Ethnicity and civil war
はい、承知いたしました。先の要約の各項目について、論文「Ethnicity and civil war」の内容を一つも漏らさず、極めて詳細に解説します。
論文 "Ethnicity and civil war" 詳細解説
1. 序論:根源的な問いの提示
このセクションは、なぜ現代の内戦の多くが「民族」を境界線として発生するのか、という中心的な問いを深く掘り下げ、論文全体の議論の土台を構築します。
1-1. 驚くべき統計的事実:内戦における民族の優位性
論文の冒頭で提示される衝撃的なデータは、1946年から論文執筆時点まで(データは2005年まで)に発生した全ての内戦のうち、実に64%が民族的な対立軸を持っていたという事実です。このデータは、PRIO Battle Deaths Dataset Version 3.0 (Lacina & Gleditsch, 2005) と UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset に基づいており、1,000人以上の戦闘死者を出した紛争を「内戦」と定義する学術的な標準(Fearon & Laitin, 2003)に従っています。
この比率の高さが「謎」である理由は、社会には階級、地理、政治イデオロギー、宗教など、人々を分断しうる多様な対立軸が存在するにもかかわらず、暴力的な内戦にまで発展するのは、なぜか民族間の対立が突出して多いからです (Blattman & Miguel, 2010)。
なるほどね〜〜blu3mo.icon
1-2. 自明な説明(分離独立運動)の検討と、それでも残る謎
この問いに対する最も単純な答えは、「内戦の多くが民族自決 (self-determination)を求める分離独立運動だからだ」というものです。民族自決は、特定の民族集団が国家からの政治的独立を目指す「民族ナショナリズム」に根差しており (Smith, 2000)、紛争が民族的になるのは定義上当然です。事実、1946年以降の分離独立を掲げた内戦40件のうち39件(実に98%)が民族紛争でした。
しかし、著者らはこの説明だけでは不十分だと指摘します。これらの分離独立運動を全て除外し、純粋に「中央政府の支配権」をめぐって争われた内戦(全73件)だけを見ても、そのうち33件(45%)が、政府とは異なる民族アイデンティティを持つ反乱グループによって開始されています。多くの社会集団(例:下層階級、カースト、女性、同性愛者など)が差別を経験しているにもかかわらず、依然として民族が反乱を組織する最も顕著な特徴となっているのです。この事実こそが、本論文が解明しようとする核心的な謎です。
1-3. 本論文の核心的議論:3つの要因
なぜ民族グループが反乱を起こしやすいのか。著者らはその理由を3つの相互に関連する要因に集約します。
1. 不満 (Grievances): 民族グループは、他の集団に比べて、国家に対してより深刻な不満を抱く構造的な理由が存在する。
2. 機会 (Opportunity): 民族グループは、不満を行動に移すための支持者の組織化や動員において、他の集団よりも有利な条件を持っている。
こっちのほうがありそうだと思ったblu3mo.icon
3. 交渉問題 (Bargaining Problems): 民族間の対立は、その性質上、交渉による平和的解決を困難にする根深い問題を抱えている。
あ〜、これは想像していなかったなblu3mo.icon
これらの要因は、①歴史的に権力が民族単位で配分されてきたこと、②民族が集住し独自の社会ネットワークを持つこと、③民族アイデンティティが他の政治的アイデンティティよりも固定的であること、という3つの基礎的なパターンから生じると主張します。
1-4. 「民族グループ」の定義と本研究の位置づけ
著者らは、Barth (1969) の古典的な定義を引用し、民族グループを「(1) 主に自己永続的で、(2) 中核的な文化的価値観を共有し、(3) 交流と意思疎通の場として機能し、(4) その共通性に基づき自他共に認識可能なメンバーシップを持つ集団」と定義します。
自己永続的でないってなんだろう?blu3mo.icon
世代を超えないようなものかblu3mo.icon
