放送禁止用語
ざっくりマスメディアと呼ばれる媒体で禁句となっているとまことしやかに想像される/されていたもの。マスメディアと呼ばれる幻獣が露骨に強い影響力を持っていた時代に、破ると適度に楽しい戒律として外部で扱われていたと思う。内部でやらかすと深刻な事態になったりしたのだろうけど。
ぼくらはみんな見つかると叱られることを隠れてやるのが大好きなので、どこを向いても目に入っていたマスメディアと呼ばれる白骨をながめて、そこに叱る歩哨の影を見いだして、隠れてやる遊びをも見いだしてしまって、もう令和になっているのに、なっているのに。→伏せ字・ピー音、常識
SNSのアカウントを凍結されたり配信の視聴にひもづいた広告収入プログラムの資格を剥奪されたりするような、プラットフォームの規約に基づく用語の適・不適の判断は趣きが変わっているが、視点が外部から内部へと立場とともに移っただけでそれ以外は変わっていないと言えるのかもしれない。
場の規約とは場の規約でしかないので、隠れてやる遊びのルールだったものを拡張して汎用的に人生の制限にも使ってしまうのはもったいない省力の仕方ではある。
今いる場所が場末かどうか確認するための初手で打つ石としてはいまだに悪くない基準なのかもしれない。もしもマスメディアと呼ばれる呪術がまだ境内の木に打ちつけられているのであるならば。