Electoral System Design: The New Institutional IDEA Handbook
Chapter 3
https://www.idea.int/sites/default/files/publications/electoral-system-design-the-new-international-idea-handbook.pdf
論文アウトライン:選挙制度の設計 - 制度とその帰結(詳細解説版)
1. 多数代表制 (Plurality/Majority Systems)
概要
多数代表制は、選挙区内で最も多くの票を獲得した候補者または政党が当選する、最も単純で分かりやすい選挙制度の原則です。この制度は、主に勝者を明確にすることを目的としており、その実現方法は多岐にわたります。ここでは主要な5つの制度、小選挙区制(FPTP)、大選挙区連記完全投票制(BV)、政党ブロック投票制(PBV)、優先順位付投票制(AV)、二回投票制(TRS)について詳述します。
1.1. 小選挙区制 (First Past The Post - FPTP)
詳細解説:
1つの選挙区から1人の議員を選出する制度で、有権者は候補者の中から1人だけを選んで投票します。開票後、最も多くの票を獲得した候補者が当選者となります。絶対多数(50%超)の得票は必要なく、理論上は他の全候補者が1票ずつしか獲得しなければ、2票で当選することも可能です。この単純さから、イギリスおよびその旧植民地を中心に、カナダ、インド、アメリカ合衆国などで採用されています。
長所:
分かりやすさ: 投票方法と集計が非常に単純で、有権者にも選挙管理当局にも負担が少ないです。
二大政党制への集約傾向: 第三党以下には不利な仕組みであるため、政権交代可能な「左派」と「右派」の二大政党に集約されやすいです。
単独政権の安定性: 最大政党に「議席ボーナス」(得票率以上の議席率)が与えられることが多く、連立政権ではなく単独政権が生まれやすいため、安定した政権運営が期待できます。
明確な野党の形成: 強力な単独与党が生まれる一方、野党第一党にも十分な議席が与えられ、政府をチェックし、次期政権の選択肢としての役割を担うことができます。
幅広い支持基盤を持つ政党の促進: 特に二大政党制の場合、各党は多様な社会層を取り込む「包括政党」となる傾向があり、多様な候補者を擁立するインセンティブが働きます。
過激派政党の排除: 支持が特定の地域に集中していない限り、過激な少数政党は議席を獲得しにくいです。
選挙区と議員の強い結びつき: 議員は特定の地理的エリアの代表となるため、「地域の代表」としての責任感が生まれやすいです。
候補者本位の選択: 有権者は政党名簿ではなく、候補者個人の資質や実績を評価して投票できます。
人気のある無所属候補の当選可能性: 政党組織が未発達な社会でも、有力な無所属候補が当選する道が開かれています。
短所:
死票の多さと少数政党への不公平: 全体の得票率と議席率が大きく乖離し、多くの票が当選に結びつかない「死票」となります。例えば、全国で10%の票を得た政党が1議席も獲得できないケースが頻繁に起こります。
マイノリティ(少数派)の過小代表: 各党は選挙区で最も広く受け入れられる候補者を立てるため、人種的・民族的マイノリティの候補者が選ばれにくい傾向があります。
女性の過小代表: 男性中心の政党構造の中で、女性候補者が選ばれにくい「最も広く受け入れられる候補者」シンドロームの影響を受けます。比例代表制の国と比較して、女性議員の割合は著しく低いことがデータで示されています。
地域的偏り(「地域的牙城」)の助長: ある政党が特定の地域で強い支持基盤を持つ場合、その地域の議席を独占しやすくなり、政治が地域やアイデンティティに基づく対立の場となりがちです。
票の分割(Vote-splitting): 似た政策を持つ2つの政党・候補者が票を奪い合い、結果としてより支持の少ない別の候補者が当選する「漁夫の利」現象が起こりやすいです。
民意の変動への鈍感さ: 地理的に固定化された支持基盤がある場合、全国的な支持率が大幅に低下しても、政権与党の議席数にはあまり影響が出ないことがあります。
