対話が可能
うまく調整すれば、ズレが同じくらい大きい生徒同士で話せるようになる
「時間を共有」しているという感覚を強くする工夫は必要?
必要な情報さえ得られれば良いからいらないと言う考え方もできる
先生側にむしろ配慮するべきかも
そもそも、時間はユーザーだけに操作させたいわけではない
自動でやることに結構価値ある
じゃあ、「時間を操作する」はおかしい
同期的授業を時間的制約から解放する
まあ売り文句は「操作できる」で良いかな
#kineto