近代から現代における音楽の聴取スタイルの変化について
西洋近代音楽の概念は18世紀から19世紀中頃にかけて確立されたが、人間中心主義時代を反映して、作曲家による自己表出の音楽であり、楽曲は「作品」として自己完結したものとみなされる。その典型的な聴取スタイルは、コンサートホールにおいてステージに向かって座り、音をたてることを極力押さえ、楽曲に耳を傾けることに集中する専念聴取である。聴衆には自らの音楽的教養に基づいて音楽的構造の把握に努め、作曲家や演奏家の意図に従って、楽曲のなかにあらかじめ封印された音楽的意味を分析し、解釈する「構造的聴取」が要請される。 その際、音楽を構成する音、「楽音」はそのような聴取を邪魔するそれ以外の音、自然音、機械音、人間の喋り声などと厳密に区別されなければならない。後者は「騒音」としてシャットアウトすることが理想とされるようになり、そのための装置であるコンサートホールが次々と建設された。それとともに音楽は環境音から完全に切り離され、ホールの中に囲い込まれていく。 しかし20世紀以降、商品として大量生産される複製音楽の氾濫(音楽の日常化)とポピュラー音楽の普及(音楽の大衆化)は、音楽の聴き方にも当然大きな影響を与えることになる。 現代においては、先に述べた専念聴取、構造的聴取に加えて、以下の6つの聴取スタイルが形成される。
①コンサートに出かけていく、聴衆は特定の音楽を聴くという目的を持ってその場に臨む(選択的聴取)
②注意を集中して音楽を聴くことに専念する(専念聴取)
③自らの音楽的教養を駆使して対象となる音楽作品の構造を分析、把握しようとする(構造的聴取)
④日常生活のなかに音楽が氾濫する状況下において、たまたま周辺に流れている音楽を聴くともなく聴く(受動的周辺的聴取)
⑤仕事やショッピング、読書など、何かをしながら聴く(ながら聴取、並行聴取)
⑥注意を集中させることなく聴く(散漫聴取)
①〜③の近代から行われていた聴取に対して、現代の音楽の日常化によって生まれた聴取が④〜⑥である。
カーラジオやウォークマンなど音楽のモバイル化、もしくはBGMの普及により、「常に音楽が流れている日常」が当たり前になり、受動的な音楽聴取、「音楽の環境化」が始まる。 それと同時に音楽のモバイル化は自分の環境と音楽をミックスさせることが可能となった。いわゆる「ながら聴取」は自分好みの音楽空間をカスタマイズできるということだ。料理するときはこのBGM、運転する時はこのBGM、読書の時は、というように自分の環境や気分に合わせた音楽の選択が可能になった。これは西洋近代音楽の、音楽家の意図を聴き分けていこうという態度(専念聴取、構造的聴取)とは違い、音楽の存在意義自体が聴衆に委ねられている。
これは音楽聴取における中心軸が作曲家、音楽家から聴衆に変化してきていることをあらわしている。