胸を張れ
「普通」ということから逸れているという自己認識のもとに生きている人は、そこに自己を卑下する感覚がついて回ることからは多かれ少なかれ逃れることはできないと思う。だが、他人に迷惑をかけているのでなければ(小さいことではなく犯罪レベルで)自分の人生を卑下する必要は何もないぞ、と声を大にして言ってあげたい。仕事がない、外に出られない、学校に行けないなど挙げればきりはないが、そういうことが自己を卑下する原因にはなりがちなのだが、その影響が及ぶ範囲って結局は自分までだ(それが多くなれば社会にも影響は出るでしょ、というのはまた別の話で)。だけど自分の人生に何らかの形で不満(上記のことというわけではなく本当に様々な形での何らかの不満)を抱えている人が犯罪を犯してしまう可能性というのはあるのだが、そこで犯罪を犯してしまった瞬間に、自分だけの問題ではなくなってしまう。ニュースになるような凄惨な事件を起こしてしまった人が、たとえ上手くいかない人生であったとしても、犯罪を犯すことなくただ自分の人生を生きていてくれればどれだけよかったことだろうか。それがゆえに「ただ自分の人生を生きる」ということがどれだけ尊いことであるのか、という次第なのである。なのでたとえ人生が上手くいっていなくても、自分の人生を生きているのであれば胸を張っていいんだよ、というのは声を大にして言ってあげたい。ここでいう「自分の人生」というのは自己実現などという高尚なものではなく、単純に犯罪を犯さないで生きるというようなレベルの話である。自分一人の人生が上手くいかないということは、当人にとっては多大な問題であるのだが、一歩引いた視点からみればそんなに大した問題ではないのだ。だけどそのせいで「自己卑下」をためこんでしまうと、それが回りまわって他人に影響が出て行ってしまう。だが、自己卑下をすることでそれを免罪符に使っている場合もある。自分の人生が上手くいかない状況、自分は義務を果たしていないという時に開き直れない、自分を責めることでバランスを保っている状態。でもこれはやっぱり本当はやめた方がいいんだろうなとは思う。