区割りへの依存: 選挙結果が選挙区の区割りに大きく依存するため、ゲリマンダー(自党に有利な区割り)などの政治的操作が行われるリスクがあります。
ケーススタディ: インド:
世界最大の民主主義国家であるインドは、植民地時代の名残でFPTPを採用しています。多様な民族・言語・宗教が混在する社会で、当初は安定した政府を形成するためにこの制度が選ばれました。しかし、実際には得票率のわずかな変動が議席数に劇的な影響を与え、国民会議派が少数得票で過半数を獲得する一方、野党連合が勝利するとその逆の現象が起きてきました。この制度は、過小評価されがちなカーストや部族のために議席を留保する「留保議席制度」と組み合わせることで、多様性への配慮を試みています。
1.2. 大選挙区連記完全投票制 (Block Vote - BV)
詳細解説:
1つの選挙区から複数人の議員を選出する複数人区で、多数代表制を適用する制度です。有権者は選挙区の定数と同じ数の票を持ち、支持する候補者に(通常は政党に関係なく)投票します。得票数の多い順に定数までが当選となります。
長所:
有権者が候補者個人を選択できるという利点を維持しつつ、FPTPよりも政党の役割を強化し、組織力のある政党を有利にします。
短所:
FPTPの不均衡性をさらに誇張する傾向があります。特に、ある政党が定数分の候補者を擁立し、有権者がその政党の候補者全員に投票した場合、その政党が6割程度の得票率で全議席を独占するような極端な結果を生むことがあります。
同じ政党の候補者同士が競争するため、党内の派閥争いや腐敗を助長する可能性があります。
ケーススタディ: パレスチナ:
1996年の立法評議会選挙で採用。ハマスなど選挙プロセスへの参加をためらう勢力にも非公式な形で参加の道を開き、また有力な無所属候補の出馬を可能にするために、候補者本位のBVが選ばれました。キリスト教徒やサマリア人のための留保議席も設けられ、少数派の代表を確保する工夫がなされました。
日本の2人以上の定数の選挙区だね
1.3. 政党ブロック投票制 (Party Block Vote - PBV)
詳細解説:
複数人区において、有権者は候補者個人ではなく、政党が提示した候補者リストに対して1票を投じます。最も多くの票を獲得した政党が、その選挙区の全議席を獲得します。
長所:
投票方法が非常に単純です。
強力な政党の形成を促します。
政党が民族的に多様な候補者リストを作成することで、マイノリティの代表を確保する手段として利用できます(例:シンガポール、ジブチ)。
これまだ他と比べた政党ブロック性の強みがわかっていないなblu3mo.icon
短所:
FPTPの欠点の多くを引き継いでおり、特に不均衡性が顕著です。単純多数の得票で一党がほぼ全ての議席を獲得するという、極端に不均衡な結果を生み出す可能性があります。
1.4. 優先順位付投票制 (Alternative Vote - AV)
詳細解説:
単独選挙区において、有権者は候補者に対して「1位」「2位」「3位」…と好みの順位をつけます。まず1位票を数え、絶対多数(50%超)を獲得した候補者がいればその候補者が当選します。いない場合は、最下位の候補者を落選させ、その候補者に投票された票を、各票に書かれた2位の候補者に再配分します。このプロセスを、いずれかの候補者が絶対多数を獲得するまで繰り返します。
長所:
死票の削減: 自分の第一希望の候補者が当選しなくても、第二、第三希望が次の候補者の当選に影響を与えるため、票が無駄になりにくいです。
穏健な政治の促進: 候補者は自らの支持者だけでなく、他候補の支持者からの「2位票」も獲得する必要があるため、過激な主張を避け、より幅広い層にアピールするインセンティブが働きます。
協調的政治の醸成: 候補者間で協力し、互いの支持者に2位票を相手に入れるよう呼びかける「プリファレンス・スワップ」が行われることがあります。
正統性の向上: 当選者は最終的に有権者の絶対多数の支持を得ているため、その代表としての正統性が高まります。
短所:
識字能力の必要性: 順位付け投票は、単純な記号投票よりも高度な識字能力や計算能力を要します。
不均衡な結果の可能性: 単独選挙区であるため、PR制度に比べて、また時にはFPTPにさえ比べて、不均衡な結果を生むことがあります。
