受容美学
Rezeptionsästhetik(独), Reader-response Criticism(英)
社会構造の変化や制度化された文学研究への反省を背景に、1970年代にドイツを中心として展開された読者による作品の受容過程を分析の対象とする美学研究。66年設立のコンスタンツ大学に所属していたハンス・ロベルト・ヤウス、ヴォルフガング・イーザーらコンスタンツ学派によって提唱された。受容美学は、ハンス・ゲオルク・ガダマーが「作用史」と名付けた解釈学の影響を受け、当時の政治的アンガージュマンの文学などに代表される文学領域の多様化にあって、戦後ドイツにおいて主流であった文学作品を自律的対象物とみなす「作品内在解釈法」と対置するかたちで、作品と作者と読者(受容者・解釈者)の相互作用の考究に主眼を置いた。ヤウスは、67年の教授就任講演をもとにした『挑発としての文学史』において、文学の社会的、コミュニケーション的機能に着目し、作品の解釈を「期待の地平」という視点から分析した。そのようなヤウスの受容理論に対して、ローマン・インガルデンの「無規定箇所」の影響が見られるイーザーの『行為としての読書』では、テクストの「潜在的な作用力」に着目し、虚構テクストの指示性や、空所が備える不確定性が読者に与える作用について論じている。また、文学研究に端を発する受容美学を絵画作品の分析に応用した人物として、ヴォルフガング・ケンプが挙げられる。ケンプは描かれた対象と、作品外の社会との相互作用に着目し、絵画がもつ空所の機能を分析した。そこには、既存の解釈学に見られる画一的な解釈への懐疑や、学問的な制度自体への批判が垣間見え、そのような美術史学に対する問題意識は、現代では美術史研究において広く共有されていると言える。 現代ドイツの文学史の方法概念。ドイツの中世フランス文学研究者ハンス・ロベルト・ヤウスHans Robert Jauss(1921―1997)が、1967年4月13日、新設のコンスタンツ大学で行った教授就任講演『挑発としての文学史』のなかで初めて構想を示して以後、世界の文学史研究や、さらには美学理論の領域で大きな反響を呼び起こした。以後、コンスタンツ大学の同僚で、『行為としての読書――美的作用の理論』(1976)の著者のボルフガング・イーザーWolfgang Iser(1926―2007)らと共同で研究グループ「詩学と解釈学」Poetik und Hermeneutikを組織し、報告書を刊行している。他にヤウスの近著としては『美的経験と文学解釈学Ⅰ』Ästhetische Erfahrung und Literarische Hermeneutik Ⅰ(1977)などがある。 従来の文学史や芸術史は、もっぱら、作家と作品の歴史であり、そこで扱われるのは文体論や詩学、様式史やジャンル史、また精神史などである。しかし、すでにポーランドの現象学的文学理論の大家インガルデンの「具体化」の理論がいうように、作品は、これを受容し、享受し、判定する各時代の読者の経験を媒介して初めて具体的な歴史過程となる。ここに、従来のいわば作家と作品の関係だけを問題とする「生産の美学」に対して、作品と読者の間の力動的歴史過程を主題とする「受容と作用の美学」が必要となる。 ところで、作品を読むとは、なによりも「解釈」である。すでにドイツには19世紀のシュライエルマハーからディルタイに至る解釈学の伝統があり、また文学理論としても、1950年代のシュタイガーやカイザーらによる「作品内在解釈法」が存在した。しかしこれらはいずれも、作品の歴史を超えた自律性と、これを正しく解釈する理想的読者を前提とする。これに対して、読者の、したがってまた読書行為そのものの歴史性を解釈の本質契機として導入したのが、ハイデッガーによる解釈の存在論に依拠したガダマーの『真理と方法』Wahrheit und Methode(1960)であった。ヤウスが文学史をなによりも読者による作品解釈の受容史として構成することを目ざすとき、その理論化の基礎となったのはこのガダマーの哲学的解釈学であった。その主要点は、ひとことでいえば、作品のみならず、解釈(読書)主体自身の逃れえない歴史性と、それゆえの一面的な「予断(偏見)」の自覚である。作品がつくられた時代の文化的状況の「地平」と、これと時代的・文化的に異なった読者がたつ状況の「地平」とはけっして完全に重なり合うことはない。作品の享受と評価とは、この相異なった二つの地平の一致やずれといった相互作用のなかで展開し、こうして作品の受容史は、「作用史」として記述することができる。たとえば、まえもってあった社会全体の「期待の地平」に対して、新しい作品の出現はこれに迎合したり、裏切ったり、ショックを与えたりする。ここから、作品がある時代にいかに受け入れられたか、あるいはこれが既成の地平の変更をいかに迫ったかが記述される。逆にまた、ここから作品の芸術性格(前衛的、娯楽的、陳腐など)も記述しうるのである。 受容理論(じゅようりろん、英語: reception theory)は、文学作品の受容者である読者の役割を積極的に評価しようとする文学理論である。受容美学ともいう。 ヤウスによれば、文学の歴史は美的な受容と生産の過程であり、その過程は文学のテクストを受け入れる読者、批評家、作家の三者によって活性化され、遂行される。また、文学作品を読むときは、先行作品の知識などからあらかじめ期待を抱いて読むものであり、読書においてその期待が修正、改変され、または単に再生産される。理想的なケースでは、優れた作品が読者の期待の地平を破壊してゆく。
受容理論の一形態は、歴史学の研究にも応用されており、例えばハロルド・マルクーゼ(英語版)は「歴史的な出来事によって転嫁された解釈の歴史」としている。