Warmaking and Statemaking as Organized Crime
二重の意味を持つ保護 (Double-Edged Protection)
このセクションは論文全体の導入であり、中心的なアナロジーを提示します。
ティリーは、**「保護(protection)」**という言葉には2つの対照的な意味合いがあると指摘します。一つは、保険や頑丈な屋根のように、危険から守ってくれる心強いイメージです。もう一つは、マフィアが商店に「みかじめ料」を要求するような、脅迫的なイメージです。マフィアは、自らが引き起こすかもしれない損害を避けるためだと脅して金銭を強要します。
ここからティリーは、**「国家の活動は、後者の脅迫的な保護、すなわち組織犯罪(ラケッティアリング)に酷似している」という核心的な主張を展開します。正当な保護者と脅迫者(ラックティア)を分けるのは、「脅威が現実的で、外部からもたらされるものか」**という点です。ラックティアは、自ら危険を作り出し、それを取り除くことへの対価を要求します。
ティリーによれば、国家も同様のことを行います。
国家は、しばしば自らの活動(戦争、国内の抑圧など)によって国民に対する脅威を生み出します。
そして、その脅威からの「保護」を提供するとして、国民から税金を徴収します。
国家が他の組織と異なるのは、その領土内で暴力手段を独占している点です。この暴力の独占により、国家の提供する「保護」はより信頼性があるように見え、国民はそれに従わざるを得なくなるのです。
暴力と政府 (Violence and Government)
このセクションでは、国家がいかにして暴力の独占を達成したか、その歴史的プロセスを解説します。
ティリーによれば、近代国家が成立する初期の段階では、「合法的」な暴力(国家によるもの)と「非合法的」な暴力(盗賊や海賊によるもの)の境界は非常に曖昧でした。
君主は、敵国を攻撃するために海賊を「私掠船」として公認したり、盗賊を雇ったりすることが頻繁にありました。
戦争が終わって解雇された兵士は、しばしばそのまま盗賊となって略奪を続けました。
したがって、国家建設者にとっての最重要課題の一つは、国内の競争相手(独自の軍隊を持つ大貴族など)を武装解除させることでした。イギリスのテューダー朝やフランスのリシュリュー枢機卿の政策がその典型例です。彼らは貴族の城を破壊し、私兵の保有を禁じ、決闘を非難することで、国内における暴力の独占を徐々に確立していきました。
この長く暴力的なプロセスを経て、国家は国内のいかなる組織よりもはるかに強力な、常備軍という恒久的で専門的な軍事力を手に入れ、暴力の独占を理論から現実のものへと変えていったのです。
ビジネスとしての保護 (Protection as Business)
ここでは、経済史家フレデリック・レーンの理論を導入し、国家の活動を経済モデルとして分析します。
レーンは、**「政府は保護を売るビジネスである」**と主張しました。暴力の行使という活動は、競争がコストを増大させるため、本質的に独占に向かう性質があります。
ティリーは、レーンのモデルから2つの重要な概念を引用します。
1. 貢納(Tribute): 君主が得る「独占利益」のこと。これは、保護を提供するのにかかるコスト(軍事費など)と、国民から徴収する税収との差額を指します。
2. 保護レント(Protection Rent): 保護を受ける「顧客」(商人など)が得る利益のこと。例えば、ある国の商人が、自国政府の強力な海軍のおかげで、外国の競争相手よりも安全かつ低コストで貿易ができる場合、その差額が保護レントとなります。
このモデルでは、国家の支配者、官僚、商人、そして一般市民の間の利害関係が明確になります。国家は単に公共サービスを提供する組織ではなく、暴力の独占を利用して利益を追求する経済主体として捉えられます。
歴史が語ること (History Talks)
このセクションでは、レーンの経済モデルを歴史的な具体例、特にヨーロッパの事例を用いて補強・発展させます。
ティリーは、大砲の発展といった単一の技術的要因が国家の形態を決定した、とする単純な見方を批判します。実際には、陸戦だけでなく海戦の重要性も高く、それがヴェネツィアやオランダのような海洋国家の台頭を促したと指摘します。
そして、国家建設において最も重要でありながら見過ごされがちな要素として、資本の蓄積を挙げます。
君主たちは戦争を遂行するために莫大な資金を必要としました。
これにより、君主は資金を供給できる資本家階級との共生関係を結ばざるを得なくなりました。
戦争は、税収の劇的な増加と国債の発行をもたらしました。戦争が終わっても税率が戦前の水準まで完全には戻らない「ラチェット効果」が働き、国家の財政規模は恒久的に拡大していきました。
このように、**「戦争、国家機構、徴税、借金」**は一体となって進展し、近代国家の巨大な財政・行政機構を形成したのです。
国家は何をするのか? (What Do States Do?)
ここでティリーは、自らの理論的枠組みを提示します。彼は、国家が行う暴力に関連した活動を以下の4つに分類します。
1. 戦争遂行 (Warmaking): 領土外のライバルを排除・中立化する活動。これにより、軍隊や海軍が形成される。
2. 国家建設 (Statemaking): 領土内のライバルを排除・中立化する活動。これにより、国内の監視・統制機関(警察など)が形成される。
3. 保護 (Protection): 自らの顧客(同盟者である商人階級など)の敵を排除・中立化する活動。これにより、裁判所や議会といった、顧客が権利を主張するための組織が形成される。
4. 収奪 (Extraction): 上記3つの活動を遂行するための手段(人員、武器、資金)を獲得する活動。これにより、徴税機関や財務省といった財政・官僚機構が形成される。
これらの4つの活動は、相互に依存し、強化し合う関係にあります。例えば、効果的な戦争遂行には大規模な収奪が必要であり、収奪を成功させるには国内の抵抗を抑える国家建設が不可欠です。そして、その過程で特定階級への保護が副産物として生まれる、という具合です。
それぞれの国家の組織構造(官僚機構の大きさ、財政の仕組みなど)は、これらの活動を遂行する上での困難さやコストの違いによって、多様な形で発展したとティリーは結論づけています。
結びの警告 (A Farewell Warning)
これは論文の結論部分であり、ティリー自身が自らの議論の限界について注意を促しています。
彼は、この論文で提示したモデルが、ヨーロッパの歴史的経験を単純化・図式化したものであることを認めています。また、このモデルを現代の世界、特に非ヨーロッパ地域に適用するには、さらなる慎重な検討が必要だと釘を刺します。
ヨーロッパ史の要約を「薄氷の上を滑る」ことに、そしてそれを現代世界に外挿することを「水の上を歩く」ことに喩え、この論文が理論的考察のための素材であり、さらなる検証が必要な仮説であることを強調して締めくくっています。