社会状況への依存: 穏健化を促進する効果は、その社会の人口動態や分裂の度合いに大きく依存します。フィジーでは、この制度が民族間の対立を激化させたと批判されました。
ケーススタディ: パプアニューギニア:
850以上の言語が存在する極度に民族が断片化した社会で、AVは民族間の協調を促すインセンティブとして機能しました。候補者は自分の部族からの1位票だけでは当選できず、他の部族からの2位票を獲得するために、地域全体の利益を代表するような穏健な姿勢を取る必要がありました。1975年にFPTPに変更したところ、協力のインセンティブがなくなり、選挙暴力が増加したため、近年AVに回帰しました。
へ〜〜 面白いblu3mo.icon
ちゃんとAVに回帰する合意が取れるんだねblu3mo.icon
1.5. 二回投票制 (Two-Round System - TRS)
詳細解説:
1回目の投票で絶対多数の票を獲得した候補者がいない場合に、後日2回目の投票(決選投票)を行う制度です。決選投票の形式には2種類あります。
1. 多数決選投票 (Majority Run-off): 1回目の投票の上位2名のみが決選投票に進み、勝者は必ず絶対多数の支持を得ます。大統領選挙で一般的です。
2. 多数複数投票 (Majority-Plurality): 1回目で一定の得票率(例:フランスの国民議会選挙では登録有権者の12.5%以上)を得た全ての候補者が2回目に進むことができ、2回目では最多得票者が当選します(絶対多数は不要)。
総裁選とか首班指名とかだねblu3mo.icon
イメージがしやすい
長所:
有権者への再考の機会: 1回目の投票で自分の支持候補が敗退した場合、2回目で改めて戦略的な選択ができます。
政党間の連携促進: 2回目の投票に向けて、各候補者や政党は他からの支持を取り付けるために交渉や取引を行うため、連立や協力関係が生まれやすくなります。
票の分割問題の緩和: 似た候補者が乱立しても、1回目の投票で有権者は「本命」に投票し、2回目で「勝ちそうな候補者」に投票するという使い分けが可能です。
短所:
コストと管理負担: 2回の選挙を実施する必要があるため、費用と行政的な負担が非常に大きくなります。また、1回目と2回目の間に政治的不安定が生じる可能性があります。
投票率の低下: 1回目に比べて2回目の投票率が大幅に低下することがあります。
深刻な分裂社会でのリスク: 1回目の投票でどちらかの勢力が敗北することが明確になると、敗北側が選挙結果を受け入れずに暴動や内戦に訴える引き金となる危険性があります(例:1992年のアンゴラ、1993年のコンゴ共和国)。
ケーススタディ: キルギス:
大統領選挙でTRSを採用。しかし、権威主義的な政権下で、言語能力試験や高額な供託金といった制度を悪用して有力な対立候補を失格させるなど、選挙制度が政権維持のために操作されてきました。
2. 比例代表制 (Proportional Representation - PR)
概要
比例代表制(PR)は、各政党が獲得した総得票率にほぼ比例して議席を配分することを基本理念とする制度です。この制度は、1つの選挙区から複数人の議員を選出する「複数人区」を必要とします。オランダやイスラエルのように国全体を1つの選挙区とする場合もあれば、アルゼンチンのように州単位を electoral district とする国もあります。ラテンアメリカ、アフリカ、ヨーロッパで広く採用されています。
地域差があるんだ 不思議blu3mo.icon
2.1. 名簿式比例代表制 (List PR)
詳細解説:
最も一般的なPR制度です。各政党は選挙区ごとに候補者名簿を提示し、有権者は支持する政党に投票します。各政党は、選挙区内での総得票率に応じて議席を獲得し、当選者は名簿の順位に従って決定されます。議席の配分方法には、最高平均方式(ドント式など)と最大剰余方式(ヘア式など)があり、この計算式の違いが議席数に微妙ながらも決定的な影響を与えることがあります。
ドント式以外にもあるんだblu3mo.iconblu3mo.icon
知らんかった
長所 (PR全般):
得票と議席の忠実な変換: 多数代表制のような「不公平な」結果を避け、得票率と議席率がほぼ一致します。
