崇高
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スイス・アルプスの巨大な山塊。17世紀・18世紀には多くのイギリス人がグランド・ツアーでアルプスを越え、荒々しい風景を目の当たりにした。山塊は、当時の自然の美の観念からはかけ離れた存在であり、むしろ恐ろしいものであった。しかし安全な場所から見ている限り、巨大な山や雲から感じる恐怖は、むしろそれに対する抵抗心を起こしたり精神を高揚させたりするものだった。これにより感じる「崇高」は、当初は「美」とは異なる観念だった。 File:Engelberg 01.JPG|Wikimedia Commons
崇高(すうこう)とは美的範疇であり、巨大なもの、勇壮なものに対したとき対象に対して抱く感情また心的イメージをいう美学上の概念である。計算、測定、模倣の不可能な、何にも比較できない偉大さを指し、自然やその広大さについていわれることが多い。 崇高について初めて論じたのはロンギヌスであるとされる。フランスでボワローが1674年に伝ロンギノス『崇高について』を翻訳したことから注目され、詩学の中心概念のひとつとなった。 18世紀になるとアイルランドのエドマンド・バーク(1756年の『崇高と美の観念の起源』)、ドイツのイマヌエル・カント(1764年の『美と崇高の感情に関する観察』;1790年の『判断力批判』)が崇高を主題的に論じた。両者の場合、崇高と美が対立するものであるとみなして、崇高の側に与している。巨大な自然災害である1755年リスボン地震も、自然の恐ろしさをヨーロッパの精神に刻み、崇高の概念を発達させた。その後はむしろ崇高を美の一種とみなす傾向がある。