声
Voice
声は美術作品において主に二つのかたちで現われる。ひとつは図像(例えば叫び声を上げる人の姿)として。もうひとつは音声として。本項目では20世紀以降に登場した後者のみを扱うことにする。
キュレーターのクリストファー・フィリップスは1998年にロッテルダムで開催された「Voices」展のカタログで、現代美術おける声の使用について考慮すべき三つの点を挙げている。
第一の点は詩人と美術家の交流の歴史である。第二次世界大戦前は未来派やダダイスト、レトリストの活動があり、戦後はエレクトロニクスによる声の変形や、声を発する身体を強調したパフォーマンスも現われる。これらの実践の多くは声をコミュニケーションの役割から解放し、純粋な音としての、造形素材としての声の可能性を追求した。
第二の点は声とメディア・テクノロジーの関係である。アルヴィン・ルシエやロバート・アシュリーらの実験音楽の流れを汲む作品、マイケル・スノウやブルース・ナウマン、ゲイリー・ヒルらの実験映画やビデオ・アートなどは、この関係の探求をひとつのテーマとしていた。1968年にシカゴ現代美術館で開催が予定されたものの技術的困難のために実現せず、作品を収録したレコードのみが販売された「Art by Telephone」展には、同時代の多くの作家が声を使用した作品の出展を予定していた。
第三の点は声による主体の形成である。日常において声を発すること、他者の声を聞くことは主体の形成に深く関与する。このテーマは現象学や精神分析学において幅広く論じられてきた。ヴィト・アコンチのパフォーマンスやヴィデオ・アート、ルシエの《I am sitting in a room》(1970)のような作品は、こうしたテーマと不可分である。
参考文献
『声と現象』,ジャック・デリダ(林好雄訳),ちくま学芸文庫,2005
『眼と耳 見えるものと聞こえるものの現象学』,ミケル・デュフレンヌ(桟優訳),みすず書房,1995
『皮膚・自我』,ディディエ・アンジュー(福田素子訳),言叢社,1993
Voices,“From Narcissus to Echo: the voice as metaphor and material in recent art”,Christopher Phillips,1998
『第三の意味 映像と演劇と音楽と』,ロラン・バルト(沢崎浩平訳),みすず書房,1998
著者:金子智太郎