政党本位の選挙: 政策やイデオロギーに基づく政党の形成を促します。
死票の僅少: 阻止条項が低い場合、ほぼ全ての票が何らかの形で議席に結びつき、有権者の投票参加意欲を高めます。
少数政党の議席確保: わずかな得票率でも議席を獲得できるため、多様な意見が議会に反映されます。
チームみらいはこのおかげで通ったねblu3mo.icon
全国的な選挙運動の促進: どこで得た票も議席獲得に繋がるため、政党は支持基盤の弱い地域でも選挙運動を行うインセンティブを持ちます。
「地域的牙城」の抑制: 少数派の意見も議席に反映されるため、一党が特定地域の議席を独占する状況を緩和します。
政策の継続性と安定性: 連立政権が常態化するため、多数代表制で見られるような政権交代による急進的な政策転換が少なく、長期的な政策計画が立てやすいとされます。
短所 (PR全般):
連立政権による政治の停滞: 政策の異なる政党間の連立交渉が難航し、迅速な意思決定が妨げられる可能性があります。
今じゃんblu3mo.icon
政党システムの断片化: 小政党が乱立し、政局が不安定になるリスクがあります。極端な場合、ごく小さな政党が連立交渉で過大な影響力を持つことがあります。
今じゃんblu3mo.icon
過激派政党への議席提供: 過激な思想を持つ政党にも議会での活動の場を与えてしまう可能性があります。
小政党の過大な影響力: 大政党が政権樹立のために小政党との連立を余儀なくされ、その結果、小政党がその支持規模に不釣り合いな拒否権などを持つことがあります。
政権交代の困難さ: 連立の組み合わせが変わるだけで、特定の政党(特に中道政党)が常に政権に留まり続けることがあり、有権者が投票によって政権から政党を排除することが難しくなります。
名簿式PR固有の長所:
マイノリティの代表確保: 政党は幅広い有権者にアピールするため、人種的・民族的にバランスの取れた候補者名簿を作成する傾向があります。これにより、多様な背景を持つ議員が選出されやすくなります(例:南アフリカ、ナミビア)。
女性の当選促進: PR制度は女性の議会進出に有利です。政党は名簿の上位に女性候補者を登載することで、女性議員の数を増やすことができます。データ上も、FPTP採用国よりList PR採用国の方が女性議員の割合は格段に高いです。
これ日本の比例と選挙区で比べてみたいねblu3mo.icon
名簿式PR固有の短所:
選挙区と議員の結びつきの弱さ: 特に全国を一つの選挙区とする場合、議員は特定の地域ではなく党への責任を優先しがちで、有権者は「自分の地域の代表者」を特定しにくくなります。
党執行部への権力集中(特に拘束名簿式): 候補者の名簿順位は党執行部が決定するため、候補者は有権者よりも党幹部の意向を重視するようになります。
政党の存在が前提: 政党組織が未発達な社会では導入が困難です。
ケーススタディ: 南アフリカ、インドネシア:
南アフリカ: アパルトヘイト後の初の全人種参加選挙で、国民和解と包括的な政治体制の構築を目指してList PR(全国区・拘束名簿式)が採用されました。この制度は、少数派の白人やカラード、インド系、そして多様な黒人部族の代表を確保し、女性議員の割合を飛躍的に向上させる上で決定的な役割を果たしました。
インドネシア: 1999年の民主化後初の選挙で、多くの島と民族から成る国家の統一を維持するため、List PR(州単位・非拘束名簿式)が採用されました。この制度は多様な政党の乱立を許しましたが、幅広い政治勢力が議会に参加する道を開きました。
2.2. 単記移譲式投票 (Single Transferable Vote - STV)
詳細解説:
複数人区において、有権者が候補者に好みの順位をつけて投票する制度です。まず、当選に必要な票数(クォータ)を計算します。1位票がクォータに達した候補者は当選となり、クォータを超えた分の票(余剰票)は、各票に書かれた2位以下の候補者に順位に従って移譲されます。当選者が出ない場合は、最下位の候補者を落選させ、その票を2位以下の候補者に移譲します。このプロセスを繰り返し、定数分の当選者が決まるまで続けます。
長所:
有権者の幅広い選択肢: 政党の枠を超えて、個人として支持する候補者に順位をつけることができます。
