西洋哲学史:ギリシャ哲学(ソクラテス)
https://gyazo.com/ddf01aa63e83f4477ab9beef75933e7d
『ソクラテスの死』ジャック=ルイ・ダヴィッド 1787年(メトロポリタン美術館蔵)
エレンコス(論駁的対話)
ソクラテスはあくまで「知を愛し、もとめる者(フィロ・ソフォス)」であり「知者(ソフォス)」ではない。
知者を自認し、弁論術の専門家であるソフィストたちと対話を重ね、論駁していくうえで、ソクラテスもまた特別な対話法(ディアレクティケー)を創り出した。ソクラテスの対話法は単なる論争術(エリスティケー)と区別されて、相手の言論の吟味と論駁を含んだ対話、エレンコスと呼ばれる。 エレンコスは一般に、つぎのような構造をもつ。
①相手の主張Aをみとめる。
②主張Aから、帰結B、C、D等々をみちびく。
③B、C、D等々から、Aの否定を導出して、そのことで、相手のもともとの主張Aが矛盾していることを示す。
カリクレスの主張:人間の徳(アレテー)とは欲望の追求であり、善さ(アガトン)とは快楽にほかならない。
快楽の抑制などという徳目は、強者に対する弱者のルサンチマンなのだ。 カリクレスのいう快とはたとえば飢えているときに食べることであり、渇いているときに飲むことであるとソクラテスは確認する。以下、ソクラテスとカリクレスの問答。
ソクラテス 前に同意したことに戻ってみよう。君の言っていた、あの飢えるということだが、それは快いことか、苦しいことか、どちらだと君は言おうとしていたんだい。ぼくの訊いているのは、飢えていることそのものだよ。
カリクレス もちろん、それは苦しいことだ。でも、飢えているときに食べることは快いと言っているんだ。
ソクラテス わかった。しかしとにかく、飢えていること自体は苦しい。それでいいね。
カリクレス そうだ。
ソクラテス では、渇いていることも、苦しいのではないか。
カリクレス もちろん、そのとおりだ。 〔中略〕
ソクラテス じゃあ、その点はもういいことにしよう。それで、渇いているときに飲むのは快いことであると、きみはそう主張しているんだね、そうではないのかい。
カリクレス そう、そう主張しているんだ。〔中略〕
ソクラテス そうすると、こういう結論になるのだけれど、きみはそれに気づいているのかしらん。つまりきみが、「渇いているときに飲む」という場合、苦痛を感じていながら同時に快楽を感じている、と言っていることになるんだが。
『ゴルギアス』四九六c─e (『西洋哲学史 古代から中世へ (岩波新書)』(熊野 純彦 著)より)
ソクラテスは相手との対話をすすめながら、自分は答えを与えない。解答をソクラテス自身も知らないからだ。(エイロネイア、イロニー)
ソクラテスと対話したものはその対話をつうじてそうとは知らず新たな真理に至る。(ソクラテスの母の職業にちなみ「助産術」といわれる。)そして大抵は知らないという状態におかれ、知は宙吊りにされ、否定だけが残される。
無知の知
"私のほうが、この男よりは知恵がある(ソフォーテロス)。この男も私も、おそらく善美のことがらはなにも知らないらしいけれど、この男は知らないのになにか知っているように思っている。私は知らないので、そのとおり知らないと思っている。" (『弁明』二一d)
伝統的には、「無知の知」と呼ばれてきたことがらである。ソクラテスは「知らないと思っている」と語ったのであって、「知らないことを知っている」と言ったのではない。プラトンもまたそうつたえてはいない。プラトンはむしろべつの対話篇で、「知らないことがらについては、知らないと知ることが可能であるか」という問いを立て(『カルミデス』一六七b)、否定的に答えている。 ダイモニオン
ソクラテスは「ダイモン的なもの」(ダイモニオン)について語る。それは超自然的なサインであり、何かをしようとするソクラテスを差し止める声として現れる。 そしてこれがソクラテス裁判の契機になった。
ソクラテスは「国家の信ずる神々を信ぜずして他の新しき神霊(ダイモニア)を信ずる」という訴状で告発された。
人物
ソクラテスは著作を残さず、詳しいことはよくわからない。
ソフィストたちの相対的な考えを乗り越えものごとの本質、真理、徳を探求した。
ソクラテスについて直接的に証言しているのはプラトン(対話篇)、クセノフォン(ソクラテスの思い出、ソクラテスの弁明、饗宴、家政論)、間接的にはアリストテレス、アリストファネスだけである。いずれもソクラテスの死後に書かれた。 アテナイに生まれ人生のほとんどをこの地で過ごし、ペロポネソス戦争では重装歩兵として従軍した。 晩年は上記の神への冒涜と、若者を堕落させた罪で有罪となり、死刑となった。