民族アイデンティティは、指導者によって政治的に「構築」または「操作」される側面があることも認めつつ (Gellner, 1994; Brubaker, 2004)、それでもなお、階級やイデオロギーといった他のアイデンティティよりも安定的で識別しやすいという特徴が重要だと論じます。
本研究は、「どの民族が反乱するか」(Cederman, Wimmer & Min, 2010) や「どの国で紛争が起きるか」(Fearon & Laitin, 2003) を問う既存研究とは一線を画し、「なぜ反乱の組織原理として民族が選ばれるのか」という問いに答えることで、内戦研究に新たな理論的視座を提供することを目指しています。
「選ばれる」というニュアンスはあんまり腑に落ちないなblu3mo.icon
2. 現象の概念化:データが示す揺るぎないパターン
このセクションでは、理論的枠組みを提示する前に、民族内戦が単なる逸話ではなく、統計的に明確なパターンを持つ現象であることを実証データを用いて示します。
2-1. パターン1: 民族内戦は圧倒的に多い
論文のTable Iは、内戦を「中央政府支配をめぐる戦争」と「分離独立戦争」に分類し、それぞれにおける民族・非民族紛争の数を示しています。全113件の内戦のうち72件(63.72%)が民族紛争であり、約3分の2を占めます。前述の通り、分離独立運動を除いても、中央政府支配をめぐる戦争の45.21%が民族紛争です。
Figure 1は、1946年以降に開始された内戦の数を5年ごとにグラフ化したものです。これを見ると、冷戦期やポスト冷戦期など、時代を問わず、ほぼ全ての期間で民族内戦の発生件数が非民族内戦を上回っており、この現象が一時的なものではないことを示しています。
2-2. パターン2: 民族内戦は解決が困難で、より長期化する
民族内戦と非民族内戦の平均継続期間を比較すると、民族内戦が13.7年であるのに対し、非民族内戦は8.3年と、平均で5.5年も長いことが分かります。
へ〜〜blu3mo.icon
Figure 2は、この差をより明確に示しています。紛争期間の分布を見ると、非民族内戦は短期間(8年未満)で終結する割合が高いのに対し、民族内戦はより長い期間にわたって分布が広がっています。特に25年以上続いた超長期紛争13件のうち、非民族紛争はミャンマーとコロンビアの2件のみで、残りは全て民族紛争です。これは、民族内戦が一度始まると、解決が極めて困難であることを示唆しています。
2-3. 導き出される3つの結論
これらのデータから、以下の3点が明らかになります。
1. 高い発生確率: 内戦が起きた場合、それが民族的側面を持つ可能性は非常に高い。
2. 長期化傾向: 民族グループによって開始された内戦は、非民族グループによる内戦よりも長引く傾向がある。
3. 累積的増加: 民族内戦の発生率が非民族内戦と同程度だとしても、その長期化傾向により、世界に存在する内戦の総数に占める民族内戦の割合は時間とともに雪だるま式に増加していく。したがって、民族は今後ますます内戦の重要な特徴となる可能性が高いと結論づけられます。
3. 理論的枠組み:民族が内戦の主役となる3つの理由
この論文の核心部分であり、「不満」「機会」「交渉問題」という3つのレンズを通して、なぜ民族グループが内戦を開始し、継続しやすいのかを詳細に論じます。
3.1. 不満 (Grievances): 差別と競争の温床
民族グループは、他の集団よりも構造的に強い不満を抱きやすい状況に置かれています。
構造的なblu3mo.icon
政治的・経済的権力の偏在:
多くの国では、権力が特定の民族グループに集中しています。これは、Horowitz (1985) や Young (1994) が指摘するように、植民地支配者が特定の民族を優遇した歴史的経緯(例:ルワンダ、ウガンダ、ナイジェリア)や、多数派民族が国家形成過程で権力を独占した結果(例:スペインのカスティーリャ人)など、様々な歴史的背景から生じます。
権力を握った支配民族は、その地位を利用して、他の民族を政治から排除したり (Rabushka & Shepsle, 1972)、経済的資源を自民族に優先的に配分したり (Chandra, 2007)、言語や文化を抑圧したりします (Sisk, 1996)。