比例性と地理的代表の両立: 複数人区の規模が比較的小さいため、結果の比例性を保ちながらも、議員と選挙区の結びつきを維持できます。
政党間の協調促進: AVと同様に、他党の支持者からの2位以下の票を獲得するために、政党間で協調するインセンティブが働きます。
これいいことなんだblu3mo.icon
無所属候補に有利: 政党ではなく候補者個人への投票が基本となるため、人気のある無所属候補が当選しやすいです。
短所:
制度の複雑さ: 投票方法(順位付け)と、特に集計方法(余剰票や移譲票の計算)が非常に複雑で、有権者の理解を得るのが難しい場合があります。
中央集計の必要性: 複雑な計算のため、各投票所ではなく中央の集計センターで開票作業を行う必要があり、選挙の透明性に懸念が生じる可能性があります。
党内競争の激化: 同じ政党の候補者同士が票を奪い合う構図になるため、党内の不和や派閥対立を助長するリスクがあります。
最多得票政党の敗北: 稀に、全国で最も多くの票を獲得した政党が、議席数では第二党に及ばないという逆転現象が起こることがあります(マルタで過去に発生)。
ケーススタディ: アイルランド共和国:
1922年の独立以来、STVを採用。この制度は、プロテスタントの少数派を保護する目的で導入されました。結果は非常に比例的で、小政党や無所属候補にも議席獲得の機会を与えています。しかし、同じ党の候補者同士が激しく競争するため、議員が国政よりも選挙区での利益誘導に力を入れすぎるという批判もあります。
2.3. PR関連の論点
選挙区の定数 (District Magnitude):
PR制度の比例性を決定づける最も重要な要素です。定数が大きいほど(例:10人区)、小政党でも議席を獲得しやすくなり、結果はより比例的になります。しかし、その分選挙区の地理的範囲が広がり、議員と有権者の結びつきは弱まります。逆に定数が小さいと(例:3人区)、議席獲得に必要な得票率のハードル(事実上の阻止条項)が上がり、比例性は低下します。
阻止条項 (Threshold):
議席を獲得するために最低限必要な得票率のことで、法律で定められた「法的阻止条項」と、選挙制度の仕組みから自然に生じる「事実上の阻止条項」があります。法的阻止条項は、政党の乱立や過激派政党の議席獲得を防ぐ目的で導入されます(例:ドイツの5%)。しかし、この条項が高すぎると、多くの票が死票となり、選挙結果の不均衡性を高める原因となります(例:2002年のトルコでは10%の阻止条項により46%の票が死票に)。
名簿の種類:
拘束名簿式 (Closed List): 政党が予め候補者の順位を決定した名簿。有権者は政党を選ぶだけで、候補者は選べません。党執行部の権力が強くなりますが、マイノリティや女性候補者を当選させやすいという利点もあります。
非拘束名簿式 (Open List): 有権者が政党を選ぶと同時に、その名簿の中から好みの候補者個人にも投票でき、その得票数によって名簿順位が変動する制度。有権者の選択肢は増えますが、党内での個人競争が激化し、党の結束を弱める可能性があります。
日本の参院選はこれだね
自由名簿式 (Free List): 有権者が複数の政党の名簿にまたがって候補者を選んだり(パナシャージュ)、一人の候補者に複数の票を投じたり(キュミュラシオン)できる、最も自由度の高い制度(例:スイス、ルクセンブルク)。
アパランマン (Apparentement):
複数の小政党が選挙前に連合(カルテル)を組み、各党の得票を合算して議席計算を行うことを可能にする仕組み。これにより、単独では阻止条項を越えられない小政党も、協力して議席を獲得するチャンスが生まれます。
3. 混合制 (Mixed Systems)
概要
多数代表制(通常は小選挙区制)が持つ「地域代表性」や「政権の安定性」といった長所と、比例代表制が持つ「比例性」や「多様な意見の反映」といった長所を組み合わせることを目的とした制度です。有権者は2つの異なる方式(小選挙区の候補者と比例代表の政党)で議員を選びます。その連携の仕方によって、大きく「併用制」と「並立制」に分かれます。
3.1. 小選挙区比例代表併用制 (Mixed Member Proportional - MMP)
