2024-08-15
木曜日
それはそうって感じなんだけど、仕事がないというだけで日記を書く気力がある
妻の日記の通りだけど長子が母の家(岡山)に行っているのもあってその分気が楽というのもある
自分が子供の頃は自動車で祖父母の家に遊びに連れて行ってくれてたのを思い出す
毎週ってことはないけど月一ぐらいでは行っていたような記憶
本を読んだり、Nゲージで遊んだり、母方の祖父は日曜大工をやってたのでそれを眺めてたり
そんな祖父母はコロナ禍に入ってバタバタと老衰で亡くなっている
都内にいるのと育児をしているのもあって葬式に出られなかったこともあるので気持ち的にはさみしさが少しある
伊集院光さんが誰かが亡くなった時にはすぐには悲しめなくて、しばらくしてあるときにふと「ああ、亡くなったんだなぁ」という実感を持ってはじめて悲しい、さみしいという気持ちになるという話をしていたのを思い出した
202408 0815 日記