Gurr (1993) が論じるように、こうした政治的、経済的、文化的な「相対的剥奪」が、被支配民族の間に強い不満と憤りを生み出します。
移住と資源競争:
国内移住や国際移住は、民族的なつながりを頼って行われることが多く、特定の地域に同民族が集中する傾向があります (Hoerder, 2002)。政府が特定の民族の移住を奨励する政策(例:中国政府による漢民族の少数民族地域への移住)や、紛争による難民の発生 (Salehyan, 2008) もこれを加速させます。
ロジックを一歩一歩踏んでいるblu3mo.icon
この結果、移住してきた民族と先住民族との間で、土地、水、雇用といった限られた資源をめぐる競争が激化します (Salehyan & Gleditsch, 2006)。この競争が民族間の対立として認識され、暴力に発展するケースは少なくありません(例:スーダンのダルフール紛争)。
3.2. 機会 (Opportunity): 組織化と持続力のアドバンテージ
不満があるだけでは反乱は起きません。それを組織的な暴力へと転換させる「機会」の面で、民族グループは著しい優位性を持っています。
強固な支持基盤と動員力:
コミュニケーションの容易さ: 共通の言語や文化は、反乱の理念を共有し、メンバー間の信頼を醸成し、裏切りを防ぐ上で決定的に重要です (Laitin, 2007; Fearon & Laitin, 1996)。
地理的集中と密な社会ネットワーク: 民族グループは特定の地域に固まって住んでいることが多く (Weidmann, 2009)、これが物理的な拠点となると同時に、誰がメンバーで誰がそうでないかを容易に識別できる密な社会関係を形成します。これにより、指導者は支持者を効率的に動員し、集団内の規律を維持しやすくなります (Petersen, 2001)。
コミットメント問題の克服: Bueno de Mesquita et al. (2004) が指摘する「勝利後の報酬分配」という約束の不確実性(タイム・インコンシステンシー問題)も、民族的な絆によって緩和されます。指導者は同胞を裏切りにくく、兵士も指導者の約束を信じやすいため、組織の結束が保たれます。
有利な資金調達:
ディアスポラの存在: 欧米などの豊かな国に住む同胞コミュニティ(ディアスポラ)は、強力な資金源となります (Sheffer, 2003)。彼らは組織化されており、故郷への強い結びつきから、反乱組織に多額の資金を提供します(例:IRAに対するアメリカのアイルランド系移民、タミル・イーラム解放のトラに対する北米や欧州のタミル人ディアスポラ)。
地域資源の支配: 居住地域がダイヤモンドや麻薬、木材などの天然資源の産地である場合、反乱組織はそれを支配し、密輸することで活動資金を得ることができます (Le Billon, 2001)。
国家能力の弱点:
民族グループの居住地域は、しばしば山岳地帯や国境沿いの辺境であり、中央政府の統治能力(State Capacity)が及びにくい場所です (Buhaug, Gates & Lujala, 2009)。これにより、反乱組織は政府軍の追跡を逃れ、訓練や作戦準備を安全に行うことができます(例:マリのトゥアレグ族、ミャンマーのカチン族)。
これ、民族以外の何と比べてるんだろう?blu3mo.icon
他の社会集団 女性、カースト、下級階層、etc
共産主義革命とかは民族ではない内戦かblu3mo.icon
3.3. 交渉問題 (Bargaining Problems): なぜ和平は遠いのか
たとえ政府と反乱グループが交渉のテーブルについても、民族間の対立は、解決を著しく困難にする構造的な問題を抱えています。これは、民族内戦がなぜ長期化するのかを説明する鍵となります。
分割可能性の問題 (Divisibility Problems):
紛争の対象が領土である場合、その土地が民族にとって「祖先の地」や宗教的な聖地といった象徴的・感情的な価値を帯びていることがあります (Toft, 2003)。エルサレムやコソボのように、土地が「分割不可能」なものと認識されると、金銭的な補償や代替案による妥協が極めて困難になり、どちらかが完全に支配するまで戦いが続きます。