詳細解説:
有権者は小選挙区の「候補者」に1票、比例代表の「政党」に1票を投じます(1票制の場合もある)。まず小選挙区の当選者が決まり、次に各政党の最終的な総議席数が、比例代表の得票率に基づいて決定されます。そして、各党が比例得票率によって得られるべき総議席数から、既に小選挙区で獲得した議席数を差し引いた残りが、比例名簿から配分されます。つまり、比例代表部分が小選挙区部分で生じた不均衡を「補正(compensate)」する役割を果たします。これにより、選挙結果全体としては非常に比例的になります。ドイツ、ニュージーランド、レソトなどで採用されています。
長所:
比例性と地域代表の両立: PRの公正な代表性を実現しつつ、小選挙区の議員を通じて有権者と議員の地理的な結びつきを維持できます。
小政党にも公正: 小選挙区で議席を獲得できなくても、比例代表での得票に応じて議席を得ることができます。
死票の削減: 比例代表の政党票は、ほぼ無駄になることがありません。
短所:
制度の複雑さ: 有権者にとって、2票の役割、特に比例代表票が最終的な議席数を決めるという仕組みが理解しにくい場合があります。
2種類の議員: 主に選挙区に責任を負う「小選挙区選出議員」と、主に政党に責任を負う「比例代表選出議員」という、立場の異なる2種類の議員が生まれることで、党内の一体性が損なわれる可能性があります。
戦略的投票: 有権者が自らの支持政党の議席を最大化するために、小選挙区ではあえて別の政党の候補者に投票する、といった複雑な「戦略的投票」を誘発することがあります。
超過議席 (Overhang Mandates): ある政党が、小選挙区で比例得票率から期待される以上の議席を獲得した場合、その超過分を認めることで議会の総定数が増えることがあります(ドイツで頻発)。
ケーススタディ: レソト、メキシコ、ニュージーランド:
ニュージーランド: 長年のFPTPによる不均衡な結果(特に得票数で負けた政党が政権を維持した選挙)への不満から、国民投票を経て1996年にMMPへ移行。二大政党制が崩れ、連立政権が常態化し、マオリや女性、その他のマイノリティの代表性が大幅に向上しました。
レソト: 1998年の選挙で、与党が60%の得票で議席の99%を独占するという極端な結果を受けて政治危機に陥り、その解決策としてアフリカで初めてMMPが導入されました。
メキシコ: 長い一党支配から多党制民主主義へ移行する過程で、選挙制度改革が繰り返されました。現在のMMP(下院)は、PR部分が小選挙区の不均衡を補正し、かつ一党の議席占有率に上限(得票率+8%まで)を設けることで、より公正な競争を促す仕組みになっています。
3.2. 小選挙区比例代表並立制 (Parallel System)
詳細解説:
MMPと同様に、小選挙区制と比例代表制という2つの制度を組み合わせていますが、両者は完全に「並立」しており、互いに連動しません。小選挙区の議席と比例代表の議席は、それぞれ別々に集計・配分されます。比例代表部分は、小選挙区の不均衡を補正する機能を持たず、単に追加の議席を比例的に割り当てるだけです。結果として、選挙全体の比例性はMMPほど高くならず、多数代表制と比例代表制の中間的な性質を持ちます。日本、韓国、ロシア、タイなどで採用されています。
長所:
小政党への機会提供: 小選挙区で勝てない小政党も、比例代表部分で議席を獲得する道が開かれています。
政党の断片化抑制: 純粋な比例代表制に比べて、小選挙区部分が存在するため、政党システムの過度な断片化は抑制される傾向があります。
導入の容易さ: 政治的合意形成の過程で、MMPよりも妥協案として受け入れられやすい場合があります。
短所:
比例性の不保証: 小選挙区部分の不均衡が是正されないため、選挙結果全体としては得票率と議席率が大きく乖離する可能性があります。
2種類の議員: MMPと同様に、選挙区選出議員と比例代表選出議員という2種類の議員が生まれます。
制度の複雑さ: 有権者は2つの異なる論理で動く選挙に同時に参加することになり、混乱を招く可能性があります。
ケーススタディ: タイ、セネガル:
