西洋哲学史:ギリシャ哲学(ヘラクレイトス)
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彼の祖先はアテナイの王コロドスといわれる。
伝えられるところによるとヘラクレイトス自身も王だったが、その位を弟に譲り、自身はアルテミス神殿に隠棲し子どもたちとすごろく遊びをしていた。 ヘラクレイトス 常に怒る人
「ピタゴラス...嘘つきの元祖」(断片B81)
ピタゴラスの哲学ではロゴスは主観性によって発見される=主観性が見出す一対象であり、 一方ロゴスは本来世界を超え、主観性を超えた原理であり世界の周辺を取り巻く公的な原理という立場のヘラクレイトスからみれば、ピタゴラスの哲学は主観性の学知でしかなく、博識、まやかしに過ぎなかった。
”ムネサルコスの子、ピタゴラスは誰よりも研究に励んだ。そしてこれらの著作を選び出して自分の知恵をしたが、博識、まやかしに過ぎぬ。”
(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシャ哲学者列伝』)
このようにロゴスを主観性の視野の元におく哲学を批判したが、結局彼の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
”ロゴスはこの通りのものとして常にあるのだけれども、人間どもはこれを理解しない”(断片B1)
"聞くすべも、語る術も知らぬ輩ども”(断片B19)
”聞いても理解しない連中はつんぼのようなものだ。居ても居ないという言葉は彼らのことを言っているのだ”
(クレメンス『雑録集』V)
彼はついには人間嫌いになり山中に逃れた。草木を食料とする無理な生活から病にかかり最後には街に下らざるをえなくなったが、医学に助けを請うことに素直になれず生涯を閉じた。
"彼は水腫に罹ったが、医者たちが彼を治療しようとしたその仕方には自らを委ねず、牛の糞を全身に塗って太陽によって乾かされるに任せた。そのようにして横たわっていたところ、犬がやってきてばらばらにした”
『スーダ』(ヘラクレイトスの項)
ヘラクレイトスの哲学
ヘラクレイトスは「火」を原理(アルケー)とした。
すべてを焼き滅ぼす「世界大火」である。
”「なぜなら、火がやってきて、すべてのものを裁き罰するだろうから」と彼は言う。”
(ヒッポリュトス『全異端派論駁』Ⅸ)
またヘラクレイトスは現象における生成の面に注目し、すべては生成・消滅の運動の中にあり、存在するといえるものは何もなく、存在すると思った瞬間には消滅し、消滅していくかと思えばまた生成してくる。また同一であり続けるものは何もないと考えた。
”同じ川にわれわれは入っていくのでもあり、入っていかないのでもある。われわれは存在するのであり、存在しないのでもある”
(ヘラクレイトス(文法家)『ホメロスの比喩』)
"この世界はすべてのものにとって同じであり、神々にしろ、人間にしろ、誰かが造ったというようなものではない。むしろ一定量だけ燃え、一定量だけ消えながら、永遠に生きつづける火として、それは常にあったし、今もあり、また将来もあるだろう”
(クレメンス『雑録集』)
ヘラクレイトスの「火」はミレトス学派の水やト・アペイロンや空気のような自然の構成要素(ストイケイア)ではなく、生成流転して止まない世界全体の実相を名指す意味において「世界は火である」とした。 火は、全体としては燃えながらも部分的には消えるところがあり、消えるとそれは冷却化し、濃縮化して、最初に空気になる。空気はさらに冷たくなって水となり、水は固まって土になる。しかし火は再び盛り返してきてそれらを焼き尽くし、また元の火に還元してしまう。
万物は火から生成し、また火に還っていく。前者をヘラクレイトスは「下り道」、後者を「上り道」と呼んだ。
空気は火の死を生き、水は空気の死を生き、土は水の死を生きる。
このような自己の死によって対立するものが生きるということから、万物の生成、存在を貫く原理は闘争であるとヘラクレイトスは考えた。
世界の実相は昼/夜、冬/夏、戦争/平和、満腹/飢餓といった対立であり、対立するものの闘争である。
”戦いこそ万物の父であり、万物の王である”
”上り道と下り道は一つであり、同じ”
”善と悪は同じである”
(ヒッポリュトス『全異端派論駁』)
ヘラクレイトスは克己によって得られる力を高く評価し、軍人賛美的な面を有していた。
”戦死者は、神々も人間もこれを敬う”(クレメンス『雑録集』)
そしてディオニュソス崇拝を嫌悪し、当時の宗教的密議を汚らわしいものとして罵倒した。 "彼らは身を清めると言って別の血で身を汚している。それはまるで泥の中に足を踏み入れたものが泥でもって洗い落そうとしているようなものだ。もし世間の誰かが見たら気が狂っていると思ったことであろう”
(アリストクリトス『神智学』)
万物は対立し闘争しあいながらもお互いを滅却しないのは、そこに一定の「共通の神的なロゴス」があるからであると考えた。闘争し、生成・消滅を繰り返しながらも全体としては美しい調和を保っている。
ヘラクレイトスにとってロゴスは主観性の中の一認識能力(ratio=理性 ロゴスのラテン語訳)に尽きるものではなく、世界全体を取り巻く存在の原理であった。
著作
「万物について」「政治家」「神学者」の三部からなる『自然について』という通称名で呼ばれる著作がある。
139あまりの断片がディールスによって収集され。「ヘラクレイトスの言葉」として伝えられている。
(vgl.H.Diels/W.Kranz Die Fragmennte der Vorsokratiker, Erster Band)
ヘラクレイトスは誇り高い人物で、民衆や世俗の人間を軽蔑した。自分の著作を民衆に読ませないためにわざと難解な文章を書いたとも言われている。
そのため後世から「暗い人(キケロ)」、「謎の人(ティモン)」などとあだ名された。
またプラトンは「中途半端で一定しないものを書いたのは彼のメランコリアによる」と言って、「泣く哲学者」と呼んだ。
(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシャ哲学者列伝』Ⅸ)