参照透過性
Ryusei (@mandel59) 氏が語の起源について前から論じている
@ayu_mushi: そもそも クワインは 文脈の側の参照透過性に対応して、内側の部分式が「純粋に指示的 purely referential である」という概念を導入しているけど、プログラミングの「副作用がない」概念は、むしろ内側の部分式の側に適用される概念である "purely referential"の方に近い概念だったりしない? たとえばLispの準クォートやマクロなどはクワインの意味で参照透過性がないが、これはプログラミング言語における「副作用を持った計算」の概念とは異なる
クワインの意味でのreferential opacity は、Moggi的な副作用の扱いでモナドとしてあつかえるか?