タイ: 腐敗や金権政治の原因とされたBV(大選挙区連記完全投票制)を改革し、1997年に並立制を導入。小選挙区制の導入により政党数の減少と政権の安定化を目指し、実際に政党集約が進みました。
セネガル: 長期政権与党が、野党の分断を維持しつつ、自らの優位を確保するために並立制を利用してきました。多数代表部分は、小選挙区ではなく、選挙区単位でのPBV(政党ブロック投票制)という珍しい形式です。この制度は、与党に極めて有利な不均衡な結果を生み出し続けています。
4. その他の制度 (Other Systems)
概要
多数代表制、比例代表制、混合制のいずれにも明確に分類されない独自の仕組みを持つ制度群です。これらの制度は、比例性に関しては、多数代表制と比例代表制の中間的な結果をもたらす傾向があります。
4.1. 単記非移譲式投票 (Single Non-Transferable Vote - SNTV)
詳細解説:
1つの選挙区から複数人の議員を選出する複数人区において、有権者は1人だけに投票します(単記)。票の移譲はなく(非移譲)、単純に得票数の多い順に定数までが当選となります。例えば、定数4の選挙区では、得票数の上位4名が当選します。当選に必要な票数は「有効投票総数 ÷ (定数 + 1) + 1」の近辺となり、定数が大きいほど少ない得票率で当選が可能です。
長所:
少数派の代表確保: 定数が大きい選挙区では、比較的少ない得票でも当選できるため、少数政党や無所属の候補者、あるいは主流派ではない候補者が議席を獲得しやすいです。
制度の分かりやすさ: 有権者にとっては、1人を選んで投票するだけなので、非常に単純明快です。
政党の組織化促進: 各党は、自党の候補者間で票を食い合わないように、支持者を割り振るなど、高度な選挙戦略と組織力が求められます。
短所:
死票の多さ: 多くの落選候補者に投じられた票は死票となります。
党内での票の食い合い: 同じ政党から複数の候補者が出馬した場合、候補者同士が支持者を奪い合う激しい競争が起こり、党内の不和や派閥化を助長します。
個人的な利益誘導(クライエンテリズム)の助長: 候補者は党の政策よりも、特定の支持者層への利益供与(ポークバレル)によって票を固める傾向が強くなります。
幅広い支持へのインセンティブの欠如: 一定の固定票さえ確保すれば当選できるため、党や候補者が支持層の外にアピールする努力を怠りがちになります。
不均衡な結果: 全体として、結果は比例代表制ほど比例的にはなりません。
ケーススタディ: 日本(1993年まで):
中選挙区制として長年採用。派閥政治や金権政治の温床と批判されました。自民党は、複数の候補者を立てるため、各候補者が後援会組織を駆使して票を固め、政策論争よりも利益誘導が中心となる選挙戦が展開されました。この制度の改革が、1990年代の日本の政治改革の主要な争点となりました。
4.2. 制限連記制 (Limited Vote - LV)
詳細解説:
複数人区において、有権者は1票よりは多いが、選挙区の定数よりは少ない数の票を持つ制度です(例:定数4の選挙区で、有権者は2票を持つ)。開票はSNTVと同様で、得票数の多い順に当選者が決まります。
長所と短所:
SNTVと多くの特徴を共有します。有権者にとって単純である一方、SNTV以上に不均衡な結果を生み出す傾向があります。つまり、多数派政党が議席を独占しやすくなります。党内の競争や利益誘導政治の問題も同様に当てはまります。現在、国政レベルではスペインの上院選挙などで限定的に使用されています。
4.3. ボルダ式得点法 (Borda Count - BC)
詳細解説:
AVやSTVと同じく、有権者が候補者に好みの順位をつける優先順位付投票制の一種です。しかし、票の移譲や候補者の脱落はありません。代わりに、各順位に点数を割り当て(例:1位=1点、2位=0.5点、3位=0.33点…のように)、全候補者の総得点を計算し、合計点の高い順に当選者を決定します。太平洋の小国ナウルで採用されているユニークな制度です。
5. 代表性に関する考察と追加事項
概要
選挙制度の設計は、単に議席を配分する技術的な問題だけでなく、女性やマイノリティといった特定の集団の代表性をどう確保するか、また、選挙運営の実務的な課題にどう対処するかといった、より広範な問題と密接に関連しています。
