登場人物なしに小説を書いてみよう
登場人物なしに小説を書くということは、様々な一連の行為を担うものに言及しないということだ。 様々な出来事が起こるにしても、それらの出来事を引き起こすものは、それぞれのセンテンスであらためて書き起こされる。
例えば、一文ごとに、「或る男が……」という主語が書かれる。
その男の情報は記憶されない。
すなわち、決して「彼は……」とは書かれない。
ましてや、そのものの名前などは出てこない。
もっとも、そのものが名前を呼ばれるという出来事があるとしたら、話は別だ。
そういった小説は読みにくいだろう。
読みにくいが、存立しうる。
関数がなくても、for文やif文や論理計算があればプログラムを書くことができる。
登場人物は、小説を読みやすくするために、作品に導入される装置だ。
小説を読みやすくするために、登場人物というものを作品に導入するのである。
登場人物は、出来事の要約である。あるいは、要約の切り口である。
登場人物なき小説は、要約を拒むだろう。
登場人物なき小説は読みにくい。そして、それは、造語なき議論が読みにくいのと同様であるというのが「造語論」の内容である。