情報の問題 (Information Problems):
著者らは、これが民族紛争の主要因ではない可能性が高いと見ています。なぜなら、民族グループの規模や結束力は政府にとって比較的把握しやすいためです。しかし、Walter (2006a,b) が指摘するように、政府が国内に多くの潜在的な反乱分子(他の民族グループ)を抱えている場合、一つのグループに安易に譲歩すると他のグループも次々に要求を始めかねないため、「断固として戦う」という評判(reputation)を築くために、あえて強硬な姿勢をとり、戦争を選ぶインセンティブが存在する可能性はあります。
コミットメント問題 (Commitment Problems):
これが最も深刻かつ解決困難な問題です。和平合意は、将来にわたって双方がその約束を守るという信頼があって初めて成立します。しかし、民族間の対立ではこの信頼が構築しにくいのです。
1. 予測可能なパワーシフト: 民族アイデンティティは階級やイデオロギーと違って固定的であり、民族ごとの出生率の違いなどから、将来の人口構成(=政治的勢力図)がある程度予測可能です (Lake & Rothchild, 1996)。例えば、レバノンではキリスト教徒に比べてイスラム教徒の出生率が高く、人口バランスが逆転しました。将来、人口が増えて有利になる側は、現在の不利な条件での和平合意を長期的に守るインセンティブがありません。逆に、将来、人口が減って不利になる側は、今の有利なうちに武力で恒久的な解決を図ろうとします。このため、双方が信用できる長期的な合意が不可能になり、戦争が選ばれます。
なるほど〜〜blu3mo.icon
2. 多数派による拒否権: 政府指導者が少数派民族に対して自治権の付与などの大幅な譲歩を約束したくても、多数派民族の有権者がそれに強く反対する場合、その約束は次の選挙で反故にされる可能性が高いです。フィリピン政府がミンダナオのイスラム教徒に約束した自治権が、多数派であるキリスト教徒の反対でなかなか進まないのが典型例です。少数派はこのような「守れない約束」を信用できないため、和平交渉は決裂し、武力闘争が継続します。
4. 今後の課題と結論
4-1. 研究の要約と含意:
本論文は、民族グループが「より多くの不満」「より容易な動員機会」「より深刻な交渉問題」という3つの条件を同時に満たしやすいがゆえに、内戦の主役となりやすいという理論的枠組みを提示しました。これは、なぜ内戦の多くが民族を軸に展開されるのかという根源的な問いに対する包括的な説明です。
ただし、全ての民族グループが反乱を起こすわけではなく、これらの条件を満たすのはごく一部であることも強調されています。
4-2. 内戦研究の最前線と最大の障壁:
近年の研究(例:Cederman, Wimmer & Min, 2010)は、政府から強く排除されたり、動員能力が高い民族グループが反乱を起こしやすいことを実証しており、本論文の理論を支持しています。
しかし、この分野のさらなる発展を阻んでいる最大の壁は、データ不足です。特に、国という大きな単位ではなく、個々の民族グループや、比較対象となるべき非民族グループ(労働組合、農民団体など)に焦点を当てた、国境を越えて比較可能なデータが圧倒的に不足しています。
そうね〜 それ大事blu3mo.icon
4-3. 新たなデータの可能性と未来への展望:
このデータ不足は、ETH ZurichとUCLAが開発したEPR (Ethnic Power Relations) データセットのような新しい取り組みによって解消されつつあります。これは、各国の全ての政治的に意味のある民族グループが、中央政府の権力にどの程度アクセスできるかを測定した画期的なデータです。
さらに、GeoEPRやPRIO-GRIDといった地理情報システム(GIS)を用いたデータは、各民族グループの居住地域を地図上に示し、地理的要因と紛争の関係をより精密に分析することを可能にしています。
今後の究極的な目標は、非民族グループに関する同様のサブナショナル・データを収集することです。それによって初めて、「なぜある社会集団は反乱を選び、他の集団は選ばないのか」という問いに対して、民族という要因を客観的に評価し、より一般化された内戦理論を構築できるだろうと結論づけています。