あなたは自分が思っていることが全て正しいと思いますか?
#論理 #確率
〔追記: これは前書きのパラドックス Preface Paradoxとして知られているらしい: Preface paradox - Wikipedia
(via Christopher Cherniak "Rationality and the Structure of Human Memory"〕
もし人がPと思っているとしよう。Pであるとき、Pは真であるので、もし人がPだと思っているならば、Pが真だと思っているはずだ。
だから、信念それぞれについて、人は、論理的に推論する限り、その信念が真だと思っている。
じゃあ、Pだと思っていて、Qだと思っているなら、その人は自分が思っていることすべて {P,Q} が真だと思っているだろうか。
その人は、Pが真であると思っているし、Qが真だと思っている。論理的に、{P, Q}全体が真なのは、Pが真でQが真なときだ。よって、その人は論理的に推論する限り、{P, Q}全体が真であると考えなければならない。
(P, Qが増えて信じている命題全体が1000個とかになってもこのことは変わらない)
これは、$ P, Q \vdash P \land Q(連言導入)という推論規則もあることだし、一見正しそうだ。(「pと信じる」をBpと表すことにすると、「Bp & Bq ならば B(p&q)」 と表せる)
しかし、自分が思っていることは全て正しいと思えるだろうか。
それは妙ではないか。
たとえば、自分が思っていることをいくつか文章に書いたなら、その文章が長いほど、全て正しいということはありえなそうに思える。
「私は専門家ではないのでこの文章には誤りが含まれていることは避けられないでしょう」という人が、思ってもないことを文章に含めているのか、論理的におかしいことを言っている、という結論は、奇妙に思える。
では何がおかしかったのか。
とりあえず、事象Pにひとが割り振る確からしさの度合いが3/4以上のとき、Pを信じていると考えよう。
PとQがそれぞれ$ \frac{3}{4}の確からしさする。
すると、ひとはPを信じており、Qも信じている (と今の定義からなる)。
PとQを独立とすると、$ P\land Qの確からしさは$ \frac{3}{4} \times \frac{3}{4} = \frac{9}{16}で、これは$ \frac{3}{4}=\frac{12}{16}より小さいので、$ P \land Qを、その人は信じていない。
(一般に、$ p(Q|P) < 1なら、連言$ p(P\land Q)=p(P)p(Q|P)は$ p(P)より小さい)
これで、なぜ長いほど誤りが含まれていそうなのかも分かる。
長さ1のときの場合に、それに誤りが含まれているということを信じるのが論理的におかしい (T文「"p"が真なのはpであるときそのときに限る」が論理規則であるとするなら) というだけだ。
というわけで、上のパラドックスが生じた理由は、人がいくつかのことを信じているとき、それらの連言もまた信じなければならない、と考えてしまったことだったのだ。
つまり、連言導入は、100%の信念には成り立つものの、蓋然的な信念には必ずしも成り立つわけではない。
(私は最初、タルスキの規約Tが、自然言語の"真", "正しい"というのと違っているため直感に反する帰結を導いたのだと思っていたが、そうではなかった。)
くじのパラドックスも同様に扱える?
1/10のくじ。3/4=75/100以上のとき信じているとする。
10人 $ x_1 \dots x_{10}ひとがいる。
私は、$ x_1がくじに当たると考えていない(10/100 < 75/100)。
私は、$ x_2がくじに当たるとも考えていない(10/100 < 75/100)。
…
私は、$ x_{10}がくじに当たるとも考えていない(10/100 < 75/100)。
しかしそれらの連言 $ \lnot P(x_1) \land \dots \land \lnot P(x_{10}) は信じていないので、「全ての人がくじに外れる」と思っているわけではない。