鬼姫伝説
戦国時代の武将 百武兼通の鬼退治の物語。
八萬伝統地区に伝わる鬼退治の伝承。戦国時代、八萬城主の娘が鬼にさらわれ、それを九州から来た流浪の武士 百武兼通と、行商人を装う妖怪退治の専門家が協力し、鬼の居場所を突き止め退治した。
このことから兼通は「鬼切殿」と称えられ、彼の刀は「鬼切丸」と呼ばれた。
百武もなかは兼通の子孫であり、小さい頃に父から先祖が武士であること、家の物置の奥には家宝があることを聞いていた。
郷土史を調べていた黒川亜理紗と共にもなかが物置を調べると、実際に鬼切丸があり、家系図も添えられていた。そこから兼通の系譜がもなかと繋がっていることが分かった。
奥美濃八萬館の近くには「おにぎり之坂」という坂がある。かつては「鬼切坂」と呼ばれ、「鬼切塚」という塚がある。塚の碑文には『百武兼通、此の地にて鬼を滅す』と記されている。
おにぎり之坂は伝統地区以外の人は立ち入り禁止となっている。亜理紗はげぼくと共に規制の柵を突破し調査している。
伝統地区の人々は鬼の話を忌避している。理由は不明。
亜理紗はこの伝承を自由研究のテーマにした。