5.1. 女性やマイノリティの代表
詳細解説:
特定の集団の代表性を向上させるためには、選挙制度そのものの選択(一般にPR制度の方が有利)に加えて、以下のような積極的な方策が用いられます。
クオータ制 (Quotas):
1. 留保議席 (Reserved Seats): 議会の一部の議席を特定の集団(女性、民族・宗教的マイノリティなど)のために予め確保しておく制度。インドの指定カースト・部族、ニュージーランドのマオリ、アフガニスタンの女性議席などが例です。これらの議席の選出方法は、その集団の有権者のみが投票する場合と、全有権者が投票する場合があります。
2. 候補者クオータ (Candidate Quotas): 各政党の候補者リストや擁立候補者のうち、一定割合を特定の集団のメンバーとすることを法律や党規約で義務付ける制度。アルゼンチンのように「当選可能な順位」での登載を義務付ける強力なものから、努力目標に留まるものまで様々です。
コミュニティ別選挙人名簿 (Communal Rolls):
特定の集団(民族、宗教など)ごとに別の選挙人名簿を作成し、その集団の代表者を同じ集団の有権者だけで選出する制度。レバノンの宗派別議席配分がその例です。この制度は、集団間の対立を固定化させ、協調を妨げるとして多くの国で廃止されましたが、一部では依然として採用されています。
これらの制度は代表性の確保に貢献する一方、「逆差別」との批判や、選出された議員が実質的な権限から遠ざけられる「サイドライン化」のリスクも指摘されています。
5.2. 選挙のタイミング
詳細解説:
大統領制の国において、大統領選挙と議会選挙を同時に実施するか、時期をずらして実施するかは、政治力学に大きな影響を与えます。
同時選挙: 大統領候補の人気が、同じ党の議会候補者の得票を押し上げる「コートテール効果(裾野効果)」が期待できます。これにより、大統領の所属政党が議会で多数派を形成しやすくなり、政権運営が安定する可能性が高まります。
分離選挙: 権力分立を強調し、有権者が大統領と議会に対して別々の審判を下すことを可能にします。しかし、大統領の所属政党と議会の多数派が異なる「分割政府(ねじれ議会)」が生まれやすく、政府と議会の対立による政治的停滞を招くリスクがあります。
5.3. 遠隔投票・投票率
詳細解説:
遠隔投票 (Remote Voting): 郵便投票、期日前投票、在外投票など、有権者が指定の投票日・投票所以外で投票できる制度。これにより有権者の利便性が高まり、投票率の向上が期待できます。しかし、ロジスティクスは複雑になります。特に、在外投票では、選挙制度によって有権者に正しい選挙区の投票用紙を届けることの難易度が大きく異なります(全国区のPRが最も容易で、小選挙区制が最も複雑)。
投票率と選挙制度: 一般的に、自分の1票が死票になりにくい比例代表制の方が、多数代表制よりも投票率が高い傾向にあります。
義務投票制 (Compulsory Voting): オーストラリアやベルギー、多くのラテンアメリカ諸国のように、投票を国民の義務とし、棄権者に罰則を科す制度。投票率を高く維持する効果がありますが、投票の自由の観点から多くの国では採用されていません。
5.4. 紛争後・移行期の選挙
詳細解説:
紛争や権威主義体制からの移行期に行われる選挙は、平和構築や民主化の定着において極めて重要ですが、特有の制約に直面します。
時間的制約: 平和合意後の政治的機運を逃さないため、選挙準備に十分な時間をかけられないことが多いです。有権者登録や選挙区の区割りといった時間のかかる作業を省略できる制度(例:登録不要の全国区List PR)が選択されることがあります。
包括性の要請: 全ての政治勢力をプロセスに取り込むため、立候補の要件を緩くし、議席獲得のハードルが低い(阻止条項が低い)選挙制度が求められる傾向があります。
難民・国内避難民の投票: 紛争によって故郷を追われた人々の投票権をどう保障するかが大きな課題となります。在外投票の規模が選挙結果を左右することもあります(例:ボスニア・ヘルツェゴビナ)。
段階的な選挙実施: 政治情勢が不安定な場合、まず地方選挙から始め、徐々に国政選挙へと移行していくアプローチが取られることもあります。