ここ半年の経験を踏まえた自己理解
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ここ半年の経験を踏まえた自己理解を書いてみる
理解1: 研究的目的を軸に置いている
「自分が面白いと思う実験・仮説検証を回したい」というモチベーションが軸にある
自分が面白いと思うものは「世界で誰も作ったことがない仕組みを作って、それによって誰も見たことがない現象を作って、誰も得たことがない知見を得ること」
そういう意味で、根が研究者だと思う
一方で、「顧客の課題解決」を軸にしつづけることができない
例えば「納得感の高い合意形成の仕組みを作る」という目的を軸にしつづけることはできるが、「顧客が一番困っていることを解決する」という目的を軸にしつづけることはできない
とはいえ、ここ1年間で、前者をやるためにも後者が役にたつのだと学んだ
まず現場を理解しないと見えてこない仮説がある
現場の解像度高い理解を得る上で「課題を解決します」という態度/モードを持つことが有益
これは身体特性ではなく価値観の問題で、環境次第で変わる気もしている
自分が研究者文化に洗脳されているからそう思っているだけで、例えばマッキンゼーとかPalantirに入社して半年くらいその文化に晒されればマインドセットが変わる気もする
理解2: 飽きがち
理解1とは別の問題として、飽き性だと思う。ADHD?
同じことをずっと続けられず、3ヶ月くらいでモチベーションが尽きてしまう
探索の方が楽しい
これによって信頼や機会を失いうる
具体的には
やると宣言したことに対するモチベが尽きてしまい責任を果たせず、信頼を失う
本当は継続すれば良い知見やリソースを得られることを早めに打ち止めてしまうことによる機会損失
探索と活用のトレードオフ
こっちは価値観というより身体特性で、こっちの方が不変性が高い気がしている
僕がマッキンゼーやPalantirに入社しても、「顧客課題に関心を持ち続ける、飽き性の人」になるだけな気がするblu3mo.icon
なので、身体特性を理解した上で、仕組みで解決していきたい
最低出力を保証する「労働者モード」の自分を強くしていく
理解1と理解2は独立の論点だと思っている
「研究を軸においている、Not飽き性の人」「顧客課題解決を軸においている、飽き性の人」もいる
理解1が「軸をどこに置くか」で、理解2が「軸の周りをどのくらい高速に移動するか」の話かな